第5話

 日曜日、結城たちは水族館にやってきた。ちなみに、氷は結城と自分のチケット以外を持っていなかったので、結城たち以外は自腹となった。もうしわけない。あと、結城もさすがに小学生に出させるわけにもいかず、自分の分の料金を氷に渡した。


 水族館はつい最近リニューアルしたこともあり、ずいぶんと綺麗だった。ただ昔の古い水族館を知っている俺たちからしてみれば、なんだか落ち着かない作りになってしまったなと感じる。リニューアル前からいたラッコと目があい、結城はなんとも不思議な気持ちになった。変わらぬラッコに、改装される前の歴史を感じ取ったからである。


「ひっさしぶりー」


 里奈は水族館に、なぜか元気よく挨拶した。


 近所の学校の周辺では、小学校ぐらいで水族館に遠足に来る。ただし、結城たちが遠足に来た頃の水族館はもっとおんぼろだった。廊下にも老朽化が見て取れて、通路はいつも薄暗かったし、外が雨なのか雪なのかもわからないほどに分厚い壁に覆われていた。だが、新しい水族館は太陽に光がさんさんと差し込む、いかにも今風の作りの建物に代わっていた。


「綺麗なところですね」


 氷は呟いた。


 氷も小学校二年生の時に、水族館に来たという。そのときと変わらぬ綺麗な作りの水族館。結城は、そんな些細なことに氷との歳の差を感じ取った。


「昔は、こんな綺麗なところじゃなかったからな」


 もうちょっと子供も向きなところが多かった作りだったような気がする。


 遊園地の乗り物を数段小さくしたようなメリーゴーランドなどがあったはずだが、それは取り壊されていた。あの乗り物が好きだった結城としては、昔の面影なんてまるでないような気がした。


「メリーゴーランドなくなったのか」


 秀紀もそれにはがっかりしていた。


「飛行機の乗り物もあったよな。百円入れたら動く奴」


「車のもあった」


 愁と修平も、かつてあった乗り物を懐かしがる。


 里奈さえも懐かしがる光景だったが、氷にはその風景がまるで分らないようだった。無理もないと思う。最近といってもリニューアルしたのは、数年前のことである。彼女はリニューアル前の水族館をしらなくとも無理はない。


「昔はメリーゴーランドとかいろいろあったんだよ。リニューアル前の話だけどな」


 結城が説明をすると、氷は地図で遊園地のなかを確認した。


「へぇ、今はそういうのがありませんね」


 ちょっと残念です、と氷は言う。


「そういう乗り物で、遊びたかったです」


 たしかに、小学生はいつの時代だってそういう乗り物が好きだろう。


 俺も小学校の頃に遠足に来て、水族館の生き物そっちのけで乗り物に乗っていたほどでだ。


「でも、こういう生き物のいる場所も好きです。落ち着きます」


 氷は、サメが入れられている水槽に手をつく。


 凶暴なはずのサメが、少女の横を素通りした。


「水槽に手をついていると魚の温度を感じているみたいで」


 誘われて、結城も水槽に手を付ける。


 ひんやりと冷たい温度は確かに魚の温度に思えなくもなかった。


「なぁ、どうして俺のことなんかを好きっていうんだ?」


 結城は、尋ねた。


 氷は、当たり前のように答える。


「好きだからですよ」


 結城としては好きになったきっかけをききたかったのだが、氷は答える気はないようだった。それどころか、にやりと笑ってこんなことをいう。


「次のデートで二人っ気になってくれたら、教えてあげます。」


 氷の言葉は、どこか蠱惑的であった。


 彼女が、小学生であることを忘れるほどに。


「今回のデート。みんなでワイワイしたものになって、私は少し残念だったんですよ。こんどこそちゃんとしたデートをしましょうよ」

 

氷の言葉に、結城は悩んだ。


「ちゃんとしたデートっていうのは?」


「そんなの決まっています。二人でお出かけをするんですよ。二人っきりで」


「ロリコンって思われたらどうするんだ」


 そんなの大丈夫ですよ、と氷は笑う。


「結城さんが思うほど、他人はあなたのことを気にしていませんよ」

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