第2話 帰ってきた彼女
周りが涙ぐむほどの感動やら取っ組み合いの喧嘩騒ぎなど、様々な対面をする中でも私のところにはいつまで経っても来なかった。やはり彼女も会いたくないのではないか。一体、いつ来るのか、それとも来ないのか。落ち着かない中、玄関の引き戸が明けられる音がした。
「久しぶりじゃないか、相変わらず暗い顔してるな」
白いTシャツに紺色の短パン、黄色のサンダルを履いた元気なおじいさんの姿があった。
「そうやって何人に喧嘩を売ってきましたか」
「まぁ、落ち着け。事実だぞ」
それは、無駄に決まった顔をして言う言葉ではないだろう。怒りを通り越して、つい深い溜息が出てしまう。そして、予想外の人物であったことにも。
「感動しすぎて何も言えないのか。だが、そんな分かりにくい表現じゃなくて、もっと嬉しそうにしろ」
「嬉しいといえばそうなんですけど、少し頭が混乱していまして」
あのおばあさん同様、幼い頃から面倒を見てくれた人だ。もちろん会えて嬉しい。
しかし、ちょっかいをかけるか飲めないお酒に誘ってきたかの印象しかない。
他にも良い思い出があったはずなのだが、パッと思い出せない。ただ、愉快な人だった。
「家に帰ると家族みんないなかったから、こうして顔馴染みに挨拶して回ってんだよ。少しは喜べ。俺たち霊がここにいられるのは一日だけ。もし、タイミングが悪かったら会えなかったんだぞ」
「わざわざありがとうございます」
この村での最後の別れは亡くなった時ではなく、初盆の時である。だからこそ、本当の最後に会いたい人がいないのは辛いであろう。
「そういえば、お前の奥さんは帰ってきたのか」
「まだですよ。忘れているのかもしれませんね」
「いや、きっと恥ずかしがっているか、驚かせたいのかのどっちかだな」
「なら、間違いなく後者でしょうね」
はは、それは面白いと愉快に笑う。こちらとしては何も面白くないのだが。
「ということは、俺は悪いことをしてしまったな。てっきり奥さんの方だと思っただろう」
「えぇ。でも、ある意味あなたで安心しましたよ。まだ、心構えが出来ていませんでしたから」
「まぁ、そのうち帰ってくるから、せいぜい悩んでいればいいさ」
「それまでは生きた心地がしませんね」
「俺の前で何を言う。失礼な奴だな」
「久しぶりに会った人へ喧嘩を売っている人よりはマシですよ」
その言葉を聞いて彼は不服そうな顔をするが、どこか安心したように笑った。
「それだけ言えるなら大丈夫そうだな」
「これは予行練習です。彼女は癖が強いので、まずはあなたで練習しておきます」
「何だ、それ。俺だと相手にならないだろう」
腹を抱えて縮こまり、大げさな程に笑う。そして、ツボに入ってしまったせいか笑いつつも泣いている。と思えば、ゴホゴホとむせる。見ているだけでも忙しい人だ。
「変なことを言うから笑い過ぎて、喉がおかしくなりそうだ。確かに、あんたの奥さんは強敵だ。お前以上だもんな」
「こっちは普通ですよ。それよりも変なこと言いましたか」
「まずは、この状況の俺を心配しろ。それよりも、相変わらず面白いな」
何がそんなに面白いのか結局教えてくれないまま、その後も二人で他愛もない話をしていたら、あっという間に時間が過ぎていった。
「もっと話していたいが、他の人のところにも行かないとだから、そろそろ失礼するよ」
そう言うと、彼は大きく手を振って帰っていった。
いつまで経っても帰って来ず、今日で盆が終わる日になってしまった。
ついに、この村でも例外が生まれるのか、と思っていた時だった。玄関の引き戸が壊れそうな程に強い力で開けられ、鼓膜を突き破るような大きく恐ろしい音がした。
「久しぶりね」
その声は、先ほどの荒っぽい動作をした人と同一人物かと思うほどに優しい声だった。七宝柄の浴衣を着て、鬼灯の形をした提灯をぶら下げた彼女は本当に帰ってきた、帰ってきてしまった。生まれた時から、この村に住んでいたため風習を信じていないわけではない。ただ、何となくだが彼女は帰って来ないだろうと思っていた。
「もう少し静かに開けてくれないと壊れてしまうから気を付けてくれ」
「どうしてかしら? そんな泥棒のようにコッソリと入るのは癪だし、勢いよく入ってきた方が分かりやすくて良いじゃない」
相変わらず私は彼女に振り回されてばかりで、どのように接したら良いか分からない。
「この村の風習で、初盆は帰ってくることになっているでしょう? だから帰ってきたのよ」
あなたは会いたくなかったでしょうけど、と一言を付け加えて。
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