第三章(下)
「ここっスよー」
フィーネ台地へと向かっていた機械神十三号機の操作室へとそんな声が届いた。リュウガ一人しかいない室内へ無線も使わずに普通に喋っているように声を送れるとは、やはりウォルテとはとてつもない存在なのだと改めて思う。
「⋯⋯方舟艦」
呼ばれた方に向かうと、以前に自分が調査に赴いた水災脱出船と同型の物が、岩山の台地の近くへと浮いていた。その広大な甲板の中央に星喰機が立っているのが見えた。
なぜこれだけの巨大なものが、とは思ったが、相手は星喰機と全く同じものを用意できる。この程度のものの再現など簡単な行為なのだろう。
本物の星喰機はフィーネ台地内にいるのは十三号機の電波探信儀に映っていたので、ウォルテと名乗る彼女は全く同一の機体をどこからか持ってきたのか自分で作ったのだろう。それだけでも大変な力だ。
リュウガは十三号機を擬似星喰機の三千フィート手前に着地させた。甲板を踏み抜いてしまわないように重力制御で自重を軽減させつつそっと降り立つ。
「やっぱり、あなたの相手をしないといけないですか、こんな形で」
リュウガが言う。機械神級巨大兵器同士での戦闘を
「これぐらい大きな枷で覆って思い通りに体が動かないようにしないと面白くないんっスよ」
自分の体だけでやったら直ぐ終わってしまってつまらないとウォルテは付け加える。
「ああ、わたしたちの戦いでこの星が壊れちゃうんじゃないかって心配っスか? それならご安心」
ウォルテはそういいながら自機の右手を真横へ翳すと、擬似星喰機の手の平に火球を作った。
「わたしも今までは重力制御しか使えんかったっスけど、この星喰機ってのを操縦するために電磁誘導も覚えたんっスよー。だからリュウガと同じように火炎も使えるんっスよ」
ウォルテはそういいながら火球を放つ。そのまま遠方へ行って望まない火災と破壊を発生させるのかと思っていると、方舟艦の船舷の上空に達した瞬間見えない壁に弾かれるように上空へと跳ねて霧散した。
「どんだけ危なっかしい攻撃をしても、この方舟艦の中に溜めておいた重力がウチュウ⋯⋯じゃなかった黒き星の海まですっ飛ばしてくれるっスよ。だからご安心めされ」
ウォルテはそういいながら今度は十三号機に向かって火球を飛ばした。
「!?」
火球は十三号機が肩に装備する盾に弾かれると先程と同じように霧散した。
「今の火の玉は重力の膜で覆って投げたんっスよ。だから痛くなかったでしょ。そのまま投げたら肩から先が丸ごとなくなっていたっスね。そして手加減するのはこの一回だけっスよ」
「⋯⋯」
相手の放った火球はかなりの速度。現状でも砲弾並の速さであるので、本気になったらほぼ光速で飛んでくるのかも知れない。
相手は副炉を十二基全力稼動させた程度では到底敵わぬ相手であるのを自ら示した。此方が全開で立ち向かってもどれだけ持つか。
「⋯⋯龍焔炉起動」
その言葉を口にする。彼女への唯一とも言える対抗手段を。
開始の言葉を告げた後の機体の鳴動。体の中に何かが流入してくる感覚。
変形などに使っていた場合は、機体内に必要な動力量が溜まった辺りで止めるが、その通常の稼働時間を超えたとき、腕に凄まじい熱さと痛みを感じる。思わず目を瞑る。
「⋯⋯」
恐る恐る瞼を開く。
(腕が燃えてない⋯⋯でも)
自分の両腕は以前の全力稼働の時のように燃えていなかった。ここから焼失する気配もない。人形の腕が移植されたからか、龍焔炉の超稼働にも対応できているらしい。しかし
「⋯⋯」
リュウガは今、吐き気を催すほどの眠気に襲われていた。このまま瞼を閉じてしまったらもう二度と夢の世界から出れないのではと思うほどの強さ。
腕の焼失の代償に見合う苛烈。
「⋯⋯ウォルテ、行きますよ」
リュウガは眠気を少しでも散らすが如く、十三号機を少し浮遊させると後方へ向けられる推進機全てを全開にさせると擬似星喰機へと突っ込んだ。
「おほーっ! 最初から全開とは、ゾッコンラブっス!」
ウォルテは『中距離防護呪法――
七号機を
「ん!?」
その激突で十三号機の内部の方が大騒ぎになる。機体を支える鋼材が折れ、人の頭ほどもある
自動人形も機体各所に備えられた個別の重力制御と電磁誘導の操作機器で緩和はしているが、それでも凄まじい衝撃だった。操士が
「⋯⋯ウォルテ、ごめんなさい」
リュウガは十三号機腰部の18インチ単装砲を斉射する。密着常態の超至近距離からの砲撃を受け、擬似星喰機の腹がへこみ、砕けた。
「⋯⋯」
ほぼ
「いや~イイカンジにお腹チクチクしてくれたっスね、さすがわたしがお相手に選んだけあるっス」
ウォルテはそう言いながら周囲の塵を集めると、擬似星喰機の胴体を復元し、空気中の水分を固めて水の魔物を作り出し中に詰め込んだ。
「それではお返しっスよー」
瞬く間に損傷箇所を復元した擬似星喰機が一旦離れる。展開されていた両腕の装甲が閉じられ中距離防護呪法が
「近接打撃呪法――
今度は嬉しそうにウォルテが機械神術式を言葉の形にして具現化させる。擬似星喰機の右腕に無数のひび割れが入ると内奥から光が漏れ出す。亀裂からの発光を纏った右腕を十三号機に叩き付ける。
「⋯⋯」
リュウガは十三号機の左肩を突き出すように構えると、そこに装備される二枚の盾に防御姿勢を取らせ、自分が操作できるありったけの重力制御を集中させた。
激突。
操士の手の届かない機体各所の重力制御は自動人形たちが操り、猛攻を食い止める。六号機用の予備部品である盾は、防御を重視した機の装備だけあり、リュウガと自動人形の完璧な操作も合間って、星喰機が扱う機械神術式という壮絶な攻撃を凌いだ。
「機械神というだけあって、物理的に機能する機械仕掛けの部分は無敵に近いんっスね」
さすがの黒孔生命体も機械神の潜在能力に感心した。
「⋯⋯」
強烈な睡魔で普段より行動が過敏になっているリュウガは、その影響からか相手が感心した一瞬の隙を突くと、機械神の標準装備である副脚内の近接用ナイフを引き抜き、十三号機が龍焔炉を積む場所と同じ位置へと突き立てた。星喰機も同じ場所であろうと。
「おふっ」
小山のような巨体からそんな小型斬敵兵装が出てくるとはさすがにウォルテも思わなかったらしく、彼女が乗る星喰機内の龍焔炉のある場所を貫いたが
「いやーすいませんっス、この機には龍焔炉を再現できなかったんで、その場所には何もないんっスよ。でもなかなか楽しい攻撃で嬉しいっス」
突き立てられた刃を自機の損傷部を抉りながら握ると、刀身を砕いた。リュウガはウォルテの星喰機であればそれ位するだろうと、即座に残った握りを離して投棄、機体前部に向けられる推進機を全開にして後退した。
「⋯⋯ウォルテ、どれだけ激しい攻撃をしても黒き星の海に飛ばしてくれるといいましたよね」
ある程度の距離を機体同士に保ったリュウガが訊く。睡魔の誘いが限界にきていた。
「はいっスよ?」
損傷部をを再生させながら言う。
「⋯⋯じゃあ、今から
リュウガは眠気に何とか侵されないようにそこまでいうと、十三号機の普段は翼のように肩の後ろに装着されている部品が展開していく。
七号機予備部品である推進機上部へ直結されている二つ折りの棒状の部品の上が持ち上がる様に動き、二つ折りだった二つの部品は一つの長大な砲となる。
劫火砲。
『武装選択において致命的過誤を検出、続行に不認可を唱える』
担当箇所にいる自動人形により使用に異論が発起する。
『選択使用武装兵器の使用は周囲ほぼ全ての融解を意味する。それでも良いのか』
『操士の意見は絶対選択。使用後の状況確認は我等の範疇に有らず』
操作室周囲にいる自動人形が応答する。
『確認した――劫火砲起動用意!』
それは、星舟が黒き星の海を航海していた時代、進行上の障害物となる惑星を除去するなどに用いられていた破壊砲。
もちろん地上で運用する規模の砲ではないが、それが機械神八号機の固有装備であり、十三号機も八号機用予備部品として積む機械神の最大火力装備。
『反動制御術式展開』
巨大な歯車状の物が高速回転を始める。
『龍焔炉より動力直結。以降本体動力低下』
十三号機装備のものは八号機の物を機関部として延長砲身や
「おおぉー、わたしが普段住んでた
擬似星喰機が両腕を広げると手の平を上に翳す。周囲の水分が急速に集められると正立方体に凝固する。
「リュウガの妹君が命名した浮き水っスよー、これに」
擬似星喰機から下半身が吊り鐘状の人型が飛び出すと二体飛び出すと、一体ずつ浮き水の水面に沈んだ。
「これを加えるとー」
浮き水が一瞬震えると両側面から一本ずつ下面から二本の棘が伸び、それは太く長くなりながら側面のものは腕、下面のものは脚となり、浮き水本体が胴へと変態すると上面から頭が飛び出す。瞬時にしてウォルテは水の巨人を二体作り出す。
「では――今その状態をお邪魔したらどうなるんっスかね」
発砲のための充填中であろう射撃形態となって沈黙する十三号機へ水の巨人を差し向ける。
リュウナがプルカロルをもって相手をした最初の巨人のような緩慢さはない。ウォルテが自前の超重力を使って強引に動きを速めているのだろう。
「⋯⋯」
眠いがそれでも反射で反応能力が鋭くなり過ぎているリュウガは、機体両側面から板状の装備を展開させた。四号機用の軌道施設だ。これは可動部に大型の関節が儲けられているので近~中距離での白兵用格闘腕としても機能する。
リュウガはそれを用いいて相手の接近を拒もうかとするように限界まで伸ばすと、板型破砕腕がそこで外れた。外れた破砕腕は落ちることもなく水の巨人へと向かっていく。良く見れば、背部に畳まれている空母時の飛行甲板の一部を開らかれ格納されていた女性型機械――五号機用予備部品のグレモリーが十三号機本体から出撃し、破砕腕の裏に隠れるようにして、それを担いで水の巨人の進路を遮るように向かっている。
本体より放たれた
グレモリーは抱えていた軌道施設である板型破砕腕を盾にして防ぎ鈍器にして殴り相手の猛攻をしのぐ。
水の巨人も打撃で体がもがれるのを黙っている訳ではなく、グレモリーを掴み、握り潰そうとする。グレモリーも主の準備が整うまで持てばいいと自分が損壊しようとも、水の巨人の侵攻を食い止める。
「⋯⋯グレモリー、準備、でき、た⋯⋯よけて」
主の指示を受けてグレモリーは軌道施設と水の巨人をその場に残すと左右に別れて全速で退避する。
十三号機両肩の砲口に火が灯り劫火の火炎が放たれる。龍焔炉から直結の力を注入された超砲が咆哮する。
秩序的な指向性を持たない、破壊のみに特化した全てを無効化する光条が周囲の物質を消し去りながら伸びていく。
光の線は次の瞬間には目標に到達し爆発した。
「お、お、おぉ⋯⋯」
ウォルテはそれを真っ向から受けた。何重にも重ねられていただろう超重力の防護壁を星一つ砕く火炎が破り、擬似星喰機の両肩から先を瞬時に消して機体を焼き、その余波は方舟艦周囲に敷かれた重力防護に当たって上空へと巨大すぎる火柱を上げた。
劫火砲本来の全開射撃であればその火柱の余熱だけでこの星が融解している筈だが、ウォルテは約束通りそれだけの力ですら散らす重力壁を十号機を介して展開させていたようだ。
「いやー、なんだろう、何百万年ぶりかにさっぱりとした気分っス」
劫火の火炎が通過したそこには、頭部の下は柱状に削れた胴体が辛うじて残り、下半身も殆ど骨格のみが残る星喰機が立っていた。
「ヤケドするほどの恋ってこんな感じなんっスかね――って、え?」
劫火砲を展開させたままの十三号機が接近してくる。発砲により主炉である龍焔炉は少し休ませなければならないが、副動力は動く。
これだけの
「おおお、さすがに、ちょっとがんばりすぎなのでは、リュウガさん?」
ウォルテもリュウガが見せる連続の速攻に、余裕の姿勢が少し崩れた。
擬似星喰機が機体を再生しようと周囲の塵を集め始めるが、それと同時に十三号機が両腕を射出する。
少しだけ冷ました龍焔炉が再び加熱し変形のための動力を供給する。
質量保存の概念を超えた内部可動の繰り返しにより、十三号機の両腕は一機ずつの機械神へと変形を終えた。
「⋯⋯終局呪法・反――
リュウガが苦しそうに術式の完成を言霊に変える。
魔女の創造主と戦ったアリシアは、十二号機の記録素子に残る相手が使った機械神術式を解読していた。そして
完成はしたがそれは具現の対価としてとてつもない力の消費が必要であり、アリシア本人にはとても扱えたものではないが、リュウガと十三号機の組み合わせであれば何とか展開できるだろうと持たされていた。
右腕が十一号機、左腕が十二号機の姿となり、再生途中の星喰機へと襲い掛かる。
「うわわわっス!?」
出来上がったばかりの左手を手刀の構えにすると十一号機の胸部を貫く。それと同時に十一号機の胴体があり得ない勢いで爆砕した。
その衝撃で折角再生した星喰機の左腕もまた失われた。
「あひゃ!?」
「うわっ!?」
別方向から接近してきた十二号機にウォルテは今度も手刀で貫き相手を爆砕させて自機の右肩から先を失わせた。
彼女の超重力であれば重力面で捕獲して被害の出ない場所まで投棄することも簡単だろうが、しかし感情の赴くままに反射する能力しかないウォルテにはそれが出来ない。
そしてウォルテが慌てるのと機体再生を繰り返していると、十三号機本体が至近距離まで来ていた。
十三号機は副腕を展開すると副脚内の近接用ナイフを引き抜き、それを機械神共通の操作室の場所である頭部へと突き立てる。機械神の原型となった星喰機も場所は同じだ。
「お、お⋯⋯」
前方映像盤を突き破ってきた刀身にウォルテは半身をごっそりと持っていかれた。切断面から水が噴き出す。
「⋯⋯ウォルテ、ごめんなさ⋯⋯い⋯⋯わ、たし⋯⋯もう、だ、め⋯⋯」
自分が出来うる限り全ての攻撃を叩き込んだリュウガは、遂に睡魔に屈してしまう。
「おおお⋯⋯ここまでズタズタにしてくれるとは、いい気分っス⋯⋯この気分に一万年くらい浸りたい気分っスな⋯⋯」
ウォルテはそういいながら刀身から切断面を引き剥がすと失われた体を瞬時に戻した。自機の再生には時間がかかるが自分の再生は一瞬だ。
「でも⋯⋯せっかくここまでわたしのことをやっつけてくれたリュウガも寝ちゃうし、やっぱりわたしに着いてこれる存在っていないんスな⋯⋯黒孔生命体とは孤独な存在っス」
『――ウォルテとかいったわよね、ちょっとあたしに顔貸しなさいよ』
ウォルテがいる擬似星喰機の通信機に無線が入った。内部は酷い有り様だが通信機器はまだ生きているらしい。周波数を高速で変えて強引に通信を繋ぐのは機械仕掛けの神たる力。そしてそれを扱う操士の意思。
同時に周囲を覆う重力壁が消失した。
「誰っス?」
『あんたが勝手に読んだ雷の魔導書の作者よ』
「おほーっ、それはそれはわざわざ顔を出していただけるっスとは。して、どんなご用件っスか?」
『あたしの友達が面倒ごとに巻き込まれてるらしいから、ちょっと助けに来たのよ』
その言葉と共に一機の機械神が甲板を突き破って姿を表した。機械神十二号機・アムドゥシアス。右手に顔の長い造形の何かの頭部を持っている。左側面には潜水艦のような棒状のものが浮遊していた。星舟だ。
『あんたが重力壁まで自前で展開させていたら万事休すだったけど、なんの気まぐれかコイツに任せてくれてたから助かったわ』
『これで出現位置の確認固定は完了』
アリシアがそういった瞬間、星舟が消えた。違う空間へと転位を行ったらしい。
『あとはあたしが』
十二号機の頭部両脇の大角に紫電が走る。
『あんたを一瞬でも止められれば』
「――え? なにをしたっスか?」
急に擬似星喰機が動かなくなり、ウォルテが少しの戸惑いを見せる。
『電磁誘導の魔導書、どうもありがとう。大いに有効活用させてもらったわ』
アリシアが言う。
『
擬似星喰機を動かす力となっているウォルテが操る火の力の具現させる片方、電磁誘導を抗魔法により打ち消したのだ。アリシアが言うように雷と磁力に別れてしまえば、電磁誘導としての効力を失い、火の力も消える。だから動力を断たれた星喰機も動きを止めたのだ。
ウォルテはリュウガが自分の腕を動かすように、超重力で機体を無理やり動かそうとしたが、その一瞬の隙をついて再び星舟が転位してきた、十二機の鉄巨人を連れて。
「機械神?」
ウォルテが不思議そうに言う。それと同時に星舟が爆発を起こして方舟艦の甲板の上に墜落する。
『さすがに十二の機械神を引き連れての転位は負荷が大きすぎたみたいね。でも、役目は果たしてくれた』
アリシアがそういった途端、擬似星喰機が動力の他の動きも全て止めてしまった。中の操士も含め。
『もうあなたは全く動けないはずよ。だってあなたの周囲の時間を、十二の機械神総掛かりで止めたんだから』
そう、操作室にいるウォルテも凝固したように動きを止めている。
『黒龍師団本拠地の格納施設の下に眠る予備部品。それを機械神の形に組み上げた仮設機が、今あんたを囲んでいるそれ』
時間経過を止められてまで音が伝わっているのか不明だが、相手は黒孔生命体という常識の通用しない相手であるので、聞こえているのか聞こえていないのかお構い無しに説明する。
『この12の仮設機にはダンタリオン型機械使徒と同数の十六基の炉を載せてある。この場に存在する封印炉の数、その総数192。その数を持って機械神の重力制御をあんたと同じ領域の超重力制御へと引き上げた』
アリシアがとてつもない数を消費して行った異業を言う。
『もっともこれだけの数があっても、黒孔生命体相手に完全に時間を止めるという真っ向から挑んで、回避される可能性もある。だから完全に止めた訳じゃない。遅くしただけ。周囲の時間が一億年経過してあんたの回りは一日過ぎる』
この封印方法は、暇をもて余した黒孔生命体が自分の関係者がいるこの星に何れは襲来するであろうことを予想して、
これは機械神が存在する世界を守るという行為。それは自動人形の行動理念の一つ、機械神の常態維持へと合致する。だからこそ完璧にこなされた。相手がどんな存在であろうとも本気になった自動人形は、自身の行動理念達成のためには強さの序列すらねじ曲げる。
『強い力を持つものは力が強くなればなるほど、弱点も明確になり、その効力も大きくなる。強い力を持つものを倒す必要はない。封じ込めてしまえばいい』
かつて魔女の創造主が機械神を破壊した女に向けていった言葉を、魔女の一人が繰り返す。
時が経って封が解けて黒孔生命体が復活しても、その時には封印を施した文明は寿命を終えてこの世界から消えている。それならば倒したのと意味合いは代わらない。
『この星には機械神という重力制御の使い手を作り出す土壌がある。それを上手く使えばあんたという黒き星の海最強の生命体だって封じれる。十六基の封印炉を載せた仮設機が十二機あり、止めるのではなく停滞させるのみ、しかもその操作を意思を持ちし自動人形という正確無比な制御機器が操れば、ある程度の不可能は可能になるわ』
これは、本来これを使うつもりだったキュアからの受け売りだが、それは些細なことだ。
極度の高重力の下では時間の進行は限りなく遅くなる。
これが十二の機械神の192基の動力炉の威力。
「いやっス! そんなのいやっス!」
止めたはずのウォルテの声がする。
『なるほど、これは現世に残ったあんたの思念が喋っているのね』
アリシアが聞こえないはずの声の正体を冷静に判断する。
『効かなかったかと思ったけどあんたの本体はちゃんと時の中に封じ込められた。思念もあと少しすれば消えちゃうでしょ』
「そんな、そんな! このウチュウが無くなるまで止まったまま一人ぼっちなんていやっス!」
『あんたはそのウチュウってやつを吹っ飛ばせるんでしょ。そんな危ない存在、封印できる方法があるんならさっさと封印して安全な世の中にするわよ』
「吹っ飛ばすなんてそんなことしないっス! 絶対にしないっス!」
『劫火砲の直撃を食らってもたいしたことないあんたの言葉、信じられると思う?』
「ごめんなさいっス! ごめんなさいっス! 絶対にしないっス!」
『信用できないわね』
「絶対にしないっス!」
「――⋯⋯絶対に、ですか?」
その時、一つの声が会話に割り込んだ。
『リュウガ、良く目を覚ましたわね』
「⋯⋯なんとか」
心配そうなアリシアにリュウガはそう応えるが、覚醒も長くは持たないと自覚する。
「⋯⋯ウォルテ、絶対に、もうしませんか?」
でも彼女を助けるために眠りの呪縛からなんとか抜け出てきた。
「絶対にしないっス!」
「⋯⋯友達との約束ですよ」
「え、――ともだち?」
ウォルテの思念がその言葉を今一度繰り返す。
「⋯⋯あなたは一緒にいてくれる友達が欲しくてこんなことをしたんじゃないんですか? そしてあなたはこんなことをするしか他人に構ってもらう方法を知らないのでしょう」
機械使徒操士を目指す教え子たちと出会い、そして育ててきたリュウガは、多くの未成熟な人の心に触れてきた。だから彼女の心の思いも何となく分かっていた。
「だってわたしはいっぱいいっぱいぶっ壊すために生まれたんっス! 誰かと戦って自分の価値を認めてもらう方法しか知らないっス!」
「⋯⋯わたしも以前は世界を火に包んで滅ぼす方法しか知りませんでした。でも、色々な出逢いがあって、最後には自分が持たされた火の力で世界を救う方法を知りました」
「⋯⋯だからあなたにも出逢いを」
それだけの想いが実現できたこと。
「⋯⋯だからわたしで良ければ――友達になりましょう」
その想いのカケラを彼女にあげられるのなら。
「え!? 良いんっスか!?」
「⋯⋯だから、こんな大きなものを使って遊ぶんじゃなくて、ただ静かにお喋りしてるとかではだめですか」
「そんなんで良いんっスか!? そんなんでわたしと一緒にいてくれるんっスか!? わたしにそんなしあわせをくれるんっスか!?」
「⋯⋯友達ってただ隣にいてくれてゆっくり時間が過ぎていくのを共に過ごしていくのを、友達っていうんじゃないんですか」
「良いんっスか、そんな大変な役?」
「⋯⋯大変とか役目とかそんなんじゃないです」
リュウガは一拍置いて続ける。
「⋯⋯友達っていうのは、一緒にいて⋯⋯安心する
リュウガはもう瞼を開いていられなくなった。
「⋯⋯たとえわたし、が、この世界から⋯⋯いなくなったとしても、ちゃんと約束を⋯⋯守るんですよ⋯⋯」
「守るっス! 守るっス! だから死んじゃやだっス! わたしをひとりにしないでーっ!?」
再び沈黙してしまった十三号機に向かってウォルテの思念が絶叫する。
「――ソウガ、シュエツ、聞こえてる?」
『聞こえている』
『聞こえている』
二つの機械音声が連続してアリシアの無線に応答した。
「時間停滞を解いて」
『良いのか?』
『あやつが再び動けばこの
「あたしの友達があいつの友達にもなるっていってんのよ。片方が止まったままじゃ付き合いとかできないでしょ」
『本当に良いのか?』
『解除すれば即行での再起動は不可能だぞ』
『あいつに狙われてるはずだったリュウガが良いっていったのよ。だから、良いのよ』
アリシアもまた、妙に晴れた表情で言う。
「あいつが急に心変わりしてこの世界を壊したとしても、あたしにあんたたちを託した鋼の女神は、託された者が世界を滅ぼしたいのなら好きにすれば良いって言ってたわ。だからここで封を解除してその瞬間に世界が終わったとしても、それはあたしに権利として渡された、わがまま」
『――そうだな、誰かの我儘で滅ぶ位の方が、世界の終焉には丁度良いのかも知れぬ』
『我等は意思を持つとは言っても自動人形であるのは変わらん。指揮権を委任している機械神操士のお前が言うのなら指示に従うまで』
「じゃあ、早くして」
とても優しげにアリシアが言う。
『了解した』
『了解した』
時間停滞が解ける。
「ウォルテ、聞こえる?」
アリシアが時間の流れが戻ったであろう疑似星喰機の操作室へと無線を入れる。
『――ふぇっ、誰っスか?」
「誰っすかじゃない! 雷の魔導書の作者のアリシアよ! もう忘れたの!」
『アリシア――ちゃん?』
「面倒くさいから呼び捨てで良い! 早く
『え? なにを急ぐっスか?』
「十三号機までリュウガを助けにいくのよ!」
『良いんっスか!?』
「良いも何も急がないと、これ以上昏睡状態が酷くなったら本当に死んじゃうかも知れないわよ!」
『りょ、了解っス!』
――◇ ◇ ◇――
「――うわーん! うわーん!」
「⋯⋯?」
リュウガは女の鳴き声を聞いて目を覚ました。
「ここは⋯⋯十三号機の中?」
周囲の景色を視界に捉えて、ここが機械神内にある操士用の部屋であるのをリュウガは知る。
「目覚められましたか、
リュウガは室内備え付けのベッドに寝かされていた。上体を起こして声のした方に顔を向けると傍に自動人形が一体立っていた。
「⋯⋯クラウディア?」
それがもっとも新しい個体であるのは直ぐに分かった。
「あなたがわたしのことを看ていてくれてたんですか」
「はい。アリシア操士からは主が昏睡してしまった場合等、助けてやれと仰せつかっておりますので」
「そう⋯⋯」
「アリシア操士も最初は一緒に主を看ていてくれていたのですが、主があまりにも起きないので
「⋯⋯わたしはどれだけ寝ていたのでしょう?」
「一週間です」
「一週間⋯⋯、そうですか」
空の街に赴いたとき、それ以上の昏睡にあったので経過日数には驚かなかったのだが
「付け加えますとウォルテ殿はその間ずっと泣きっぱなしです」
「――はい?」
クラウディアが告げた追加報告の方に驚いてしまった。
「えーと、一週間、泣きっぱなし、ですか?」
部屋の隅でずっと「うわーん! うわーん!」と号泣のウォルテを見ながら訊く。
「流石黒孔生命体、いくら水分を放出しても体内総水量が減る気配がありません。空気中の水分を永続的に吸収しているのでしょうね」
そういう問題ですか? と思ったが、とりあえず自分は目覚めたので教えてあげないと。
「ウォルテ、わたし目を覚ましましたからもう泣かないで良いんですよ」
「ウォルテ殿、主が目を覚ましましたよ」
「うわーん! うわー⋯⋯って、リュウガ!?」
二人掛かりで呼び掛けてようやくウォルテが気付くと、ベッドの上のリュウガに飛び付いた。そしてまた泣き始める。
「リュウガが目を覚ましたって通信が入ったから来たわよ⋯⋯って、まだ泣いてんのコイツ?」
クラウディアは体内に備える通信機を使ってリュウガの覚醒を十二号機まで伝えたのだが、アリシアがそれを聞き付けてやって来ると一週間泣きっぱなしの光景がまだ続いてた。さすがにうんざりした顔を見せる。
「一瞬泣き止みました」
あまり意味の無い報告をクラウディアが付け加える。
この一週間、リュウガはずっと寝たまま、クラウディアは口から水を流し込むなどの看病、ウォルテは号泣と、この部屋では連続した時間が延々と続いていた。
だから、さすがに時の経過を睡眠で途切らせないと生きていけないアリシアは、
「ほら、リュウガは目覚めたばかりなんだから無理させないの」
アリシアはそういいながらウォルテの頭頂にゲンコツを食らわせた。
「いたいっス!」
さすがに効いたのかウォルテがリュウガから離れる。しかし黒孔生命体に効き目があるとはアリシアの拳にはどれだけの威力があるのだろう?
「もう、酷いことするんっスなら、やっぱり世界を滅ぼしちゃうっスよ、プンスカ」
「そんなことをすればあんたは折角できた友人知人関係を一挙に失うことになるわよ。それと口でプンスカ言うな」
「なんだかわたしよりもアリシアの方がウォルテの友達っぽいですね」
「え! アリシアもわたしの友達になってくれるんっスか!」
「御免被るわ」
「そんないけずっス~」
「あんたみたいな面倒くさいやつ、リュウガ一人だけでも相手してくれているのを光栄に思え」
「やっぱりいけずっス~、シクシク」
「シクシクとか口で言うな」
「アリシア、あれからどうなりましたか?」
「どうにもなってないわよ、ただ一週間の時間が過ぎただけ」
アリシアはリュウガが目覚めたのでその間に考えていた事後処理について話し始めた。
「星喰機も星舟も中の十号機もこいつが後先考えずに作ったもの。今は安定してるけど、変に分解なんてしたら只じゃ済まない規模のものが詰まってる。まずは様子見で保存という形を取った方が得策」
「めんぼくないっス」
「まあそれはそれとして、十二機の仮設機はそのままの状態で残す。新造の方舟艦っていうちょうど良い置き場もあることだし、そこを黒孔生命体という世界を滅ぼす可能性のあった存在を永久に封じているという情報だけ流す。十二機の仮設機は人型以外に変形させておけば機械神とはバレないでしょ」
「ほえ? 黒孔生命体を封印? わたしはここにいるっすよ?」
「まあ話を聞きなさい」
戸惑うウォルテをアリシアが諭す。
「でも――わたしはもう世界を滅ぼしちゃうなんてオイタはしないっスよ? だって
「あんたがもう、世界に危害を加えることはないってのは、あたしにも分かるわ。でも他の人間があなたの正体を知って、そのまま黙っていることなんてできないのよ。そして
人間とは普通は弱い生き物。弱いものには安心というものを形で見せないと納得しない。
「だから
「じゃあわたしはまた封印され直しちゃうってことはないっス――か?」
「そうだって言ってるでしょ!」
「よかったっスー」
「それに千年後の水災を水没で凌ぐなら、一千万人規模が乗れる脱出船が一つ増えたことになる。管理は面倒だけど取っておく方が利益は大きい」
「え? わたし良いことしたっスか?」
「調子に乗るな」
アリシアは再びウォルテにゲンコツを食らわせる。
「これで良いリュウガ?」
「はい、わたしもそれで良いと思います」
「そうと決まったらとりあえず帰還しよう。早速で悪いんだけど人型から空母型にはできる? 細長くなってくれれば十二号機で牽引できるから十三号機ごと連れ帰ってあげるわ」
「それは助かります。変形くらいなら大丈夫でしょう、体調も良いですし」
「アリシア操士が誘導してくれるのなら本機の移動ぐらいなら私が」
今まで黙していたクラウディアが急に名乗り出た。
「あんたそんなことできるの?」
「自動人形の中では私が一番の新型です。ですので様々な事に率先して習熟し、今では機体移動位でしたら可能です。流石にキュアノスプリュネルのように戦闘行為までは無理ですが」
「だったらリュウガには変形までをお願いするわ。後は休んでなさい。十二号機が護衛艦代わりに随伴するからクラウディアはそれに合わせて移動させて」
「了解です」
リュウガとクラウディアが異口同音で答えた。
「アリシアー、わたしはっスー?」
「あんたはリュウガの傍でおとなしくしてろ。それが一番の仕事よ」
【幕間】
「すまなかったな【書記】よ」
星舟の残骸の中より引き摺り出した半壊の自動人形に【代官】が言う。
「久し振りに現れたと思えばいきなり星舟を動かしてくれとは、相変わらず無茶を言うものだ」
「十二機もの仮設機を引き連れての転位、人間の様な有機物を乗せて行ったとしたら、何が起こったか分からん。次元の狭間に有機物等落としたら何れだけ理が歪むか想像も着かん」
「その次元の狭間の落とし物がお前の養女の正体の可能性もあるのではないのか」
「流石一つの書を執筆しているだけあって敏いな。しかし否定も出来なければ肯定も出来ん。情報が不足し過ぎている」
「まあ我等無機物が役に立つのはこう言う時だ」
「今回は貴様しか頼めるものが居なかった。【爪牙】も【主悦】も仮設機の扱いで手が回らぬ」
「【商人】はどうしたのだ、お前の組織の売人だろう」
「行方が分からぬ。既に現存して居らぬのかも知れぬ」
「そうか。まあ良い。貴様の後輩を間近で見れたのだ。一つの書に書き加える項目が増えたと考えれば、等価交換としては十分」
「すまぬ」
「【爪牙】と【主悦】はどうなった」
「今回も死に場所を失したと文句を言い、貴様の養女の真価が見れたと褒誉を言う。支離滅裂だ」
「それは貴様の養女があれだけの事をしたのだからそうもなろう」
「
「貴様が養女の処刑を取り止めた瞬間、貴様の中の完璧が壊れたのだろう。そしてそれは最早修復不可能。諦めて育親と言う立場になった事実を楽しむしかあるまい、悠久の刻を」
【幕間・弐】
「無限から有限に下る覚悟は出来たか?」
「あの――先輩にご相談があるんっスけど」
「なんだ」
「大切なひとをいざって時に助けるために無限の力をとっておくってのはダメっスか」
「それはお前が自分の意思でいざと言う時が来るまで己の力を使わずに管理し続けると言う事だぞ。そんな事がお前に出来るのか」
「約束したっスよ、あの子がこの世からいなくなってもちゃんと約束を守るって」
「――そうか。約束を守ることは大切なことだ。お前は約束を守ると誓った相手がこの世界から消えても、守り続ける事が出来るか、約束を」
「無限のままで、有限に下った私の様にお前がこの星に生きるものの一つとなるならば、それを証明して欲しい。私の手伝いをしてくれるか?」
「なんスか? なんでもやるっスよ?」
「【側衆】の下へ行って欲しい」
「【側衆】? 方舟艦を作って中の人たちを管理してる自動人形っスよねえ?」
「お前は【側衆】の下へ行き、それを手伝え」
「はい?【側衆】さんとはご連絡を取ってるんっスすか?」
「何処に居るかも分からん。お前の友人達も見付けられなかった」
「はい? ということは【側衆】さんを見つけだしてくればいいんっスか?」
「そうではない。ただ【側衆】の下へ行き【側衆】の手伝いをすれば良いのだ、出来るな?」
「はー、よくわからんっスけども、わかりましたっス。して、
「別に休日など決める必用等無いだろう。お前の手の空いた時に顔を見せれば良い。お前ならこの星の上なら何処へでも一瞬で行けるだろう」
「了解っス! じゃあさっそく【側衆】さんにご挨拶してくるっスよ!」
彼女はそう言い残して消えた。
「こうやって本人が興味を持ちそうな事をやらせておけば、星喰機や方舟艦を作り出すなんて厄介な事は暫くしないだろう。多量の人の心を管理するに連れて多少は大人しくなるかも知れぬし――しかし」
【代官】が彼女が消えた空間を見ながら言う。
「出生不明の火の使い手に、創造主に作られし原初の魔女、そして現宇宙の黒孔生命体。これらが一つ処に揃った意味とは何だ?」
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