第9話 川島くんは決断が早い
そんなはずない。
川島くんに、家に帰って何をしているのか聞いた事があったけど、これと言って趣味も無いから、料理の本を見て、、今はハンバーグの研究をしてるって話してくれたもん。「ハンバーグは塩加減ひとつ、材料の合わせ方、まぜ具合ひとつで違うものになってしまうんです。自分はこれが自分のハンバーグだと納得いくものができるようになったら、洋食屋をやりたいんです」と夢を語ってくれたんだもん。
そして、夢を叶えられたら、昔貧乏をさせて別れてしまった奥さんに、もう一度謝りたい。今はまだ、あわせる顔がないんです…。って話してくれたもん。
川島くんは、確かに弱いところもあるかもしれないけれど、根は真面目で、優しくて、素敵な夢をもっている人なんだから。
もしも今、心が弱ってしまっているなら、、、、。どうか立ち直ってほしい。
仕事を終えタイムカードを押しに事務所に入りタイムカードの川島くんの名前を見つめ、そんな風に考えていると、部長が「お疲れさま」と入って来て、「並木さん、すっかり仕事が板についたね。仕事覚えるの早かったな」と声をかけてくださった。「いえいえ、川島さんにつきっきりで教えていただいたので…」と答える。
「ぁぁ、川島ね。根は悪い奴じゃないんだよ。かんべんしてやってくれな」
どういう意味か解らずに黙っていると部長が続けた。
「川島はね、不器用な奴なんだよ。あれはね、口は達者なんだけど、あんまり要領が良い方じゃなくてな。無駄な動きが多くてさ。まぁ、はっきり言って調理師としては使えないのよ。…そんで、ホールの方を任せたんだけど、なんていうか、縄張り意識みたいなのがあってさ、新しくパートさんが入ると仕事教える態で意地悪をすんだよな。今までもやっと仕事覚えてきたと思った頃に何人も辞めてしまったよ、パワハラだって言って辞めた人もいたな…。そんなわけで並木さんが、久しぶりに続いてる人なんだよ」と言う。
「はぁ、、」私はなんと答えて良いかわからず、うつむく。
「川島が今回休んだのは、多分、もう自分の居場所は無いと思ったからじゃないかと思うんだよな。このまま辞めるつもりなんだろうと思うよ」
「え?居場所?やめるんですか…」
「一週間休んで、出てきてみたら、並木さんの方が仕事ができるようになっていたからな、自分で辞めようと決めたんだろうよ」
「そ、そんな、、、川島さん、私のせいで?」
「いやぁ、並木さんのせいってわけじゃないんだよ。ただ、事実、川島がいなくても、全く営業に影響はなかったし、宗田さんだって、武田さんだって、仕事がやりやすくなったって、明るくなったしな。あ、そうそう、武田さんもやっぱりもう少し続けるって言ってくれたんだよ。並木さんは明るくて若い人が入ったねって、お客さんの評判もいいんだよ」
「…。」
「まぁ、うちとしては、ありがたいことで、並木さんにはこれからも活躍を期待していますので、ははは。頑張ってください。よろしく」
と、その時、事務所のドアがガチャリと開き、振り向くとなんと、川島くんが立っていたのだ。
手に包丁らしきものを持って。
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