第3話

 何も、感じなかった。


 ただ、人に化けられる狸が食われた。


 それだけ。


 ぐちゃぐちゃになっていた、真朱の姿。あれが人なら、かなり酷い姿だったろうに。狸の姿で死んでいたから、なんとも普通だった。


 それでよかったのかもしれない。


 いずれ、殺される狸。


「おう。ようやく来たな」


 教授。蛇と戯れている。


「なーがさん。では今度また」


 蛇の名前。なーがと言うのか。教授の首から離れたそれは、こちらに一度律儀にお辞儀をして、部屋を出ていった。


「あの蛇。俺にお辞儀したな」


「それよりも」


 話を流された。


「中性子弾頭だ」


「地球を壊せる威力のか。無理だろ」


 世界中にある全ての核弾頭を爆破しても、地球は壊れない。せいぜい、人類が何百回か滅びる程度。核弾頭というのは、汚染度のわりに威力が低かった。


「それがな。できあがったんだ。公安の協力でさ」


 公安は、省庁や官邸とも独立している。この前、国家公安委員長が毒殺されたばかりだった。


「この中性子弾頭は。爆発しない」


 教授。


 部屋の戸棚から、小さなペンを取り出す。


「実物だ」


「そのペンが弾頭なのか?」


「その通り」


 机の上に、無造作に置かれたもの。


「人間が開発できる火器で、地球を爆破するのは無理だ。隕石ほどの力も出やしない」


「そうだな」


「だから、爆破ではなく、違う方法で地球を壊す。人を殺すには?」


「息の根を止めるか、心を壊すか」


「そう。今回は、地球の心を壊す」


「ばかだな。地球が生きてるわけないだろ」


「そう。そこだ。生きてないんだよ。地球は」


 教授。ペンを手のひらで転がす。


「だが。一定のエネルギーを生み出す何かを、生きていると定義すれば。地球は、生きている」


 何を言っているか、微妙に理解できない。


「そのものが持つエネルギーを、奪うのさ。この中性子弾頭は」


「魂の力を奪う、みたいなもんか?」


「まあ、そんな感じ」


 ペンが。自分の目の前に転がってくる。


「この中性子弾頭を使えば。地球は簡単に壊せる」


「人や動物にも、効くのか?」


「効くよ。地球が壊れるレベルのものだからな。生きているものどころか、死人や幽霊の類いにも効く」


「そうか」


「おまえに。やるよ」


 ペン。


 鈍く、光っている。


「俺に?」


「お前がほしいものだろ。行って、狸ちゃんの復讐をしてこい」


「なぜそれを」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る