彼女を家に連れ込みたくて同年代の義妹を追い出そうとしたら、なぜか抵抗してくる。

雨ノ日玖作

彼女を家に連れ込むの邪魔するなんて、許せねぇよ……!


芽衣めいさん付き合ってください……!」

「わ、私で良いの、市谷いちがや君……?」

「も、勿論です……! 芽衣さんのことが大好きです……!」

「ホントに? 嬉しい。じゃぁこれから宜しくね?」

「は、はい!」


 一カ月前の、二学期始まってすぐのことだった。

 俺に生まれて初めて彼女が出来た。

 柏木芽衣という名の黒髪ロングのお姉さん気質の女の子だ。天文学部でバカやってる俺たち男子を叱りつつもいつも優しく見守ってくれていた俺たちのヴィーナスだ。

 同じ学年ということもあり、俺は高一の頃からずーっと芽衣さんに恋していた。

 

「も~市谷君ってホント面白いよね?」


 芽衣さんに気に入られたくて相当の馬鹿もやったものだ。

 でも、それだけ本気だったんだ。なんたって芽衣さんは学年有数の美少女だったから。

 整った顔に、大きく膨らんだ胸、いかにも司書さんみたいな感じで俺たちかまってちゃん属性の男子たちのハートを鷲掴みにした。


 そんな彼女の校内での人気はすさまじく、彼女を巡っては日夜、暗闘が繰り広げられていたのだが、それらをくぐり抜け先日、俺は芽衣さんとデートを達成。そこで好意を伝えた。


 結果はOK。で、俺たちは付き合いだした。


 そこからはとんとん拍子だった。色んなところに行き、手を繋ぎ、そして、実は先日、キスもした。


「は、初めてですか……?」

「う、うん……!」


 芽衣さんの顔は燃えるように真っ赤だった。


 で、そんな経緯を踏まえた今日だ。


 俺は群青色のカーテンが引かれた自室を一瞥した。ここが俺の部屋だ。

 『ここが』、今日、芽衣さんが来る部屋だ。


 今日、我が家に親はいない。温泉旅行に行っているのだ。


『親父たち、旅行行ってきたら?』

『なによ京太、改まって』

『い、いやたまには息抜きにどうかなって。実はチケットあるんだ。行ってきなよ』

『えぇぇ!? 京太! お前どういう風の吹き回しだ?』

『い、いや良いだろ。たまには親孝行したって』


 俺の粋な計らいに両親は目を白黒させていた。

 白状しよう、親孝行など、大嘘である。


 俺の目的は、今日この日、家に一人きりになることにあった。


 理由はまぁ……、察して欲しい。


 友達から聞いていたのだ。『アレ』はどういう感触だとか、あの行為はどういった感じなのか、とか。お前は遅れているだとか、そういう話だ。


 悪友から色々吹きこまれた&興味津々だった俺は今日この日を用意したのだ。芽衣さんも部活や習い事が無い、この休みの日曜日を。


 勿論、芽衣さんが嫌がったらする気は無い。する気は無いけど、拒否されない気もしたので虎視眈々と準備していたのだ。

 芽衣さんだって、家に誘ったら『分かった、じゃぁ明日10時で良い?』と無邪気に了承してたので、意外とイケるんじゃないかという気がしてならない。


 でだ! でだよ?! 旅行のチケットとか色々と下準備したってのにさぁ? それなのにさぁ


「何でお前はいんだよおおおおおおおおおおおおおおお!!!! 優夏ゆうかぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわわ、わ?! 何さ急に叫んで???」


 朝9時、階下に降りると居た同年代の義妹に俺は思わず吠えた。TVゲームをピコピコしていた優夏の身体がぎょっと跳ねる。


「何でお前は今日いんだよ? 今日友達と遊びに行く予定だって言ってたじゃん?!」

「あ、いやそれキャンセルになったんだよ。用事入っちゃって」

「用事!!」


 何たることだ!! 義母は専業主婦でいつも家にいる。だからこの義妹に予定がある今日この日のために色々準備してきていたのに! 

 

 くっそがあああああああああああああああああああ!!!


 何でキャンセルになっているんじゃあああああああああああ!!


 完璧な作戦だと思ったのに、いとも簡単に瓦解してしまい俺は頭を抱える。


「何、京太、そんなにあたしに家に居て欲しくないわけ?」

「い、いやそういうわけじゃないけど……」


 俺が業を煮やしていると優夏がジト目で俺を睨む。その綺麗な顔から送られる非難の眼差しに、ストレートに『はいそうです』と言うわけにもいかず俺は言葉を濁した。出て行って欲しいのは山々だがそれを直接伝えるほど俺も冷徹ではない。


「全く、久々に京太と二人きりだと思ったのに酷いよ」


 何故酷いのか。何が酷いのか。

 ぷりぷりと顔をむくれさせる優夏が憎らしくて仕方ない。


「友達来るとか?」

 ぎく!

「ち、違うよ?」

 しどろもどろになって否定すると優夏ははっとして顔を赤らめる。

 そしてTVを指さすとボショボショと言った。


「あ、そっか。京太も男の子だし、あの、『そういうの』見たいとか、テレビで」

 

 何て勘違いをしているんだ。

 俺は赤い顔でテレビをちらちら見る優夏にげんなりした。

 確かに我が家にはテレビは一台しかないが、今の時代テレビで見る者などそういない。


「見ねーよ。誰が今更DVDなんぞでエロ動画見るか。全部スマホだよ」

「す、スマホなんだ」

「そうだけど、それが何か?」

「へ、へ~~」


 優夏はごくりと生唾を飲み俺のスマホを凝視した。


「ど、どういう義妹もの見てるの?」

「見ねーよ!! ピンポイントだな!!」


 下らないボケに俺はスマホを握りしめ叫んだ。

 一応、この優夏という黒髪ショートカットの美少女は義妹なのだ。10年近く前に親が再婚し家族になったので、月日が経ちあまり実感はないが。


 いや、それは正確ではない。正直ではない、と言った方が正しいか。

 

 めちゃくちゃ意識した時期もある。

 なぜならこの優夏という少女は違う高校に通っているものの、俺と同い年で、ビックリするほどの美少女なのだ。友達を家に呼べばたちまち男どもが優夏に恋をして俺にラインのアカウントを聞き始めるほどなのだ。勿論、それは俺も同じだった。


 しかし年を経れば分かる。それがどれだけ家族を不幸にする劣情かを。


 確かに優夏はとんでもない美少女だ。だけど再婚し仲睦まじく暮らしている両親に、もし俺が優夏に手を出そうとしたことが知れたらどれだけの迷惑がかかることか。分かったものではない。勿論、優夏にだってとんでもない被害を出してしまう。

 この奇跡のようなバランスで成り立っている平和な我が家は音を立てて瓦解するだろう。


 それはならない。そう自身の想いに蓋をして、いつのまにか完全に封がされたというわけだ。


 良く考えて欲しい、義妹だぞ。と。


 これまでの人生で優夏の色々な面を見て来た。色々と助けて来た。こいつの良いところも悪いところも知っている。だからそこらの男のように俺はこいつを意識したりはしないのだ。


 そんな経緯を経ているからこそ、こういった優夏を女と見させるような言動はちと困る。頬が赤くなりそうになるのを押さえるのに必死だった。


「ちぇ見ないのかつまんなーい」

「ツマンなくて悪かったな。で、実は友達が来るんだ。それでだよ」

「ちぇーそっか。ならまた京太の男友達に好かれてもつまんないし外行こっかな。京太、ジュース2本ね」

「わーたよ」


 俺たちの間ではよくこういったやり取りが行われる。

 お互いがお互いの友人が家に来ている時は家を空けるのだ。

 際どい会話が終わり俺は密かに安堵の息をついた。


「下着とかは見えないようにしといてね」

「了解」


 それから少しして優夏は着替えると出て行った。きっとあのおしゃれした格好を見るに都心に買い物にでも出かけたのだろう。


「と、整った……」


 ようやく無人になったリビングを見回して俺は胸を撫で下ろした。優夏との取引が決裂することもあるのだ。

 もし優夏が素直に外出しなかったらと思うと背筋が凍る。

 時を同じくしてスマホに電話がかかってきた。


『きょ、京太君、家の近くまで来たけど……』

「あ、分かりました?! 今出ます!」


 そんなことよりも今は芽衣さんだ。ヴィーナスを迎えるべく俺は玄関へ急いだ。



 芽衣さんは綺麗に整った我が家にいたく感動していた。


「うわ~~~、凄いねここ」

「そ、そうすか」

「うん、綺麗で落ち着いた、良いお家!」

「あ、ありがとうございます」

「京太君掃除してくれたんだね、ありがと!」

「そ、そんなこと……、当り前ですよ」

「へへ、そうかな~。でも、あ、このソファ、ふかふかだ~~~!! 気持ち~~!!」

 

 リビングにあるソファで無邪気にトランポリンのようにバムバム跳ねて遊ぶ芽衣さん。子供っぽい仕草にどっこんどっこん胸が高鳴る。芽衣さんの胸もボンボン跳ねて、それを目にし心臓もどっこんどっこん大きく脈打つ。


 じ、自分は今日、生まれ変わるのだ。そう、この芽衣さんと一緒に……。

 と、その横に腰を下ろそうとした時だ。


「ん?」


 芽衣さんがその大きな瞳を開き、ソファの匂いを嗅ぎだした。


「ど、どうしたんですか芽衣さん」

「あ、いやきょ、京太君、変なこと聞くけどこの家って女の子っていr」


 芽衣さんが言い切ろうとした時だ。


「忘れ物した〜〜〜〜〜〜!!」

「おいいいいいいいいいいいいいい!!」


 玄関のドアがガチャッと開きバタバタと優夏が帰って来た。悪魔の再来に目がかっぴらく。

 だがリビングにさえ来なければバレない! と、俺は素早く玄関へ向かおうとしたのだが――


「ごめん京太忘れ物したってうわあああああああああああああああ!!!!!! 女の子じゃん!!」


 ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!


 あっさりと優夏はリビングに入ってきて、……俺たち三人は対面してしまったわけだ。



「どういうことこれは京太」

「ど、どういうことなのこれは京太君?」


 それから俺は芽衣さんと優夏の尋問を受けている。二人揃って凄い綺麗だ。

 しかしその美人の片方は人殺しのような凶悪な目をしていて、もう片方は心配で眉を顰めている。なかなかに迫力のある光景だ。


「あ、いや」

「だ、だれなのこの人、京太くん?」

 まず顔を曇らせていた少女から動く。

「い、妹です……」

「妹の優夏です」

「兄妹……。でも顔全然似てないよね」

「ぎ、義妹なんですよ……ややこしくなるから言ってなかったですけど」

「ぎ、義妹? 同い年の?!」

「は、はい。でもまぁ……、ここ最近の話じゃないですよ……。もう一緒に暮らし初めて10年くらい経ってるんで……もう家族みたいなもんです」

「はい、そうなんです。で、あなたは…………、まさかとは思うけど、もしかして……」


 優夏は芽衣さんに猜疑の目を向けていた。


「は、はい、京太君と同じ部活の柏木芽衣と言います……。京太君とは、その……」


 明かして良いのか確認するように芽衣さんは赤い顔で俺をチラ見した。

 それに俺が頷くと――


「お、お付き合いさせて貰っています」

「うそでしょーーーーー?!?!?!!」


 真相を聞いて優夏はこの世の終わりのような悲鳴を上げた。

 もしかしたら優夏は『友達が来る』という俺の言葉を真に受けていたのかもしれない。

 もしくは信じたくなかったのか……。

 衝撃の事実に驚く優夏に同情していると、真実を知った優夏は目を白黒させて俺たちの顔を交互に見返していた。


「ええええええええええええ???!!! まさかとは思ったけどホントに京太?!?!」

「う、うん……そうなんだ」

「じゃ、じゃぁ今日の親追い出したのって、アレじゃん! もう完全にヤるためみたいなもんじゃん!!」

「ちょっとお前!!!!!」


 なんてこと言いやがるんだ!!

 ピシャーンと雷が落ちたような反応を見せた後とんでもないことを言いだして俺は声を荒げた。

 慌ててフォローしようと芽衣さんの方を見ると「い、いや、そんな、私は……」と顔を真っ赤にして動揺していた。


 おいいいいいいい!!

 もうめちゃくちゃだよぉ〜〜〜!!

 俺が何したって言うんだよお〜〜〜! まだ何もしてないよおぉ~~!! しようとしただけじゃないっすか〜〜〜〜!!!

 こんなのあんまりだよ〜〜〜!!!


「む?! もー許せない!!! 分かった! もうぜっったい外行かない!!」


 俺が嘆いていると事の次第を完全に理解した優夏は目を三角にして頬を膨らませた。


「お前悪魔か!?」

「悪魔は京太だよ! もう絶対どこもいかないからね? これからは京太の監視だよ!」

「お前ろくな死に方しないぞ!!」

「それはこっちのセリフだね!! 京太こそろくな死に方しないよ!! 全く親追い出すからてっきり期待したのに、この馬鹿!!」

「何がじゃ!!」

「乙女の期待裏切るからでしょ!!」

「だから何の話だ?!!!!」


「あ、これ……」

 そしてその会話に芽衣さんは何か気が付いたようで、ハッと目を見開くと「じゃ、じゃぁ、私帰るね……」といそいそとこの場を辞退し始めたのだ。


「あ、いや待って芽衣さん」


 俺の静止しても意味がなかった。芽衣さんは張り付けた笑みを浮かべて「ま、また月曜日ね京太君!」とぴゅ~~! と風のように去って行ってしまい


「優夏ああああああ!!! お前覚悟できてんだろうなあ!!?」

「望むところさ京太! 私の知らないところで勝手に女作って!! 覚悟できてんだろうね!! あたし今凄い怒ってるよ!!!」


 俺と優夏は取っ組み合いの喧嘩を始めるのだった。


◆◆◆


『あたし今凄い怒ってるよ!!!』


 出てきた家から賑やかな騒ぎ声を聞き芽衣はこの先を憂うのだった。



 これから大変なことになる……!





  次回、優夏動く


  再び女と意識させるために




  デュエルスタンバイ



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

以上、『ラノベの親って存在消されがちだよね』という呟きを見て思い付いた短編でした。

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彼女を家に連れ込みたくて同年代の義妹を追い出そうとしたら、なぜか抵抗してくる。 雨ノ日玖作 @kyuta

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