第4話 川島くんは理想が高い
「おはようございます並木さん。ちょっと良いですか」
川島くんに呼ばれ、ホールに行く。
「今日はもうここ拭き終わりましたか?」
「あ、はい」
「…、ちょっと見てください」
川島くんがそう言って調味料を置いているトレーを持ち上げた。午前中の眩しい太陽が反射して光る。
「これね、拭いた跡が残ってますよね」と川島くんがトレーを左右にゆっくり回すと、確かにスジが見えた。
「ぼくはね、こう思うんですよ。拭いて拭き跡が残るような拭き方は意味が無い」
…。
「社食といっても、飲食業です。お客様満足度を考えて仕事をしないと、質が下がります」
はい。
「拭いたからキレイ。ではなくて、清潔で美しく見えること が必要なのです」
「わかりました。やり直します」
「今日は時間も無いので、明日から心がけてください。ゆっくり覚えてもらえば大丈夫です」
川島くんは意識が高い。
社食の皿洗いの5時間のパートと軽い気持ちで始めた自分が恥ずかしい。
今日は、ホールの様子を見る当番の日。ここの社食はバイキング形式で、社員さんは入口で専用カードを読み取らせると、450円引かれるシステムらしい。
その後、手指消毒、トレーを持ち、箸やスプーン、と進み、あとは食べたいものを自分でピックアップして席につく。
以前は大きなバットに用意された料理をトングで取るかたちだったが、ここ最近、小皿に盛ってラップをかけてスタンバイすることになった。この、皿の減り具合で、次の皿を用意しなければならない。
揚げ物のコーナーは減りが早いので、忙しい。揚げ物を追加しながら、サラダ、煮物、和え物、炒め物の出ぐあいをチェックし調理場に声をかける。
調理場ではすでに夜や明日の仕込みをしているので、多少気を使いながら「すみませ〜ん、そろそろ揚げ物が無くなりまーす」と。そんな感じ。
バイキング形式なので、その日によってなぜか減りが早いものも出てくる。調理場から「唐揚げはもう無いから、代わりに、春巻きになります」と言われれば、ホールのホワイトボードに『唐揚げ終りました』とお知らせを出さなければいけない。そうしないと「唐揚げは?」「唐揚げいつ揚がります?」と唐揚げ待ちが並ぶようになってしまう。
簡単な仕事だが、時間や客入りのぐあいを見ながら、調理場に伝えなければいけないのでけっこう責任がある。
1度、追加をお願いしてから、客足が途絶え、サラダのバットを1つまるまる無駄にしてしまった事があり、川島くんから「よく考えて。判断に迷う時は、調理場に言う前にぼくに相談してください」と指導を受けた。
調理場に「すみませんでした…」と、サラダのバットを持って下がると、調理部長が「なぁに、よくある事だよ。また夜に使うから気にしないでいいんだよ」と笑って許してくれたけど、、川島くんが「サラダは鮮度が命。切ったそばから味が落ちていく」と教えてくれたので、私の落ち込んだ心はそう簡単に晴れなかった。
川島くんは社員食堂と言えども妥協を許さない、飲食業、サービス業の理想が高いのだ。年齢は私とそう変わらないが、仕事に向かう意識の高さは素晴らしいと思う。
私も川島くんに認めてもらえるように、早く一人前になりたい。頑張らなくっちゃ。
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