第4話 面と向かって


「それにしても驚いたでしょう。まさか盆の最終日になるなんて」


「あぁ、この村で初めての例外が生まれると思った。でも、帰ってきてくれて良かったよ」


彼女は驚いてこちらを見る。


「その言葉が本心だったら嬉しいな」


「本心さ」


「そういう風に受け取っておくね、ありがとう」


何故、いちいち疑われないといけないのか。確かに会いたくないとも思ったが、こうして会えたら会えたで緊張はするものの安心した。


「そういえば、あのおばさんはどうしたの? もう来てしまったの?」


「少し前に戻ってきたよ。君のことを心配していた」


「そう、せっかくなら会って話をしたかったのに。けど、仕方ないわね」


大人になってからも、彼女は体調を崩しがちだった。子どもの時のように、ずっと傍にいることは出来ず、仕事に行かなければならない私に代わって面倒を見てくれたのが隣の家に住んでいたおばさんだ。


「よく看病をしてくれたから、そのお礼を言いたかったのに。それよりも、私より先だったのが悲しかったし皮肉よね」


よく笑う人で、いつも彼女と楽しそうに話していた。大抵の病気はお酒を飲めば治ると言い、実際に効いていたのかどうかは知らないが、常に元気であった。そんな人が、夏の暑さにやられてしまうなんて誰も想像出来なかっただろう。


「皆が持ってきたお酒を片っ端から飲んで幸せそうに帰っていったよ」


「それなら良かった。あの人、何よりもお酒が好きだったから。他には誰か来た?」


「実は、あの近所のおじさんもなんだ。今年の冬に体調を崩してしまって」


「そう……。もし会っていたとしても私の方が先だったから、何て声をかければ良いか分からなかったと思うけど。それでも、話したかったな」


「帰ってくるのが遅かったよ」


「本当だね」


 それからは、話すこともなくなったため、気まずい沈黙が続いた。私が一方的に思っているだけで、彼女はそうは思っていないのかもしれないが。話しかけられない限り、どんな話題を振ればいいか分からない。そもそも、きちんとした会話をしてこなかったのがいけないのだ。歪な石階段を少しずつ上っていき、目的地へと向かう。祈ることなんて無いのに。願いを叶えてもらおうなんて思わない、ただ想いを吐くだけだ。その道中も、鬼灯の灯りは導いた。


「やっと着いた。たくさん歩くと疲れるね」


そう言うと、近くにあった石で出来た椅子に座る。


「ねぇ、喉が渇いたのだけれど、サイダーでも買ってきてくれない?」


「分かった。少し待っててくれ」


今日は万灯会ということもあり、多くの屋台が出ている。普段は静かな村も、この行事を目当てにやってくる人もいるため賑やかだ。水風船を持って走り回る子どもたち。香ばしいソースの匂いがする焼きそばを仲良く分け合って食べる親子。子どもとお揃いのふわふわの綿あめを持って恥ずかしそうだけれど嬉しそうな人。そんな人たちを横目に言われた通り、サイダーを二つ買って戻る。


「色々な屋台があって見るだけでも楽しかったでしょう」


「そうだな、はいこれ」


「ありがとう」


椅子に座って一息をつく。彼女が自分の隣に座ってサイダーを飲んでいる光景なんて見慣れたはずなのに落ち着かない。炭酸が強すぎて少しずつしか飲めず、未だにこの状況を信じられない私とは対照的に、彼女は一気飲みをしてご機嫌なようだ。飲み干したサイダーの中に入っているビー玉をカラカラと鳴らしながら、彼女は愉快そうに話す。


「あの頃も、よくこうしてビー玉で遊んだ。どうしたら取れるのか必死に考えていたけど、結局こうするのが早いのよね」


そう言うと、空き瓶を思いきり下に向かって叩きつけた。不揃いに割れた破片の中から、真ん丸の透き通ったビー玉を拾い上げる。


「相変わらずやることが暴力的だな」


「他に良い方法が思いつかなかったからね」


暴力的、という言葉を否定するかと思ったが認めたので、自分でも自覚があるということなのか。何をしだすか分からないので、一緒にいてヒヤヒヤしたことを思い出す。


「あなたは私が怖い?」


「そうだな」


その答えは予測していたものと同じだったのか、彼女は楽しそうに笑いつつ、でもどこか寂しそうに溜息を吐きながら鬼灯の提灯を眺める。


「私ね、ずっと考えていたの。もし、あなたがこの村にいなかったらどうしようって。一人で戻ってきたは良いけれど、また話が出来ないなんて寂しいなって」


「こうしているから文句は言わないでくれ」


「そうだね、とりあえず良かった」


また、沈黙が流れる。お互いに話したいことや言わなければならないことが沢山あるはずだ。だが、いざその時となると何を話せば良いか分からなくなる。せっかく浮かんできた言葉も泡のように生まれては消えていく。


「私はあなたと仲良くしたかった。けれど、最初の始まりが監視役だったから、そのままの流れで来てしまった。だから、一方的に付き合わせて申し訳なかったなって」


「意外に繊細なところがあるんだな」


「流石にその言い方は無い」


そう言いつつも呆れるどころか逆に嬉しそうな彼女を見て私は不思議だった。


「ほら、私が言ったから次はあなた。懺悔するために万灯会に連れてきたのだから」


「君が望むことが分からないよ。何を言えば許されるのか。いや、別に許してくれなくても構わない。ただ、謝ることがあるとしたら、あの時に一緒にいれなくてすまなかった。それだけだ」


「うん、正解」


あぁ、またそうやって本心の読めない笑い方をするんだ。


「仕事が忙しいことも理解していたし、最後くらいは迷惑をかけたくないとも思っていた。けど、寂しかったのよ」


彼女は分かりやすく嘘をついた。それは、いっそ清々しいほどに。


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