第3話

次の日、氷はやってきていた。


「結城さん、昨日の人は誰なんですか?」


 氷は、ちょっとばかり不機嫌そうだった。


 どうやら、里奈と一緒にいるところを見ていたらしい。里奈と結城の仲を邪推して、勝手に不機嫌になっているようだ。結城と里奈は、特別な関係ではない。彼女のセコムたる双子の兄たちと仲が良いので、その関係で彼女とも顔見知りなだけである。


もしも、里奈によこしまな感情を抱いていたら、結城だって命はないだろう。兄弟セコムは優秀だ。優秀過ぎて、妹の側によって来る男子は全員敵と認識される。結城の命があるのは、勇気と兄弟セコムが友人のおかげだった。


「知り合いだよ」


 正直に結城は答えた。


 そのようにしか答えられない間柄だったからだ。


「うそ。です、デレデレしてました」


 それを否定したら、嘘になるような気がして結城は息を飲んだ。なにせ、里奈は美少女だ。側にいられて悪い気はしない。結城だって健全な高校生である。美少女が隣にいたらうれしいに決まっている。


「私が隣にいると迷惑そうなのに」


 そりゃあ、迷惑だからである。


 それに、小学三年生と変な噂がたったら社会的に死んでしまうではないか。だが、氷はそこら辺のことをまったくわかっていないようである。それが小学生らしいといえば小学生らしいのかもしれない。


「だから、今日はでれでれしてもらうために作戦を考えてきたんです」


 氷はランドセルを投げ捨てた。


 そして、コートとマフラーをとる。


 中から出てきたのは、メイド服だった。たぶんドン・キホーテとかに売っていそうな安物のペラペラのメイド服。短いスカートにフリルを思わせるエプロン。あたまにも、しっかりと同じデザインのカチューシャを身に着けていた。それを寒さに凍えながらも、氷は俺に見せつける。


「ドキドキしますか!」


 氷は、胸をはって尋ねた。


 大声で尋ねた。


「ハラハラするわ!!」


 結城は、大声で答えた。


 風邪をひかれそうでハラハラするわ、と。


 結城は、すぐにコートを氷に着せる。大きさの関係でコート以外の衣類を着ていないようにも見えたが、風邪をひかれるよりずっとましである。


 氷はむくれていた。


「どうして、ドキドキしてくれないんですか?」


 氷は、まっすぐに結城を見つめる。


「小学生のコスプレじゃドキドキできないだろ」


 それにあまりに寒そうで可哀そうだった。


 そう告げると氷は顔を真っ赤にした。


「そういうところが好きです……そういう優しいところが」


 優しいといわれると微妙である。


 誰だって震えている小学生を見たら、上着を進めるだろう。


「私やっぱり、結城さんと結婚がしたいです。でも、結城さんもいきなり結婚と言われたら焦ってしまいますよね」


 氷は、あたりまえなことを今更言い出す。


 だから、デートをしましょう。


「デートって……ちょっと待て、まだ付き合うことにOKも出してないんだぞ」


 それなのにデートだなんて気が早すぎる。


 結城は、焦ったが氷は真剣だった。


「デートしましょう、結城さん。これ水族館のチケットです。今度の日曜日に二人で行きましょう」

 

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