第二章
【幕間】
「やはりお前だったのか浮き水を作ったのは」
【代官】が目の前に現れた女に言う。彼女は何の前触れも無く出現した。彼女にはどんな防護策も無意味。
「水の魔物もお前だな」
破れた手袋を縫合していた手を止め【代官】が続けざまに言う。【代官】の目の前には修繕の終わった手袋が何個も並べられていた、右手のみが。
「あれはそこいらに浮いてる思念をわたしの重力が勝手に引き寄せちゃっただけっスよ。それに黒ノ欠片――っていうんっスか、この星に持ち込まれた先輩の無限時代の落とし物の影響もあるみたいっスけど」
「ならば浮き水の製作者はお前で間違いないのだな」
「ほんのちょっとこの星の重力組成を変えたら勝手にできちゃっただけっスよ? 浮き水が出来ちゃう元の雲を作って理を色々歪ませたのは先輩たちっスよ?」
「だからお前のそのほんのちょっとは、我等の総力で作った雲に匹敵かそれ以上なのだ」
「匹敵、ということはその雲作りにはわたしの力に並ぶ何かが含まれてるってことっスよね?」
「⋯⋯敏いな」
「自分、黒孔生命体っスから。これでも現役っスよ」
「何が望みだ?」
「先輩の上のお嬢さんとお近づきになりたいっス」
「駄目だ」
女の望みを【代官】は一方的に切って棄てた。
「あの存在は前宇宙から現宇宙に繰り越して来た私ですら解らんのだ。お前なんぞに玩ばれて消失でもしたら取り返しがつかん」
「そんな乱暴にはしないっスよ」
「消失するだけならまだ良い。変に破片が残ってその影響で因果率が変わって全く時が進まなくなったとしたらどうする? 静止とはお前の無限すら討つのだぞ」
「そんなに大事っスか?」
「とにかくうちの養女と遊びたかったら私の様に無限から有限に下れ。千年もあればお前を有限にする準備は整う。それ位の時間お前には一瞬だろう」
「⋯⋯わたしはまだ有限に堕ちる勇気がないっス」
「とにかく黒孔生命体であるお前が私の養女の傍に居るのは育親として許容出来ん。それでも近付きたいというのなら私が阻止する。私は電離体生命体へと下位互換を行ったがお前の先輩なのだからな。容易な相手では無いぞ」
「⋯⋯」
――◇ ◇ ◇――
「あれが、方舟艦」
艦橋中央の艦長席に座ったアリシアが窓外に広がる光景を見ながら言う。
「大きいとは聞いていましたが実際に見ると本当に大きいですね」
その脇に立つリュウガも窓の外に広がる威容に気圧されるような迫力を感じた。
「しかし、あんたにそんな風に副艦長っぽく横に立たれているとなんかこそばゆいわね」
アリシアの揶揄にリュウガはクスクス笑う。
ここは黒龍師団が保有する艦艇の一つドクス・エクス・レクス級戦艦二番艦、オルタネイティブ・フォルテシモの艦橋である。
オルタネイティブ・フォルテシモとは機械神十二号機・アムドゥシアスが戦艦型へと可変を行った際の艦名。付け加えるならばドクス・エクス・レクスは機械神十一号機・ベルゼヴュートの戦艦型名である。
アリシアは取得に成功した十二号機の習熟訓練と、空の街接触時に仮設七号機から千切れ飛んだ十三号機の主推進機の回収を兼ねて遠征航海へと出ていた。
リュウガもダンタリオン型機械使徒乗員の育成任務に空白期間ができたので同乗している。自機の推進機の回収の手伝いも目的だが、自分の目で方舟艦を見てこいという指示もある。
全長50万フィートもある楔型の船体は上甲板部分がくり貫かれ、そこへ街が築かれている。特に旗艦である首都艦は一千万人規模の住民が住む大都市。
周囲は傾斜三十度、幅1万6千フィートの船舷――鉄岸と呼ばれる鋼鉄の海岸が周囲を囲んで防波の役目を担っている。
フィーネ台地攻防戦以前、副長が世界中の水災の痕跡がありそうな場所へと調査団を派遣していたが、水没から回避させる準備をほぼ完璧に進めている場所には、あえて近付かないようにしていた。折角準備が滞りなく済んでいるというのに、無用な混乱を持ち込みたくなかった。機械神の遺物を用いた脱出船発掘も監視だけで不可侵だったのもその為。
今回の水災は回避されたが、今から千年後の水災も回避されるかどうかは未定なのだ。その千年後にも使用できるようにと半永久的に準備されているものだとしたら、一方的に干渉するのは忍びない。
「旗艦である首都艦以外には山無、砦珠、千刃、神無川という艦名が分かっている」
「最後の艦名は気になる印象がありますね」
「神の無き川、この方舟艦隊の中で扱われる国字の組み合わせではそんな意味になる」
「神の無き⋯⋯神の居ない川。逆に機械神が隠れてそうな名前」
「まあこれだけの巨船の船団、隠れる所なんて沢山あるでしょ」
山無と砦珠の向こうには建造中の六番艦の姿がある。オルタネイティブ・フォルテシモはそれが見える遠方に碇泊している。
「あの建造中の六番艦の中に十号機がいるはず、ではあるのですけど」
ここからでも目視できる大きな開口部を見ながらリュウガが言う。奥は闇に包まれ窺い知れない。
今まで黒龍師団の未保有機の中で所在が分かっていたのは信仰国家で御神体として崇められていた五号機のみであるのだが、表立って姿が見えないまでもその存在が確認できる機はあった。
空の街の動力炉として使われていた十二号機もその一例であり、今までは接触手段がなかったために、未確認という扱いにされてきた。
この方舟艦隊もその規模から考えて建造と管理には十号機が関与しているとは予想されていた。
しかしここは、水没から回避させる準備をほぼ完璧に進めている場所。機械神が数千万人規模の命を左右する要として機能しているのならば、方舟艦内のどこかにいるであろう十号機をその艦体から引き摺り出すのは過誤となる。信仰の対象となっていた五号機を強引に奪い取ることを計画されなかったのもそのためだ。
そのために今まではこの地は不可侵であったのだが、雲を作り出したことにより今回の水没は回避されたので、この方舟艦の内部には本当に十号機が居るのかどうかを調査することとなった。十号機無しでも方舟艦は機能するのかどうなのかも調査対象である。方舟艦が通常で運用される際に十号機を必要としないのであれば、取得に動き出すことになる。
「取得といっても誰と交渉すれば良いのか」
この方舟艦が完成した時、古代にこの地に存在していた国家を模擬して甲板上に建国されたのだという。
立候補制の議会が主に行政をしており、科学技術も一部は外の世界よりも高度なものが発達しているという。
その議会の統治者が最高権力者となるが、その者が機械神という存在を認知しているかは別の問題だ。
「機械神なんてこの世には存在しない伝説上のもの」という考えが最高権力者に至る者にまで浸透しているとしたら交渉は無意味になる。結局極秘利に進めなくてはいけない。
そしてこれだけの大規模国家、空の街のように仮設の機械神を使って堂々と乗り込む訳にもいかない。
「キュアとはまた別の意思を持ちし自動人形が主導となってここを作った」
アリシアが言う。
キュアが主導となって黒龍師団を創設したように、ここにもまた別に意思を持ちし自動人形がいて黒龍師団と同規模のものを作った。
彼女たちの考えは、これだけの数の人間がいて科学技術も外の世界よりも進んだものにすれば、自動人形の行動理念の一つである「自分達の代替品創造の探求」が叶うのでは、という考えに基づくものらしい。
居住者たちは人間たちには恒久的な水没からの回避手段を提供するのだから、実験対照として扱われていても等価交換としては十分だろう。
そして世代を重ねれば実験対照であった自分たちの居住資格も忘れ去られ、この方舟艦が故郷となる。
自動人形の行動理念のもう一つは、機械神十号機を方舟艦の中心部に置くことにより外部から遮断されるのは、空の街と同じ常態維持方法である。
「技術の進化が外の世界と釣り合いがとれないのも、方舟艦という匣の中だけで済まされるのなら制御も容易になります」
しかしこれだけの建造資材をどうやって運搬したのかは不明である。
「
アリシアのいう蠍の姿の機械神。機械神十号機・ファーヴニル。九号機・グラシャラヴォラスに続く支援機能特化型の機体。
長い首に背には羽根、大型の下半身の四周に一本ずつの脚部という魔獣のような姿をしているが、簡易的な人型になることも可能。
更に大型の下半身を展開させて艦船収容型
機械神は自分自身で修理・部品新造を行えるが、大規模なものは機外に造作施設を作らなければならない。十号機はそれを簡便に済ませるべく、一定以上の大型部品の修理・新造も自力で行えるようにしたのが設計仕様である。
他機の移動部品保管庫である十三号機はこの工場施設を人型では尾の部分、空母型では艦首として、十号機用予備部品として装着している。
十号機は機械神以外のものを建造する用途に転用してしまえばありとあらゆるものを作り出せる。そしてここでは50万フィートもある居住型脱出船を作り続けている。
「この方舟は空も黒き星の海にも飛んで行けないが、いざとなれば水に浮いて水災を凌げる。大地が水に浸かっている間、水上に仮設都市を築いて生き長らえる必要もない。人間は恒久的な防護手段を手に入れた。どこかの誰かが水没の回避手段を思いついて実行しても、ここで生きるならばそれにも気付かず変わらぬ日常をずっと送り続けられる、匣の中に守られたまま」
アリシアが謳うように言う。
「しかし永久に方舟に乗っていて良いものなのだろうか。そしてこの方舟を作ったのは巨大な蠍」
蠍の形をした機械神が何百年という時間をかけて首都艦を含めた水災回避用の船を数隻作り出し、多くの人々がその甲板上に移住し都市を作りあげた事実。
「蠍と蛙のお伽話を知っている?」
「小さい頃に童話の本に収録されているのを読みましたよ」
アリシアが訊くとリュウガはそう応えた。
蠍と蛙。
川を渡りたいと思った蠍が蛙に『背中に乗せてくれ』と願う。
蛙は『君は刺すからやだよ』と断る。
蠍が『そんなことするわけないじゃないか。乗っているときに君を刺したら俺もおぼれるじゃないか』と説明する。
蛙は『それもそうだな』と蠍を背に乗せて運ぶのを了承する。
しかしもうすぐ向こう岸に着く、というところで蠍が蛙を刺してしまう。
蛙が『こんなことをして二人とも死んでしまうだけなのになぜ刺してしまったんだ』と言う。
蠍は『しかたがないんだ、自分はサソリだから、その性質は変えられない』と答えると、二匹とも川に沈んだ。
蠍は今の生活を投げ出してまで新天地を求めた。それは一世一代の夢だったのかも知れない。
蛙は疑いつつも見返りも求めずに蠍を運ぶ事を了承した。以前から友人だったのかも知れない。
何より蠍に自殺願望など微塵も無かった。それでも蛙を刺してしまった。それが蠍の性だから。
それが身の破滅に繋がろうとも無防備な蛙の後姿を無視する事が出来なかった。
夢も友人も自分の命も捨てる結果になっても蠍は蠍である事を選んだ。
蠍が死守したものは帰属意識か、それともただの悪癖か。
「この街の土台は蠍が作り出した場所、動く工場みたいな機械仕掛けの大蠍が。そんなこの場所の正体を知るとこう思う時もあるわ、あたしたちが氷を全て雲に変えて世界を水没から救ったのは本当に良かったことなのか、と」
「……」
リュウガはその言葉を聞き、自分の両腕を抱くような姿勢になる。
「あんたもこんな大きな雲作りをしなければ両腕を失うこともなかった」
「……ずいぶん、厳しく辛く言うんですね」
「それはあたしがあんたの友達だからよ」
アリシアにとってリュウガは自分の命を預けたほどの仲。辛辣な言葉はそれだけ相手を信用している裏返し。
「でもね、あんたは失ったものの代わりに、大切な教え子たちという掛け替えのないものを手に入れている」
そして
「方舟艦にはそれだけ大きく動く何かはない。永遠の平穏の代価は匣という進化の上限」
守られているからこその何も変わらない毎日。
「この方舟艦が蛙なのだとしたら、蠍は背に乗ったまま。乗っている蠍役が人なのかどこかに隠れている機械神なのか分からないけど、双方とも蛙を射して沈める針は持っている」
だからこそ匣を壊すほどの動きに巻き込まれたらどうするのか。匣を自ら内側から壊すのか。
「まあ外の世界の人間が悩んでいても大きなお世話よね中の人間にしちゃ」
アリシアが興味を失ったように言う。
「とりあえずこれからの行動は
アリシアはそう言うと機械神が可変した自艦を回頭させた。
――◇ ◇ ◇――
【幕間】
「探したぞ【書記】よ」
「クリストフではないか。生きていたのか」
「空の街が沈んでな、新たな
「詳しくは【主悦】から聞いたぞ。貴様は魔女の創造主とは言え、その魔女と【代官】の養女と戦い良くぞ生き残ったものだな」
「それも含めて貴様に所在を教えてもらいたい物がある」
「何だ?」
「魔女が住む土地を知っていないか。出来れば複数教えて欲しい」
「どうするのだ?」
「投下した魔女の行く末を一人ずつ見に行き、書物に纏めたい」
「何だ、私の執筆に共著したいのか?」
「私が書き終えて満足した後なら貴様の一つの書に書き加えて貰っても構わん。だがこれは現時点では私の暇潰しであるから独りで静かに執筆したい」
「その暇潰しが後の世を変える事になるのだから困ったものだな」
「それで魔女の居場所は教えて貰えるのか? 情報の代金は持参してきているが」
「方舟艦に多く居る」
「方舟艦とは極東地域に密集しているあの巨船だな」
「そうだ」
「代金はこれだ。足りるか」
クリストフは自分が執筆した論文の束を渡した。
「高過ぎるぞ」
その論文を瞬時に読解した【書記】が思わず言う。
「特に『終局呪法――
「私が持っていても何時無くなってしまうか分からんからな。お前の一つの書に預金と言う形で早目に書き加えておいて貰うのが好ましいのだが」
「今回はそう言う事にしておこう。余りにも桁が合わんものは幾ら高度でも自動人形相手では等価交換は無効になるのは貴様も知っておろう」
「私も体の殆どが化け物にはなったが、元は人間だからな。加減が分からんのだ」
――◇ ◇ ◇――
「この中に十号機がいるってことなのよね」
「そういうことになりますよね」
小舟の後部甲板で櫂を操るリュウガが応える。
二人はオルタネイティブフォルテシモを預けてこの場所までやって来た。
方舟艦の首都艦内湾には第弍海堡と呼ばれる水域支援設備がある。これは海底の火山活動によってできた新島の上に全長一万フィートに及ぶ艀を擱坐させて造り上げたもの。
黒龍師団は過去に方舟艦内の保安庁という防衛機構に
十二号機が変じた戦艦オルタネイティブフォルテシモはその駐屯地内の桟橋に係留されている。
そして雜船の一つとして扱われているのだろうこの
彼女たちの身体能力からすれば舟一艘あれば暫定的に使う移動拠点には十分なのであるので、変に大きくて設備が整っているもので行動していては逆に目立ってしまう。
建造中の方舟艦六番艦。その前に二人はいる。
周囲には自動工作機械が動き回り、方舟艦の艦体を少しずつ作り増やしている。
第弍海堡でもある程度の周辺調査は行ったが、方舟艦の管理者は不明であるらしく、建造中の六番艦への移住計画も特に行われていないらしい。周囲や内部も不可侵区域とされていて、人の立ち入りはない。
人の手を離れているならば全てを取り仕切っているのは
「自動人形がわたしたちのことを敵と判断して迎撃されたらどうしましょう?」
「機械神正操士として認められているあたしたちを襲うってのも考えにくいけど、手足切り飛ばして身動き取れないようにすれば良いでしょ。大事な頭さえぶっ壊さなければ」
「ずいぶん過激な作戦ですね」
「世界を覆う水を雲にしたり、空を回遊する街を落としたりと、どの辺りまで激しいことをすれば過激になるのか、もう麻痺して分からないわよ」
「そうですね」
アリシアの諦めの言葉にリュウガは苦笑して応えた。
まずは十号機の所在を確認しようと二人は建造中の六番艦へと小舟を進めていく。
――◇ ◇ ◇――
【幕間】
「【爪牙】と【主悦】よ。貴様達、統一行動指示装置は使えるか」
集まってもらった二体の意思を持ちし自動人形に【代官】が訊く。
「十一号機と十二号機に積まれている装置だろう。無論使えるが」
「私もだ」
「一度に他五機を動かしてもらいたい、出来るか?」
「難しいな。だが出来ぬ事もない」
「五機と言うと我等の座乗する指揮駆逐機も含めれば十二機の機械神が動く事になる。正規の機体と同数をどうするのだ。本来の牽引機としての用途に使う訳でもあるまい?」
「――」
「貴様が良い澱むとは後輩の事か」
「そうだ。悪さをしようと画策する前に止める手段を用意しておかねばならん」
「我等の保有する駒で止められるのか」
「止めるだけならば計算上は可能だ。だがその為には統一行動指示装置を扱うものに永遠に等しき時間を後輩と付き合って貰わねばならぬ」
「なるほど、命を散らす場所を我等にくれたと言う事か【代官】よ」
【主悦】が言う。
「五号機と四番機と共に散り切れなかった私に貸しを返してくれるのだな。随分早かったな」
【爪牙】が言う。
「私も空の街と共に亡ぶつもりだったがクリストフに助け出されてしまった。仕方無く自力で黒龍師団までやって来たが、それもここで散れという魔女達の創造主の導きか」
【主悦】が再び言う。
「本来ならば先輩である私が直接引導を渡してやりたいのだがやらねばならぬ事が多量に貯まっていてな」
「そうだろう、貴様にはまだまだ生き恥を晒して貰わねば困る」
「この役目、我等二体で承知した」
「――すまぬ」
――◇ ◇ ◇――
「やはりここにもいないわね」
建造中の方舟艦六番艦の、竣工すれば都市が建設される甲板の下に侵入した二人は、中心部の更に下層で機械神十号機を発見する。
蠍に似た形の移動工場型の形態でその場に居たのは予想の範疇だが、全く動きが見られず黙したままだった。方舟艦の建造を続けているのは十号機が支援用に作ったのだろう自動工作機械のみであり、十号機自体は働いていない。
その事実に妙な違和感を感じた二人は十号機内部に突入を決行、敵性体と判断されたら事前計画に基づき四肢を切断しての強行を覚悟していたが、その自動人形自体が十号機内に居なかったのだ。
不審に思った二人は一番艦以降の甲板下の調査も行わなければと考え、他艦の探索へと移った。時間のかかる作業だがやるしかない。
そうしてまずは首都艦の甲板下へと乗り込むと、建造中の六番艦と同じ位置に十号機の姿を発見する。再び機体内への突入を図るが自動人形の姿を発見することは無かった。
二人はその後、二番艦以降も探索を続けたが最後の五番艦の中でも自動人形のいない十号機を見付けただけだった。
「方舟艦各艦の中心部には十号機が一機ずついて、新艦の建造ごとに十号機も作り増やされ、自動人形はそのつど新造艦内の十号機に乗り換えている」
無人であるのが分かった五番艦の十号機を前にしてアリシアが言う。
「機械神が沢山あったとしても自動人形が乗っていないのであれば、それは黒龍師団機械神格納施設地下の予備部品保管庫と同じ、ということですよね」
リュウガが付け加える。機械神とは内部に常態維持機構として自動人形が一定数以上常駐することによって始めて機械神として機能する。そうでなければ機械神の形に組み上げられているだけの予備部品としての価値しかないし、放置されているのなら遺物である。
「作業機器としてのみの運用であれば一日で壊れることもないわ。しかしそれでは機械神の意味がない」
空の街のように十号機が動力炉として用いられているのかとも思ったが、方舟艦の動力は別にあるのも調査で分かっている。
機械神が標準で四基搭載する炉は封印炉と呼ばれ、内部に
黒孔は周囲の質量を吸収することによって成長する。
一方、熱的放射によって質量を
したがって極小の黒孔に適切な量の質量を投入し続ければ、黒孔の成長と蒸発が平衡状態となり、黒孔を一定の大きさに維持することができる。
黒孔の生成(および保持)に必要な力を黒孔が蒸発するときに放出される力よりも小さくすることができれば、極短時間で直接的に質量を力へと変換する極めて効率の高い動力源として利用することができる。
しかも、理論的には投入された質量が十割になり、核分裂や核融合と違って廃棄物が全く残らない上に質量さえあれば何でも燃料にできるという利点がある。
弦理論・膜宇宙理論の進展から、大型強粒子衝突型加速器程度のかつて予想されていたよりは低力(それでも過去最大級であり、陽子数千個分の質量に相当する)の加速器で極小黒孔を産み出せる可能性が論じられ、実験論題の一つに選ばれた。
実際に大型強粒子衝突型加速器程度で黒孔が生成されたとしても投入される力に対してあまりにも小さすぎるが、遠未来の技術と考えられていた縮退炉の予想外に早い実用化につながり、機械神の創造主は主炉として採用した。
一方、天体クラスの質量を持つ黒孔では熱的放射は無視できるほど小さくなるが、その周囲に形成された降着円盤から莫大な力が放出されている。
一説には黒孔に吸い込まれた質量の三割が力として放出されるとも言う。
この力を何らかの形で取り出すことができればこれも縮退機関の一種となりえ、これが黒孔生命体という黒き星の海最強の生命体の正体とされるが、どのような過程で生み出されのか不明である。
自動人形は方舟艦と共に十号機も作り増やした。十号機が失われても方舟艦と同数の機体がある。
この地の自動人形は方舟艦を機械神の究極の常態維持機構としていたらしい。らしいというのは、答えを知る筈の自動人形たちが、最新の十号機がいる建造中の六番艦の中の機体内部にも一体もいないからだ。
「機体だけ持ち帰っても仕方無い。空の十号機なら黒龍師団にもある」
予備部品を組み上げれば十号機と同一のものは、現状の黒龍師団でも用意できる。しかしそれでは意味がない。
「とりあえずあんたの愛機の推進機の回収を終わらせよう。
自分たちが必要とする情報は手に入れたとアリシアは判断する。
「そうですね、いなくなってしまった自動人形たちをどうやって探すのかも考えないと」
これ以上変に関わりを続けていても得はなく、不利益だけが発生するだろうとリュウガも判断する。
二人は脱け殻となった十号機を後にした。
――◇ ◇ ◇――
【幕間】
「ここには魔女が多く居ると聞いて来てみれば地下にはこんなにも面白いものが埋まっているとはな。しかも各艦に一機ずつとは」
魔女の動向を求め方舟艦へと訪れたクリストフは居心地の良さそうな場所を求め甲板下を流離っていたが、そこで艦の中心部で眠る
「こんなものが人の目にも手にも触れず放置されていたとは、魔女の投下が終わったら鉄巨人はさっさと黒龍師団とやらに寄贈して地上に戻って来るのだった」
更に暇に飽かして全ての艦を巡ってみると、同じ場所で同じ様に十号機は眠っている。
「しかし建造中の艦にも同じ様に
方舟艦を一隻作る毎に十号機も作り増やして、整備等に充てようとしていた痕跡は見付けた。これだけの巨船を半永久的に使うことになるのだから
「取り敢えず予想よりも早く再会を果たしてしまったお嬢様達には見付からない様にしなければな」
新造艦の探索中、雷の魔女と機械神を破壊した女が揃って彼女等も探索している現場に、危うく遭遇してしまう処だった。
【主悦】から事前に「大きい方は生きた電波探信儀としての力を持つ」と知らされていなければ既に発見されて無用な戦闘が生じていた処だ。大きい方はともかく雷の魔女は自分の創造主の生存を知ったら只では済まさないだろう。しかし事前情報があれば肉体を仮死状態にしてしまえばやり過ごすのは容易い。流石に骸となった身体にまでは生きた電波探信儀の力は及ばなかった。
「まずは手頃な隠れ家の確保か。その意味では空の街は研究場所としては適していたのだがな」
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