万灯会
笠木礼
第1話 望まぬ風習
初盆は気をつけろ、と昔から聞いていた。
この村では、故人が初盆の時だけ本当に帰ってくるからその時に一緒に連れていかれないように、と何回も何回も飽きるほどに同じ話を聞いた。他所から来た人にすれば馬鹿馬鹿しいと相手にしない人も、実際に体験すると信じてしまう。どうやら、人それぞれに思い入れがあるようだ。そのため、会いたい人は盆の時期には必ず此の地に留まり、そうでない人はどこかへ出かけてしまう。だから、霊だけが帰ってきて周りが困ってしまうことはよくあることだ。
「少し厳しく躾けたかもしれないけれど、せっかくだからいてくれても良いのにねぇ」
白地に青紫の朝顔の柄が映える浴衣を着た女性は、憎み切れない思いを混ぜながら、笑いでごまかしつつ話をする。
「あんたの息子は、よくやっているよ。忙しくて帰って来れないだけだからさ」
「そうさ。うちのだらしないやつとは違って立派だよ」
周りは何とかその人を慰めようとして、聞いてもいない我が家の駄目な部分を晒す。
「いいんだよ、別に。元々、会えるとは思っていなかったからねぇ。それよりも、今日は酒を楽しみに帰ってきたんだ。さぁ、久しぶりに皆で飲もうじゃないか」
美味しいお酒と料理で気分を紛らわし、夜が明けるまで皆は騒いでいた。こうしていると、本当にその人は生きているみたいで死者という実感が無い。
「あぁ、そろそろ夜が明けるねぇ。もう帰るか。それじゃあ、今度はあちら側で」
あちら側、という言葉を聞いて急に現実に引き戻される。そうだ、初盆が特別なだけで次は自分もここには居ない。その言葉を聞いて、顔を曇らせるものもいたが気にせずにお酒を飲み続けて騒ぐものもいた。
「楽しかった。これで安心して帰ることが出来る」
女性は酔って気分が良くなっているのか、来た時よりも大分機嫌が良さそうに見える。それはそれで結構なのだが、こちらに近づいてくるので嫌な予感がした。お節介は程々にして欲しいと思いながら通り過ぎることを期待したが、どうやら見つかってしまった。
「ねぇ、あんた。何でそんな暗い顔をしているんだい? あんたのところにも、そろそろ帰ってくるんじゃないかい? どうする、どこかにでも逃げるのかい?」
「何で知っているんですか? 彼女よりも先のあなたが」
「聞こえちまったんだよ、あんたの話が。何か複雑そうな事情があるみたいだね」
誰もが村の風習をよく思うわけではない。だから、帰ってこないものや出て行ってしまうものが多い。皆が喜ぶと思ったら大間違いだ。
「彼女のことですから帰ってこないかもしれませんよ。ひねくれ者だったので」
「それはあんたの方じゃないか。それに今まで一度たりとも例外なんて無かった。必ず私たち霊は帰ってくる。嫌なら逃げればいいだけの話だが、どうするんだい?」
嫌なら逃げれば良い、それが出来たらどんなに良いことか。彼女が私に罪悪感を植え付けていったことに囚われているのに。
「あたしとしては会ってあげた方が良いと思う。だって、そうしないとあまりにも可哀そうじゃないか」
「大丈夫ですよ。逃げませんし、きちんと話をしたいと思いますので」
「それなら良かった。頑張りなよ」
そう言うと、彼女はフラフラと何処かへ行ってしまった。周りは相変わらずどんちゃん騒ぎをしていて、主役が消えてしまったことなど気づいていない。ただ、これがいつものことなので驚きはしない。
「そうか、もうそろそろ帰ってくるのか」
さっきの言葉は口からの出まかせではなく本心だ。とっさに嘘を言えるほどの度胸も無ければ器用でもない。しかし、いざ会うとなると緊張してしまう。その時、私はどうすれば良いのだろうか。考えても答えは出ず、未来に託すしかない問いについて頭を悩ませていたら、次第に眠くなってしまった。
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