第三章(上)

 一人の女の子が、城の近くで飛蝗を取っていました。

 沢山捕まえた処で、一匹の蠍を見つけました。

 女の子はこれも飛蝗だと思ったので、手の平を丸くして、蠍の上から被せて捕ろうとしました。

 すると蠍は毒針のある尻尾を持ち上げて、女の子に言いました。

『やれるならやってみろ。いっぺんで、今までとったバッタも何もかも、全部がふいになっちまうからな』

 このお話しは、良い人と悪い人とを、同じ様に扱ってはいけないと教えています。

 良い人なら怒らない様な事でも、それを悪い人にすると酷く怒り出す事があるのです。

 友達を作る時は、見極めなければならない。見誤ると全てを一瞬にして失う事になる。

 あなたの友達は一緒の時間を過ごすのがとても気分の良い人ですか。

 それとも友達という言葉を利用してあなたの事を利用し続ける悪い人ですか。


 ――◇ ◇ ◇――


「先輩には止められてしまったっスけども」

 フィーネ台地を囲む岩山の一つの頂上にウォルテが居る。

「あんなお近づきになれそうなコがいるのに指を咥えて見ているだけなんて出来んスな。こっちは無限の命っスから、時間はあり余ってるっスよ」

 其処から見下ろす台地は一面水を張った湖の様な状態になっており、その中心に一つの人型が佇んでいる。通常ならここは分厚い永久凍土で埋まっているのだが、本来の主が出発前の整備中であるためにまだ低い水面のまま。

「ここはひとつソウガと五号機がやった事をわたしも真似させてもらうっスかね」

 彼女の周囲に砂粒のようなものが集まり始めた。

 周囲の土砂を精査検索し、必要な触媒を集め、持ち前の超重力で押し固めて部品を精製していく。

 製錬の難しい合金であっても彼女の前では小麦粉を捏ねるようなもの。

「というわけで完成っス。こーれが星喰機ってヤツっスかー、常態維持機構と動力炉までは再現できんかったっスけど、まあその辺はなんとかなるっスね」

 神々が行ったという世界創成とはこのようなことではなかったのではないかという光景の果てに、一体の巨人が誕生していた。

 ウォルテは水の魔物と命名された水製の怪異を作り出しては、擬似星喰機の隙間に詰め込むという作業を延々とやりはじめた。再現できなかった常態維持機構の代わりに詰めているのだが、偶然とはいえこんなに便利なものができるとは思わなかった。もちろん使いこなせるのはウォルテだけなのだが、そんな事実は本人には関係ないことだ。

「さてと、こいつを動かすには何がいるんスかねえ~、――龍焔炉?」

 あとは動力の用意のみとなった星喰機の内部構造を精査したウォルテは、それを見つけた。

「これは!? あの姉君と同じ力っスかっ、おほーっ! こいつは再現せねばっ!」

 奇声を上げると今度は炉の構造を調べ始める。

「なにがいるんっスかね――電磁誘導に重力制御? 重力制御はわたしの得意技だからいいとして電磁誘導はどうすれば――雷と磁力を組み合わせれば――それを考えていた魔女がいる――あれ、先輩の住んでる場所の地下に魔女が集まる場所があるっスよ? なんというトウダイモトクラシ! 善は急げっス!」

 ウォルテは重力制御で岩山の一つに穴を掘りその中に擬似星喰機を埋めると、上から土砂を被せて埋め戻した。穴を掘る前と何も変わらない山の斜面が再現される。精密な地質調査を行わなければこの中に機械神級の巨大人型機械が埋まっているとは分からないだろう。

 擬似星喰機の隠蔽を済ませた瞬間、ウォルテの姿は消えた。


 ――◇ ◇ ◇――


(――これで大丈夫だと思うんだけど)

 黒龍師団本拠地の中心施設となる機械神格納施設。その地下に設けられた予備部品保管庫の一角。魔女の遊び場と名付けられたそこに、磁力の魔女であるフィーアの姿がある。

 そわそわと落ち着きのない彼女は、ようやく書き上げた磁力の魔導書を持参してきたのだ。

 アリシアからもらった物と同じように、分厚いカバーに厚く仕立てたページで作った自作魔導書を、アリシアが少しずつ作り増やしている雷の魔導書の隣に置いてみる。

(アリシアさん、怒らないかな――)

 数冊積み上げられている隣にようやく一冊完成して置かれた新刊。アリシアは見栄えなどは気にしない女性だと思うのだが、彼女が作った書は丁寧でしっかりとした作り。魔女たるもの、書物の一つくらいこの程度は作れて当たり前、といった印象のお手本のような逸品。

 一応はフィーアもそれの隣に置いてあっても恥ずかしくない物を目指したのだが。

(あとは本人に判断してもらうしかないよね)

「ちょっと時間を止めさせてもらうっスよ」

 そのフィーアの心の声に被さるように誰かの声がした。

 フィーアはその声を聞き取ることもなく、動きが止まる。まるで凝固してしまったかのように動かない。そして凝固したのはフィーアだけではなく、保管庫の向こうから吹いてくる緩い風に揺れていた紙なども全て動きを止めた。

 そしてあらゆるものが静止した空間にウォルテが現れる。

 ここで時間を止めるというのは体の動き――筋肉の動き、血流の動き、思考する精神の動き、肉体が老化する動きなどの、三次元世界で起こっている動きの殆どを超重力制御により強制停止させてしまうことである。飛行しているものも重力制御で浮かせたまま固定するので落下することもない。

 黒孔生命体とはこういう生き物である。

 だが時間という次元を超える概念は経過しているので、ウォルテが力を及ばせた以外の空間は時が進んでおり、力を及ばせた空間はそれ以外の空間の時間経過から取り残されていることになる。

 ウォルテが力を及ばせられる範囲であれば時間を止められるのだが、その範囲をどこまで広げられるかはウォルテも試したことはないので分からない。

「ふむふむ、これが雷の呪文と磁力の呪文っスかー、うむ、ありがとうっス」

 作業盤の上に並べて置かれた二つの書物を、ウォルテは一瞬で読破した。

「これで電磁誘導がわたしにもできるようになるっスなー」

 ウォルテは近くに置かれていた無地の羊皮紙を手元に持ってくると、一枚ずつ並べた。

これも近くにあったインク瓶を持つと中身を羊皮紙の上に垂らす。零れ出たインクは宙で霧散すると文字の形に蠢き、羊皮紙の上に付着する。ウォルテは羊皮紙を裏返すと同じようにインクを霧散させ裏面にも文字を付ける。

「ふんふんふ~ん」

 どこで覚えたのか鼻歌混じりで空気中に漂う塵を超重力で集めると、留め具の形に押し固めて執筆の終わった羊皮紙に組合わせ製本を完了させる。ほぼ一瞬で作ったというのにアリシアとフィーアが作り上げたものと同じ出来映え。

「お礼にできたてホヤホヤの電磁誘導の呪文の書を置いておくっスよ。何かに役立ててくだされっス」

 そう言い残すと同時にウォルテの姿が消え、止まっていた時間が動き出した。

(あとは本人に判断してもらうしかないよね――あれ?)

 先程考えていた言葉が繰り返されたように感じフィーアは違和感を覚えた。

 息を止められていたような妙な胸の苦しさも覚えたがそれは一瞬で消えた。

「!?」

 フィーアはそこで、覚えてもいないし消えてもいないものを発見する。

 アリシアの作った雷の魔導書と自分の作った磁力の魔導書の隣に、一冊増えている。

 そしてその表紙の題名は

「電磁誘導の魔導書――」

 フィーアが思わず声に出して言う。先程まではこんなものは無かったのに。

「フィーア、調子はどう?」

 怖気が走る彼女の背に、今一番会いたいと思っていた者の声が掛けられた。フィーアがその頼もしき声に振り向く。

 方舟艦隊の調査から帰還したアリシアが後ろにいた。

「⋯⋯どうしたの?」

 自分を見るフィーアの雰囲気がおかしいのにアリシアは直ぐに気付いた。血相を変えた表情にただならぬ異変を感じる。

「アリシアさ、ん――あれ」

 震える指で突然出現した魔導書を指差す。自分が作った魔導書を彼女に見てもらいたいという気持ちは吹き飛んでしまっていた。

「ちゃんと完成してるじゃない磁力の魔導書。まずは検分させてもらうけど⋯⋯」

 作業盤を見たアリシアは自分が作り増やして置いてある雷の魔導書の隣に本が増えているのを知る。二冊並べてある。フィーアが二種類作って良い方を選んでくれということなのだろうか?

「⋯⋯」

 アリシアは片手に一つずつ、二冊とも手に取る。

「⋯⋯」

 題字は磁力の魔導書、そして電磁誘導の魔導書。

「これ、あんたが作ったの二冊とも」

「片方だけ」

 アリシアの問いをフィーアは直ぐ様否定した。

「⋯⋯」

 アリシアは電磁誘導の魔導書と書かれた書を一旦置くと、磁力の魔導書を開いた。

「読めるわ。そしてこれを作ったのがあんたなのよね」

 アリシアの言葉にフィーアは大きく頷く。

「よくぞ作り上げてくれた、感謝するわ」

 アリシアはそういいながら磁力の魔導書を丁寧に戻す。

「でも、それとこれとは別の問題よね」

 フィーアも頷く。欲しかった褒誉を欲しかった相手から貰っても、それが霞んでしまう程の事実が隣に置かれている。

「⋯⋯」

 アリシアは電磁誘導の魔導書と書かれた書を再び取ると中を開く。

「あたしが考えていた術式とほぼ同じことが書かれている」

 解析機関を用いて電磁誘導の魔法の概要はアリシアも組み立てていた。強力な雷術に磁力を上乗せすれば、リュウガや機械神が扱う力の一つを再現できると考えていた。そしてフィーアによる磁力の魔導書の完成を待っていた。それが無ければ空白が埋まらない。

 しかして、ここに雷術と磁力をこれ以上ない程に完璧に組合わせた電磁誘導の魔導書が存在している。

「もう一度訊くけど、これはあんたが書いたものじゃないのよね」

 電磁誘導の魔導書を元の場所に戻しながらアリシアが訊き、フィーアは頷いて返す。

 電磁誘導の魔導書の字体はまるで活版印刷を使ったのではないのかと思うほどに正確無比な文字。フィーアの筆跡とまるで違う。

「気付いた時にはそこにあった」

 フィーアが三冊目の魔導書の出現状況を素直に言う。

 相手に対して上に立ちたいと考えるならば、これを自分が作った物だと虚言を使うことも可能だろう。しかし生まれながらに超常の力を持たされた魔女同士、そんな騙し合いは通用しない。そしてフィーアはそんな手を操る人間でもない。

「気付いた時に? 眠らされたとかそんな感覚じゃないのよね?」

「しいていえば、時間が止まったようなそんな感じ」

 呼吸が止まっていたような奇妙な苦しさを覚えたのをフィーアは思い出す。

「時間を止める? それは空間を操るってことよ。そんなことが出来る可能性があるのは重力制御の力を持つリュウガと機械神だけよ」

 しかしリュウガがそんなことをするとは思えないし、時間を止めたと錯覚させる程に重力制御を使いこなしているとは思えない。機械神を使ったにしてもそこまで使いこなせる操士がいない。

 考えられるのはキュアだが、鋼鉄の淑女が犯人ならばもっと大掛かりで自分達の利益になることをするだろう。

「三人目の魔女?」

 フィーアが言う。

「魔女といえども、空間を操る力――重力制御を扱えるほどの魔女がいるとは思えない」

 創造主はリュウガが力を振るうのを見て「私が到達できなかった力」と言い残している。擬似的な火電粒子の生成とそれを体内に埋め込んで共生させる技術は作れたが、そこから重力制御という究極の力を取り出すまでには至らなかったのだ。

鋼の女神キュアに訊けばある程度のことは知ってるだろうし教えてくれるだろうけども、あの鉄の女とは関わりたくないのよね」

 基本的にキュアたち自動人形は「機械神の常態維持」「自分達の代替品創造の探求」の二つの理念のみで行動している。

 人間の利益になることでも自分達の行動理念に必要なければ教えることもない。それに不用意にこちらが教えた情報で彼女たちの不利益になるものが含まれていれば、人間が必要としているものであっても躊躇なく消去する。

 だからあまり信用したくないし過度の接触も避けたい。自動人形キュアのことが苦手なのは副長だけではない。

「これはあたしとあんただけの秘密にしておいた方が良さそうね」

 フィーアもこの展開の普通じゃない空気に、素直に頷いた。

「相手は魔女あたしたちが全員集って向かっても全然敵わない程の相手、それぐらいに思っていた方が良いわ」

「⋯⋯」

「これだけの相手、多分向こうの方からまた姿を表すだろうから、その時のために対処法の準備に時間を費やすのが得策ね」

「何をすれば」

「ここにはあんたの自作も含めて三冊の魔導書があるのよ。まだ預かり知らぬ二つの呪文を覚えるのが魔女の仕事じゃないかしら」

 アリシアはそういいながら電磁誘導の魔導書を再び手に取った。

「あたしは今からこれの写本を作る。出所不明とはいっても魔導書は魔導書。ありがたく活用させてもらうわ。あんたには磁力の魔導書の複製をやってほしい。良い?」

「わかった」

 今後襲来するであろう未知の何かに対処するため、二人は自分達が出来る準備へと移った。


 ――◇ ◇ ◇――


 機械神格納施設へと続く道をリュウガが歩いていた。

 アリシアと二人で回収に向かった主推進機も修復が終わって十三号機本体に取り付けられている。空の街墜落の際に回収済みであった片方も起動には問題ない状態が保たれており、久し振りに動かしての調整を行おうかと思って、リュウガは向かっていた。副長にもキュアにも十三号機起動の許可は貰っているので、あとは整備の進捗次第。

 戦闘に用いる訳でもないので、ある程度未整備部分があってもそのまま出撃してしまおうかと思っていたが

「!?」

 リュウガが気付くと自分以外の周囲の空間が全て静止していた。

 空気の流れまで止まってしまったのか妙に息苦しい。

「一体なにが?」

「リュウガちゃんっスね、お初にお目にかかるっス」

 声がする方に振り向くと凄まじく透明感のある青いドレスに身を包んだ女が立っていた。

「わたしの名前はウォルテ。ウォルテと呼び捨てで呼んで欲しいっス。だからわたしもリュウガちゃんのことは今からリュウガって呼び捨てで呼んじゃうっス」

 ただ呼び方を決めるだけなのにとても嬉しそうにする彼女ウォルテ

「ウォルテ?」

 一方的な申し出だが、ただならぬ雰囲気を感じてか相手に合わせるリュウガ。それともこれだけとてつもない状況にいるというのに動じていないのか?

「リュウガにお願いがあるんっス」

「お願い?」

「わたしとちょっと遊んでほしいんっス」

「遊ぶ?」

 さすがにおはじきやお手玉の類いではないなと思っているとウォルテの背後の空間が揺らめいて、一体の巨人機が出現した。

「星喰機⋯⋯」

「遊び道具は自前で用意したっス。だからリュウガにも十三号機クロキホノオを持ってきてほしいっス。あれ、この星で一番強い機械っスもんね。一番強くないと遊んでもつまらないんっスよ」

 彼女にとっての遊びとは機械神級の巨大兵器同士による戦闘行為であるらしい。

「場所はフィーネ台地っス。ちゃんと来てくれないと大切な本物の星喰機を壊しちゃうっスよ」

 ウォルテはそう言い残して姿を消した。星喰機も消える。それと同時に静止していた空間が動き出した。

「⋯⋯いったい、これは」


「アリシア、わたしの話を聞いてくれますか」

 リュウガは十三号機の下へ行くのは取り止めてアリシアのことを探した。彼女は十二号機の操作室にいると知ったのでそこまで出向く。殆どの人間が入室を許されない要所だが、リュウガも機械神操士であるので問題なく入れる。

「どうしたのよ改まって」

 アリシアは機械神の機能を調べていた。自分がこれからやろうとしていることに、十二号機アムドゥシアスが使えるのかどうかを知るために。

 リュウガは一連の事を一番信用できる相手としてアリシアに話した。

「よくぞあたしに話してくれたわ」

 アリシアは作業を止めてリュウガの話に聞き入った。

「向こうの方からまた姿を表すだろうと思ってたけど、こんな形で出てくるとはね。対処法の準備に時間を費やしておいて正解だったわ」

 アリシアはフィーアが遭遇したという時間静止の話をした。魔女二人だけの秘密であったがどうやら相手の目的はリュウガらしいので、目的当人に伝えるのは規約ルール違反にはならないだろう。

「そんなことが」

 アリシアの話を聞いてさすがにリュウガも驚く。

「それはそうとこれだけの大事、なんで鋼の女神キュアには話さなかったのよ。アイツならなんでも知ってるんじゃないの」

「それはあなたが育親キュアの他には一番信用できるヒトだからです」

「随分と頼られたものね」

「――自動人形を心から信用してはならぬ――キュアがわたしが小さい頃からいっていた言葉です。それに従えば頼れるのはアリシアしかいないです」

「⋯⋯」

 リュウガがキュアに話さなかったのは自動人形を心から信用してはならぬという言葉を守っているから。

「行くの? その誘いに?」

「――」

 リュウガはその問いにゆっくりと頷いた。

「誰のため?」

 アリシアの問いが続く。

「みんなのため⋯⋯とは最初は考えました。友人アリシアのためリュウナのため、ダンタリオンを始めとした教え子のため、わたしを育ててくれた育親キュアのため、そしてわたしを生きさしてくれた十三号機クロキホノオのため。そう考えていました――アリシアに話をするまでは」

 リュウガには分かった。彼女ウォルテはあまりにも強い力を持たされたから。そして強い力を持たされた同士だから。

 彼女には自分のように話をする相手がいない。リュウガはアリシアと話ができてそう気付いた。彼女には邪気がない。だから逆に放って置けない。彼女は自分わたしだけを見ている。

 本当に自分が来ることだけを望んでいて、自分が行かなかったら、その時になって始めてそれからのことを考える。そんな感じがした、彼女から。

「わたしにとってアリシアがそうなってくれたように、彼女にもわたしがそうなってあげないといけない、わたしはそう思ったから――行くんです」


 ――◇ ◇ ◇――


「――ここっスな愉快な覇気なんていう面白そうな気配が滞留してるのは」

 ウォルテは空の街の墜落した海域へとやって来た。

 擬似星喰機の試運転――彼女にとっては散歩に過ぎないが――を兼ねてここまで来た。

 自分と同じ存在から回収された黒ノ欠片が使われた気配が強く残っているのがウォルテには良く分かる。凄まじい力を持つ同士が激突した残り香が、思念として漂っているのをウォルテは楽しく感じた。魔女の創造主が残した残留思念

「ふむふむ、『近接打撃呪法――粉砕する烈気ビートフィジカル』?」

 残された思念からウォルテは一つ拾い上げた。

 ウォルテがそう呟くと同時に擬似星喰機の右脛に無数のひび割れが生じ、割れ目から光が漏れ出す。

「おほー、なかなか面白そうっスね~」

 空を見ると昼の月が見えていた。このまま天空に向かって蹴撃を放てばその余波だけでこの星の衛星を破壊できそうだが、止めておく。楽しみは取っておかなければ。

「えーと、次は防御シールドの技――『中距離防護呪法――破れぬ深意ドライブマイナス』」

 擬似星喰機の右腕の装甲が花弁が開くように展開し、空いた隙間から防御力場が何束も放出され巨大な指のようになる。

 ウォルテは近接打撃呪法と中距離防護呪法を同時に展開している。機械神用呪法を生み出した魔女の創造主ですら無理だろう、轟烈な使い方。

「この、命が吸われてくーって感じもなかなかたまらんっスね」

 機械神の原型機である星喰機も、その内部が一つの移動する異世界であるのは変わらない。その異の世界の理に従って操士の力を吸い取り、機械神用呪法を具現させる術式を魔女の創造主は組み上げた。

「こうやってルールを増やしていけばどんどん面白くなるっス」

 ウォルテはそういいながら二つの呪法を停止させ、擬似星喰機の腕と脚を元に戻す。

「残り二つは今のところ出番はないっスかね、もったいないっスけど」

 つまらなさそうにウォルテが言う。

『強制可動呪法――水威の踊り子ウォーターワールド』は、ウォルテが機体内に詰め込んだ水の魔物で代用が効く。「終局呪法――四肢テアシ」の術式には星喰機の情報欠は組み込まれていないので自機には使えないし、十三号機の情報欠もないので相手を強引に四肢にして遊技に使うこともできない。ウォルテがつまらなさそうなのはそういうことだ。

「さてと、次は遊技場作りっスかね~」

 ウォルテはそういうと、擬似星喰機を動かしその場を後にした。


 ――◇ ◇ ◇――


「機械神を使って魔法を使ったり魔法を増幅させたりとかって出来るの?」

「また随分と突飛な質問だな」

 黒龍師団中央塔内にあるキュアの執務室兼作業室に顔を出したアリシアは一方的に聞いた。

「どうなの?」

「少し待て」

 キュアは黙すると自身の記憶素子から必要な情報を取り出し始めた。

「――統一行動指示装置を応用すれば、その他の機器を遠隔で操作も出来よう。それで魔法詠唱を機械的に行う回路を動かせば理論上は可能だ」

 キュアが説明する。

「お前の十二号機の頭部両側面に付いている大角は中は空洞なので、内部に魔法増幅用の魔力回路を設置することは可能だ」

「前から思ってたけどなんで大角そんなものが付いてるのよ」

「識別用の標識のようなものだ」

「⋯⋯将が被る兜の飾りみたいなもの?」

「真相は機械神を設計した創造主ものしか知らぬ」

 キュアは一端間を置くと再び説明を始めた。

「機械仕掛けの機器の中で最も魔法詠唱に適したものは何だ?」

「解析機関でしょ」

「その通りだ。魔女の創造主は解析機関それでまずは魔法を作った」

「つまり、あの大角の中に解析機関を詰め込むってこと?」

「そういうことになる。角の形に合わせ解析機関を造作し、それを統一行動指示装置を操って動かす」

「解析機関の外部入力鍵盤キーボードの代わりが、統一行動指示装置になるってことよね」

「そうだ。リュウガが龍焔炉を使う度に腕が焼かれていたのと同じになるが」

「どういうこと?」

「機械神はそれ自体が移動する異世界。その世界の理の中の超自然的力を用いて十三号機はリュウガを制御回路として使い龍焔炉を動かす。そしてお前が十二号機に新設される魔力回路を使うなら今度はお前が超自然的力の奔流に晒される」

「十二号機があたしの命を吸い取り魔力を使うことになる――そういうことよね」

「そうだ。人は脳を動かすだけで心臓という動力炉の二割五分を使うからな。それでの疲労が生命維持の回転サイクルを越えればお前は命を消失する」

 その例を出され、リュウガは毎回龍焔炉を動かす時にそれだけの命のやり取りをしていたのかとアリシアは改めて考える。

「機械神の常態維持、自動人形の代替品創造の探求、この二つが達成される可能性があるのであれば、我々は何でも作るし何でも行う」

 キュアが言う。

「しかし機械神そのものを改装するのはその一つである、機械神の常態維持からは反する。その理念をねじ曲げてまで実行するには相当な決意が必要だ。例えば世界が水没するのを回避したいからそれを全て雲にしてしまいたい――それ程の自動人形われらを動かす想いがあるか?」

「⋯⋯あたしには神に匹敵するって友達がいてさ、そいつがちょっと面倒なことに巻き込まれて、それを助けるためにあたしが出来る魔法戦もやれるよう機械仕掛けの神を改造しようって話なのよ」

 アリシアは一番機機長アイネが「教官の力で全部雲にしてもらうんです」といったとき、自分の親友がとても不思議そうな顔をしていたのを思い出していた。自分の力にそんな使い道があるのかと。そして自動人形は理念を曲げて動いた。

「――」

 キュアの顔部は動くことはないのだが、それでもとても不思議そうな顔でその言葉を聞いているような気がした。

「その神に匹敵する友達というのは私も心当たりがあるような気もするのだが」

「さぁ。機械神なんぞが大量に跋扈するこのご時世、その程度のものそこいらにいっぱいいるんじゃないの」

「お前、何か隠しているな」

「あんたほどじゃないわよ」

「機械神操士にリュウガ・ムラサメという女がいると思うのだが」

「いるわねそんな女。一緒に空の街まで行ったような気もするけど機械神操士も数がいるし」

「そのリュウガという名の女が自動人形われらに対する心構えを口にするのを知っているか?」

「自動人形を心から信用してはならない、でしょ?」

「そうだ」

 キュアの機械声が弱冠音質を変えたのをアリシアは感じた。

「それを知っているのならばお前の言葉は信用できる」

 キュアが続ける。

「何故かは分からぬが、お前の話を聞いて私は自動人形われわれの理念の一つを曲げる判断をしても良いと思考する。何故だ?」

「それはあんたが一応はお母さんだからじゃないの?」

 何を今さら言うの? という顔でアリシアが返す。

「そうか。やはり私はまだまだ未熟だな」

自動人形あんたが未熟なら人間あたしたちはどうするのよ」

「人間は未熟から進化が出来るが、我々は生まれた瞬間から完璧だ。完璧は進化しない。未熟なままだ」

「自分が未熟だって気付いたのなら、多少は進化したってことじゃない」

「――そうかもな」

 話を戻そうとキュアが促し、アリシアもそうねと頷く。

「お前は機械仕掛けとはいえ神を改変しようという。その重さは分かるな? お前は創造主と同じことをしようとしているのだぞ。お前はその責を取れるか」

「創造主ねぇ」

 アリシアが嫌なことを思い出したような顔になる。

「あの空の街の遊び人も創造主なのよね。そんな奴にあたしは作られた。あんなのでも取れるんならあたしだって取れるわよ」

「随分と嫌われたものだな魔女の創造主おやも」

「子は親の駄目な処を見て育つのよ、こんな大人になってはいけないって」

「お前はうちの養女二人が育親わたしに似ずに育ってくれたと思うか?」

「はっきり言うけどさ」

「構わん」

育親あんたそっくりよ二人とも」

 アリシアが苦笑しながら言う。

「あんたは機械仕掛けの存在だから常に非情に行動していると思ってるだろうけど、根っこの部分には優しさが流れている。そしてあの二人はその優しさをほぼそのまま継承している、迷惑なくらいに。だからこっちだって迷惑かけてやろうってなるのよ」

 素直ではないと自負するアリシアの素直ではない言葉。それは彼女の心の想い。

「やはり私は未熟なようだ」

 それを聞いて、キュアも顔部が動くのならば苦笑していたことだろう。

「お前の望み通りのものを作ってやる。だが、鉄と魔法は非常に相性が悪い。使いこなせるかどうかはお前次第だ」

「望むところよ」

「それと私が直々に使おうとしていたものもお前に預ける。この後に続く次代のことを考えれば、お前に使ってもらった方が良い。ソウガとシュエツもお前ならば従うだろう」

 その詳細を教えられた瞬間、アリシアの顔色が目に見えて変わった。

「なによそれ⋯⋯そんなものがあるんならあたしたちがフィーネ台地の氷を全部雲に変えたなんて無意味じゃない! あたしの親友は無駄に両腕を失ったの!?」

「そう責められても仕方無い。だが、相手はそれだけの存在ということだ」

「⋯⋯あたしにこんなものを渡したら、その足で世界を滅ぼしに行くかも知れないわよ」

「相手が少しでも気分を変えたら機械神といえども自動人形わたしたちごと消えてしまうような相手。そうならず、この先も世界が続くのであれば、次代を担う者に託したい。託された者が世界を滅ぼしたいのなら好きにすれば良い」

 アリシアはそれを聞き、心で咀嚼し、一つの言葉を思い出す。

「――わたしはまだ世界を火に包む方法しか知らない。だからわたしに世界を救う力があるのなら、その方法を教えて欲しい――だったわねあいつの言葉」

「⋯⋯」

「世界を滅ぼすよりも世界を救う方が面白そうだから、やってあげるわよ友達と同じことを」

「⋯⋯すまぬ」


 ――◇ ◇ ◇――


「ふんふんふ~ん」

 ウォルテは上機嫌で鼻歌を歌いながら作業を続けていた。上機嫌とはどんな状態なのかはウォルテに理解はできないが、とにかく上機嫌だ。

 何かを待って時間を潰せるとはこんなにも幸せなことなのか。それだけはウォルテにも理解できた。

 ウォルテはフィーネ台地の近海にあるものを作っていた。塵を集めての制作だが本物と変わる処がない。塵の中には鉄粉なども含まれるのでそれを使っているのだろう。

「ついうっかり中の蠍さんも再現しちゃったっスけど、まあ些細なことっスよね。この蠍さんに重力壁の操作をお任せしてわたしがその面倒をみれば、やることがもっと増えてよりいっそう楽しめそうっス」

 ワクワクに包まれたこの時間が永遠に続けば良いのにと思う。星喰機の大きさや性能を変えてしまえば時間を延ばせる。でもそれをしてしまっては約束を破ることになる。約束を守るのは大事。先輩もそう言っていた。だからこの星の中で一番良く動けるこの星喰機という枷で我慢しないと。

 相手も機械神十三号機という枷を持ってきてくれるのだろうから。

「――お、来てくれたっスね」

 空の向こうに何億という部品の集合体がこちらに向かっているのを察知した。

「先輩の気配は感じないっスな。さすがに有限に堕ちてわたしには勝てないって思ったっスかな」

 本当は直ぐにもそこに移動して遊び始めたいのだが、それは我慢する。

「リュウガも約束をちゃんと守ってくれるとは、さすが」

 その億単位の部品集合体の中に相手の気配を感じてウォルテの思考が少し揺れる。

「それだけの強い力を持っているならそのまま逃げられるだろうに、それでもわたしに付き合ってくれるってことは、優しい子なんっスね――遊ぶだけじゃなく友達になりたいっス」

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