32

ホットプレート“煙出ないくん”からは、ジューっといい音がし、お肉の焼けるいい香りが漂う。私はトングでお肉をひっくり返しながら、渚ちゃんに聞いた。


「で、今日はどうしたの?」


「彼氏とケンカしたの。」


「ケンカ?!」


樹くんのため息が聞こえたような気がしたけど、ここは女同士の会話、無視をする。


「卒業旅行しようって言われたんだけど。」


「わあ、素敵!」


「うん、それ自体はいいけど、私は友達とも行きたいし約束してて、彼の都合と友達との旅行の日付が被るんだよね。で、俺より友達かよみたいな。いや、友達とのほうが先約なんですけど?っていうケンカ。」


「確かにね、先約優先よね。」


「でしょ。もーむかつく。」


渚ちゃんは頬杖をつきながらダルそうに愚痴をこぼす。


「でも羨ましいなー。そんなケンカしてみたい。」


「いや、むかつくだけだからやめた方がいいですよ。」


私が羨ましがると全力で否定してくる渚ちゃん。


「なんていうか、自分のためにヤキモチ妬いてほしい。そういう経験したいなーってこと。」


「姫乃さんないの?」


「ないの。」


「まあ姫乃さん優しいからなー。」


「俺はいつも嫉妬してるけどね。」


黙々とお肉を食べていた樹くんが突然会話に参加し、私は首をかしげる。


「嫉妬?何に?」


「姫乃さん会社で人気だからさ、いろんなやつがあの手この手でしゃべろうと試みてるわけ。それを端から見てる俺の気持ち。」


「それのどこがヤキモチ?」


「こういうことだ、渚。わかるか?姫乃さんは鈍感なんだ。」


「ちょっと、鈍感って失礼な。」


抗議の声を上げるが、渚ちゃんまでうんうんと頷いている。そして樹くんを憐れんだ。


「お兄ちゃん、まあ、頑張れ。」


「気長に行くよ。ね、姫乃さん。」


「うん?お肉追加する?」


よくわからない兄妹の会話についていけず、私は煙でないくんにお肉を追加した。

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