第3話 遠い過去
私と彼女は夫婦だった。たまたま家が近く、気が付いたら幼馴染として傍にいた。体が弱いのに騒ぐのが好きな彼女は無茶をしがちなので、よく見張りを頼まれていた。
「あの子、すぐ何処かへ行ってしまうのよ。大変かもしれないけど、見ていてくれないかしら?」
本来ならば、遊び相手になってくれないか、というところなのに最初から違った。友達ではなく、監視役を頼まれたのだった。
「わかりました」
「良い子ね、ありがとう。あの子、あなたと一緒にいると楽しそうだから良かったわ」
それは他に年が近く話せる相手がいないからではないかとも思ったが、自分とは正反対の彼女と遊ぶのも嫌ではなかったので、よく一緒にいた。むしろ、違うから良かったのかもしれない。
「話を聞きなさいよ」
ドンッと目の前に鬼灯の形をした提灯を向けられる。本当に火が入っているのか、若干だが熱い。
「私が帰ってきたのを信じたくない気持ちは分かるけれど、考えごとなんてしていないで早く行くわよ」
「一体、何処へ?」
「万灯会よ」
ぼんやりとした頭が急に冴え始める。先ほどまでは私を責めるような顔をしていたのに、打って変わって挑発するかのような甘えるかのような笑みを浮かべつつ話し始める。
「私が求める言葉は、あなたからの懺悔の言葉だけなのよ。その意味、もちろん分かるわよね? だから、さっさと準備して行きましょう」
「あぁ、分かった」
彼女が今のようになってしまったのは直接的ではなくとも私が原因だ。ふと、あのおばさんに言った言葉が頭を過る。誤解を解くまではいかなくても、話をしたいと思ったのは本当のことだ。
「ほら、早くして」
今にも擦り切れそうな草履で地団駄を踏みながら催促する様子は、子どもの頃と変わらない。自分の足元を見つめて、ふと動きが止まったかと思ったら、じっとこちらを見つめてきた。
「どうした?」
唇を軽く噛み、目を逸らして少し躊躇している。
「私がいないこの一年間はどうだった?」
「どうって言われても……。もう遠い過去だな」
「たったの一年なのに?」
「過去に近いも遠いも無いだろう。過ぎたら全部遠いんだよ」
「忙しかったとか大変だったとかないの?」
「そんなのいつものことだ」
「へー、そんなものなのね」
水を一杯飲んで、喉の渇きを潤すと共に心を落ち着かせる。
「さぁ、行こうか」
しゃがみこんでいた彼女に声をかけると、すっと立ち上がる。
「待ちくたびれて、少し眠くなってきたわ」
「そんなの知らないさ」
冗談よ、と軽く笑って言って見せるが、何が本気で冗談かなんて昔から分からなかった。そして今も。
「もう一つ聞きたいのだけど」
鬼灯を模した提灯は、彼女の動きに合わせてゆらゆらと揺れている。本物で出来ているかのような美しさだ。
「もし、これから地獄に行くって言ったらどうする?」
「連れていってくれるのか?」
「疑問形に疑問形で返さないで。ただ、意地悪を言ってみたかっただけ」
「そんなの昔からそうだったじゃないか。何を今更」
「まったく、あなたには敵わない」
そう言うと背を向け、私を置いて一人で先に行ってしまった。急いで家の戸締りをして、彼女の後を追う。
今の私と彼女が行く場所は、どこだって地獄だ。ふと、鬼灯の提灯を見る。先ほどよりも、ほんの少しだが火の勢いが強くなっている気がした。
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