終章

【幕間】


「何ものだ、お前」

 突然目の前に出現した奇妙に透明な女に【側衆】は問うた。

「お初にお目にかかるっス、【代官】の後輩っス」

「お前が――あやつの」

 その正体に流石に【側衆】も言い澱む。

「何をしに来た、此処へ?」

 何重もの防壁に守られたこの場所へ相手は一瞬で現れた。この場所の壊滅が目的であれば、既に全てが終わっている時間が過ぎているが。

「先輩からあなたのお手伝いをしてこいと言われましてっス」

「偵察や殲滅の指示を受けたのでは無いのだな?」

「はいっス、お手伝っス」

「それはとてつもない厄介を送り込んでくれたものだな。流石【代官】と言うべきか」

 この「後輩」は本当に此方の手伝いのみを言い渡され、それ以外の目的・興味は全く無いのが【側衆】には分かる。

 つまり向こうは此方の位置すらこの「後輩」から入手するつもりもなく、そしてそれが彼女の一番の使い道だと分かっている。此方の所在が掴みたければ別枠として分相応の戦力を蓄え正攻法で攻めてくるのだろう。

「改めて【代官】は普通に済まぬ相手だと認識した。流石黒龍師団なる組織を創設して今に至るまで運営する程の存在なのだなお前の先輩は」

「そうっスよ、先輩は賢いっスよ。して、後輩のわたしは何をお手伝いすればいいっスかね?」

「この方舟艦は艦内のみ科学技術を高度に進化させた所為か、各所に理の歪みが生じている領域がある。お前にはその歪みがそれ以上広がらないように修正して欲しい。出来るな?」

「そんな簡単なことでいいんっスか?」

「お前には簡単でもお前以外のものには出来ん」

「分かったっス!」

「それと最近魔女の創造主が方舟艦の何処かに住み着いたらしい。大きな悪さはせぬと思うが、見付けたらそれとなく牽制しておいて欲しい」

「やっつけちゃうっスか?」

「牽制だけで良い。事を荒立てぬのがお前の一番の手伝いだ」

「かしこまりましたっス! じゃあさっそく散歩がてら方舟艦を一つずつ見て回ってくるっスね!」

 彼女はそう言い残して、出現した時と同じ様に一瞬で消えた。

「それにしてもとんでもないものを寄越したものだ。自在に動く颶風の様なものだなあれは。今度【代官】に会う時はどんな文句を付けてやれば良いか」

 今度【代官】に会う時。それはお互いの機能が停止するまで続く戦いの場であろうと【側衆】は思考する。


 ――◇ ◇ ◇――


「アぁリシアぁ~っ遊ぼうぜぇ~っス」

「うがぁーっ!」

 解析機関の前に座って作業していたアリシアはウォルテに後ろから抱き付かれて思わず汚い叫びを上げてしまった。

「邪魔すんな!」

「遊んでよ~っス、さびしいよ~っス」

「リュウガに頼め! あたしは忙しいのよ!」

「だってリュウガに頼んだら普通に遊んでくれるっスも~ん、たまにはアリシアに相手して欲しいっス~」

「⋯⋯相手してやれば良いのね?」

 アリシアは何事か呟くとウォルテの顔に向かって手を翳した。

轟雷ヴォウタン!」

 最後のアリシアの呪術名の口述により具現化された呪文がウォルテを直撃した。

「あばばば!?」

 それはフィーネ台地の防護機構である逆雷に匹敵かそれ以上の電圧だが、直撃を与えても彼女の髪型を爆発したかのような縮れ毛にするに留まる。

「戦艦の主装甲くらい爆砕できるくらいの術式を仕込んだのに粉々にできないとは。もう少し威力を上げるか、体力の消費も増えるけど」

「ちょっと~、友達をそんな軽々しく丸焦げにしないで欲しいっス~」

「誰が友達か! あんたの友達はリュウガでしょ!」

「アリシア、貴重な機械神の部品をあまり傷付けないでもらいたいのだが」

 後ろから自動人形キュアの声がする。ウォルテに直撃していない轟雷の呪文の余波が、その先に置かれた作り置きされている機械神の部品の幾つかを損傷させていた。魔女の遊び場は機械神部品保管庫の一隅にあるので、当然のように周囲には貴重な部品が並んでいる。しかし戦艦の主装甲を爆砕とは比喩でもなく本当の威力らしい。

 付け加えるとアリシアが終局呪法の反呪法の最終完成に触媒にされた機械神部品の成れの果ても転がったままだ。

「そこの保護者! いるんならコイツの面倒見てよ! 術式の打ち込みが進まないじゃない!」

「保護者とはどっちだ?」

「二人ともよ!」

 キュアの隣にはリュウガがとても楽しそうな顔で立っている。アリシアがウォルテの相手をしてくれるのが嬉しくて仕方ないといった様子。ちなみに二人の処にも轟雷の余波は飛んできたが、当然のように重力制御でかわしている。

友人リュウガ先輩キュアが雁首を揃えてるならどちらかが相手しなさい!」

「アリシアに相手してもらってるウォルテがとても嬉しそうなのでずっと見てました」

「こら!」

「アリシアがそんな難しい顔で呪文を作っているっスなら、わたしが代わりに簡単にするっスよ? わたしの手にかかれば解析機関なんていらないっスよ?」

「それじゃ意味がないのよ」

 ウォルテは確かに二つの呪文書を読みそれを組み上げての新呪文作成を軽くこなしたが、アリシアはそれを再び望むことはない。

「あんたは機械神と同じ。あたしたち人間はね、今後の世界にあんたや機械神のような存在に頼るようなことを残しちゃいけないの」

 そのために黒龍師団はあり、掲げた目標を達成するべく未保有の機械神の探索を続けている。

「難しいお話なんっスね――おっと、お手伝いしないといけない歪みが出てきたっスね。わたしは行くっス、また遊びに来るっスね」

 アリシアの「もう来んな!」という声に送られてウォルテは姿を消した。

「ウォルテはわたしたちの近くにいないときはどこに行っているのですか?」

「場所の特定は出来ぬ。本人に訊いても良く分からないと答えるだけだろう」

 二人はそんな会話をしながらアリシアの下に来た。

「責任放棄するなこの保護者ども」

「お前も呪文の試用相手ができてちょうど良かろう」

 アリシアの恨み節はそのようにかわされた。話にならないと力に訴えてもウォルテも含めてこの中では一番自分が弱いのがもどかしい。アリシアも黒龍師団の中でも最強格の戦士のはずだが、色々と序列がおかしくなっているのがこの妙に和やかな空間である。

「しかし一挙に部品が減ってしまったな。地下とは思えぬ広大さだ。炉に関してはほぼカラであるし」

 以前に比べて空所が増えた保管庫内を見てキュアが言う。

 仮設機に仕立てた十二機は事が終われば解体して予備部品に戻すつもりだったのだが、アリシアの提案を受け入れてそのままになってしまったので、全装備の正規の機械神十二機に、更に一機ずつ十六基の封印炉分の資材がなくなってしまい、それは広大にもなる。

 星舟も応急修理の上でウォルテを止めるのに使ってしまったので、魔女の遊び場も空白が多い。

「方舟艦隊の中にある空の十号機を取ってきますか。六機もあるので一機くらいもらっても」

「そういう訳にもいかんだろう。それとお前も何気に酷いことをいうようになったな」

「前にもいいましたけど色々と酷い経験もしてきましたし」

 二人の会話を聞いてアリシアが軽く苦笑する。

「まあとにもかくにも、これで黒龍師団が全盛期の力を取り戻すには、あと百年は必要になったわよね」

 アリシアが言う。フィーネ台地攻防戦で消費した機械使徒群は戦力としての回復は捗っていない。戦闘力としては大幅に低いダンタリオン型機械使途の増産が最優先とされており、その建造資材として転用できていた機械神の予備部分も今回の仮設機の建造で大幅に消費してしまった。だから彼女が語るように全盛期の力を取り戻すには本当に百年以上必要だろう。

「戻す必要もないといえば、ないんですけどね」

 空白が多くなった予備部品保管庫を見ながらリュウガが言う。

 黒龍師団は百人以上で動かす準機械神型の機体を標準とすることに置き換えが進んでいる。その意味では総合戦力としてフィーネ台地攻防戦以前よりも低くなるのは確定している。しかしてそれが全機械神封印後の機械神も自動人形もいない世界での標準となるように計画しているのだから、確かに戻す必要はないのだ。

「まあ機械神は封印するから仕方ないとして、前みたいに一人乗りの機械使徒じゃないと太刀打ちできない相手が出てきたらどうすんのかしらね」

「そういう時のためにお前たちがいるんじゃないのか?」

 アリシアの不安にキュアがそう応えた。

「生身で機械神級の相手に立ち向かえと? 本気でいってんの?」

「まあ、どう立ち向かうかはお前たちの自由だが、事実そこの紅蓮の死神リュウガは生身で機械神を破壊しているではないか」

「そういえばそうね。やってできないことはないか」

 アリシアとキュアが同時に機械神を破壊した女を見る。

「なんですか人を化け物みたいに」

「化け物じゃないの?」

「人間です⋯⋯一応」

 珍しく不貞腐れたように言うリュウガを見てアリシアが再び苦笑する。キュアも顔部が動くのなら同じ表情をしていただろう。

「お前が何ものであろうとも、そこにいるアリシアは友人であるのは変わらぬし」

 そういわれアリシアはとても自然な微笑を浮かべる。

「私も育親であるのは変わらん。そうだろうリュウガ?」

 そのキュアの言葉に暗い顔は一瞬で消え、彼女は笑顔で答えた。

「はい」


 ――◇ ◇ ◇――


「なんかホント、随分とエライものができたものね」

 フィーネ台地近くの沿岸から海を見ているリュウナが呆れたように独り語ちる。

 船と言うには大きすぎた島程に大きな物体が海上に浮いている。

 これは雲を作ったことによる浮き水以上の変異だと直ぐに判断したリュウナは早速調査に向かう計画を立てた。

 さすがに一人では困難だと実行前に応援を呼ぼうと黒龍師団本体に問い合わせたのだが「それは黒龍師団うちの関係者が作った物だ」と返されてしまった。

 訊けば今後調査に赴く予定だった方舟艦隊と同型船であるとのこと。詳しい事情が知りたければ一度本拠地に帰還せよとのことだった。手紙のやり取りでは知らせられない大きなことが起こったと推測される。

 前回浮き水の発生を確認し処理した地から、次に目星を付けた地へとリュウナは移っていたのだが、フィーネ台地近海に島ほども大きな船のような物体が出現したと話を耳にし、取る物も取り敢えずこの地へ再びやってきた。

 噂を聞き付けた者が他にも多くごった返しているのかと思ったが、リュウナ以外の人の姿は見当たらない。フィーネ台地からは相変わらず逆雷が発生しているので、人を寄せ付けぬ未踏地であるのは変化がない様子。海上の安全な海域には他国の調査船でもいるのかも知れないがこの位置からでは確認できない。

 リュウナはフィーネ台地へ生身で近付ける限界の場所にいる。それでも方舟艦の謎の同型船の威容は伝わる。極東地域には同型船が五隻存在するのはリュウナも知る。

 方舟艦隊と呼ばれる史上最大――という括りすら飛び出す艦隊は、その固定位置から全く移動することはないが、水位の上昇に合わせて船体を浮かべることは可能であるらしい。それだけの規模のものに守られているのなら、今回の水没があったとしても何の問題もなく回避していただろう。そして今後も訪れる千年周期の水災も、多少凌ぐのに手間がかかる災害程度で済まされるのだろう。

 機械神や機械使途を用いて世界の水没を阻止したのは何だったのだろうと思う。この方舟艦で世界中の全ての都市を作ってしまえば良いのにと思うけど、そう上手くはいかないのが人間の作る世界。

 水没と共に運命を共にすることを信条とした国家や地域だって数多くあっただろうに、黒龍師団わたしたちはその運命すらねじ曲げてしまった。

 水没を抗争などの混乱を収める作用に予定していた国だってあったに違いない。そして水没がなかったことによって更なる混乱を呼んだに違いない。

 自分はその混乱の呼び水を作り出した者の一人として、水没から免れた世界が今後もどのような歩みをするのか、その目で見ていかなければと改めて思う。

「プルフラスと五号機の残骸ももうないんだな」

 リュウナが周囲を見回しながら呟く。

 フィーネ台地近辺をこの沿岸部まで徒歩で移動してきたのだが、それらしき機械の塊は見なかった。五号機ディアボロスが別れた二機のグレモリーを救世の神と崇めていたあの進行国家は、その残骸を新たな御神体とすべく、本当に全ての破片を広い集めたらしい。フィーネ台地の中には落ちてないらしいのだが、逆雷の効果範囲内にも多く転がっていただろうに、どうやって回収したのか。

「その中にはプルフラスの破片も入ってるのよね」

 リュウナが少し疲れたように言う。

 此方が意図しない用途に使われるのなら、回収も検討しないといけない。

 プルフラスの上半身がどこまで粉々に砕かれたかは分からないが、ディアボロスの代わりの御神体へと組み上げて使おうとするならば、対処を考えなければならない。

 リュウナを生還させた下半身の破損を免れた部位は機械神部品保管庫の奥に安置されているが復元させる予定はない。プルフラスはあの時に消えたのだ。

 消えたものを復活させるならばそれはリュウナ以外でも黒龍師団そのものが望むものではない。無理にでも復活させるなら、奪還、もしくは破壊、という選択肢になる。破壊を選ぶのなら黒龍師団が直接手を下す必要も無くなる。傭兵を雇い相応の報酬を用意し壊してもらえば良い。

 黒龍師団とは悪の枢軸ではないが正義の救世団でもない。機械神の管理組織であり、それは正義の名の基に行われている訳ではない。全ては自動人形の手の平の上で起こっているはかりごと。黒龍師団で働く人々はその掌握から逃れるために自動人形の指示で動き、自動人形も目的達成のためには自分たちを上手く使えと鼓舞する。

 それはいったいいつになるのか。

 リュウナはダンタリオンの友人たちの顔を思い出す。教官リュウガを想い教官を知る一番機機長アイネの言葉から、世界は変わり始めた。

 そんな彼女たちが最初の礎なのだから、世界はどんどん変わっていのだろうとリュウナは思う。

 それは、機械神も自動人形も必要のない、穏やかな世界へと。

「――ん? ⋯⋯あ!」

 フィーネ台地の中で一瞬大きな音が聞こえたと思ったら、中心から何かが天に向かって飛んでいくのが見えた。それは遠くにあって一瞬で天空へと昇っていってしまったが、その輪郭は羽の生えた人型に見えた。

「⋯⋯星喰機」

 愛機の映像盤越しにそれを見ていたリュウナには分かった。

 始まりの終わりか終わりの始まりかとにかくそれを告げた鐘の音は、己に課せられた使命を果たすために整備を終えて黒き星の海へと旅立っていった。

「あれにもう一度会えるのは千年後か⋯⋯ん?」

 何気無く呟いた独り言にリュウナは気付いた。

「もしかしてわたしってば星喰機の帰還と旅立ちを両方見れた最初の人類になっちゃったのかな?」

 リュウナは自分でそう言って、それはありえないなとも思う。

 自動人形が一体増えるために千年が必要。機械神の中に常駐する自動人形の数から計算すれば二百万年前からこの星は水没と再生を繰り返していたのだ。奇跡的に星喰機の帰還と出立の双方を目にした者も他にもいるだろう。

 しかし。逆の奇跡的にその双方を目にした者が今まで居なかったとしたら。

 それはそれで、新たな始まりの終わりか終わりの始まりなのだろう。

 それだけの繰り返しが起こっていたのを、人は止めたのだ。

 その結果である雲を作ったことによりどれだけの影響が出ているかその目で確かめ、どのような対処が必要なのか。それを知るために世界を回る。

 それは再び星喰機が帰還するまでの時間ほどかかりそうだが。

「うーん、これは帰ってる暇はなさそうね」

 リュウナはそう独り語ちると、次なる探索の場所へと歩を向けた。


【龍焔の機械神3 ――終――】

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