38

やっぱり気になってしまって、私は飲み会を早めに切り上げて樹くんの部屋を訪ねた。

ガチャリと玄関が開いて出てきた樹くんは、首にタオルをかけて髪の毛がまだ濡れている。どうやらお風呂上がりのようだった。

タイミング悪かったかなと思い、私は袋を差し出し早口で言う。


「今日ごめんね、一緒にご飯食べなくて。これ、お土産。じゃあ。」


「待って。上がってって。」


すぐに去ろうと思って背を向けたのに、すぐに腕をつかまれて私の足は止まる。


「一緒に食べよ。」


「…うん。」


いいのかなと思いつつも、樹くんが私を部屋の中へと引きずり込んだ。

テーブルの上にはビールの空き缶が二本。

飲みかけが一本。


「一人で飲んでたの?」


「姫乃さんいないからやけ酒してた。」


「やけ酒って。でも私だって友達と出掛けることはあるよ。樹くんもそうでしょ?明日は一緒にご飯食べよう?」


樹くんは私から視線を外すと深く息を吐き出す。


「なんか、俺だけ余裕ないなってやけ酒。姫乃さんのせいじゃない。」


「どうかしたの?」


「別に。」


樹くんは缶ビールを手に取ると、一気にグビグビと煽った。


「樹くん、飲み過ぎじゃない?」


止めさせようと腕を引っ張ると、逆に手を掴み返されて見つめられ、私の心臓は跳ねた。


「なんか俺だけ子供みたいだ。姫乃さんが取られたみたいで悔しかった。」


「大げさだよ。祥子さんも真希ちゃんも、仲のいい同僚ってだけ。」


「わかってるよ。困らせてごめん。」


掴んでいる手に力が込められる。

ぎゅっと握られる手から樹くんの体温が伝わってきた。


「仲直りしよ。」


「…別にケンカしてないでしょ。」


「でも仲直りしたい。」


「どうやって?」


「こうやって。」


樹くんは私の手を握ったまま反対の手で私の頭を軽く引き寄せると、同時に唇に柔らかい感触が走った。

ちゅっと可愛らしい音が聞こえた気がする。


え。

これって。


一気に体温が上がり、その全てが顔に集まるようだ。きっと真っ赤。いや、絶対間違いなく真っ赤になっている。

遅れて心臓がドクドクと鳴り出し、私の体の中は大騒ぎだ。

それなのに樹くんはケロッとしている。


「わ、私初めてだし。いいい、いいいい樹くんは慣れてるかもしれないけど。は、初めてだったのに。」


「じゃあ、もっかい練習する?」


「れ、練習なんていらないよっ。」


いらないよね?

あれ?

いるのかな?

もう、わからないよっ。


ふわふわした気持ちのまま私は樹くんを置いて逃げるように自分の部屋へ帰った。

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