「自由」と言う名の「不自由」

天野 鰯

第1話

「死は救済だ。」 どこかの悪役が言ってそうな台詞だ。

「死」と言う言葉は世間一般的には疎まれる言葉だと思う。確かに多くの宗教でも「死」とは罰の象徴の言葉でもある。

しかし、これ以上あらゆる苦痛を感じずに済む。こういう考え方は出来ないだろうか。

寝つきの悪い俺はいつも目を閉じ、意識が途絶えるまでそんなことを考える。



朝の日差しが俺のまぶた強引に掻い潜り差し込んでくる。

カーテンを閉めておけばよかったと少し後悔しながら二度寝したがる体を叩き起こし、ようやく目を覚ます。

時計を見るとまだ講義に遅れる時間ではないことに一安心して、学校に向かう支度を

始めた。




もう見慣れつつある、教室までの道のり。


大学デビューなんて華々しいものなんてなく、あるのは、小学校、中学校と続いてきた気怠さだけ。まるでそんな俺を励ますように照る太陽を見上げ「今日も憂鬱だ」と愚痴をこぼす。


「なーおきっ」


後ろから聞き馴染みのある声が肩にのしかかる。

俺は少し体勢を崩しながら、その声の主は話を続ける。


「お前また夜遅かったのか? 全然目が開いてないぞぉー」


「うるさい。声が響くだろ。拓実こそレポートは終わったのか?」


俺がそう言うと「そうだったー!!」と叫びながらどこかへ行ってしまった。

全く忙しいやつだ。その活力を俺にも分けて欲しいものだ。

走る拓実を呆れた目で見送り、拓実とは学部が違うので別の道に向かう。


「そういえば、レポート提出は今日じゃないよな」


少し不安になってきた。スマホのカレンダーを覗き来週なのを確認する。

昨日もこんな感じだったと思うのだがこの心配性も困りものである。

しばらく歩くと、窓越しから中庭が見えてきた。


大学に入ってよかったと思えたのはこの気持ちの良さそうなベンチを見つけたことぐらいだ。「今日はいい天気だしあそこで読書でもするか」そんなことを考えていると

ベンチに腰掛けている人影があった。


視力が年々と衰えてきていて、磨りガラス越しのようにぼやけて見える。

少し気になり、その影に近づいた。


映像が鮮明になると、そこにはまるで絵画のような風景が広がっていた。

ベンチに腰掛ける1人の女性。風に揺られ、それらに影を落とす樹木たち。

ときより、陽に晒され輝きを隠せない白い肌。


その絵に題名をつけるならなんだろうと、バカな感想を抱いていると綺麗な顔がこちらを見ている気がした。

しまった!ジロジロ見過ぎたかと、小さい頃、悪戯中に母親から呼ばれた時ぐらい

心臓をバクバクさせ、その場を小走りで後にした。

授業中も鼓動が胸を絶え間なく叩く。

結局、その日は教授の話は一つも入ってこなかった――。




「今日は疲れた。」ぼそっとそう吐くと、スマホの通知欄を確認する。

拓実からのメッセージが2件。「おっつー!」「学校でてすぐのとこいるわ」

俺はお前の彼女か!とツッコミを入れ、「わかった」と一言返信した。

そうすると「つめた〜い〜」と返ってきたが無視をした。いつものやりとりである。


拓実と再会すると近くのファミレスで夜飯を済ますことになった。

ファミレスに入り店員に一番奥の席に案内され向かい合って座る。

注文をパッパとして、他愛もない世間話する。まぁ、世間話と言うよりは拓実が延々と話すので俺がずっと、聞いているだけだが。


「なぁ、そろそろ大学は慣れたか?」


「まぁ、ぼちぼちだな」

水を飲むと氷がカランと鳴る。


「どうせ、直樹のことだから友達できてないんだろうなー」


「失礼なやつだな。友達ぐらいはいるぞ」


「まじかっ。今年一驚いたわ」


「そんな大袈裟な。普通だろ」

友達の定義はよく知らないがたまに顔を合わせ適度に会話する人が友達というなら嘘をついてはいないだろう。


「失礼します!こちらハンバーグ定食とトマトスパゲティになります」

ずいぶんと早いな。混まないタイミングで来てよかった。


「尚樹それだけで足りるのか?」

俺の注文したトマトスパゲティを指差す。


「夜はあんまり食べないんだよ。それより拓実こそ食いすぎじゃないか」

拓実は俺と待ち合わせた時、近くのコンビニで買ったと思われる肉まんを手にしていた。

「俺は育ち盛りなんだよ」と余程お腹が空いていたのかけっこうな勢いで食べ進める。

その様子を見ていたらこっちがお腹いっぱいになりそうだと思いつつ俺も食べ始める。

しばらく、2人とも無言で食べていると拓実が手を止めて話しかける。


「尚樹はまだ彼女つくらないのか?」


これを聞かれるのは何度目だろうか。

「いずれ、な」適当に流す。

「そんなこと言ってもう何年経つんだよー」拓実がおちゃらけた感じで続ける。


「もしかして、まだ前の彼女のこと引きずってんのか?」


「うるさい」

テーブル下で拓実の足を小突く。



確かに、前の彼女には突然あっさり振られたことがある。

それも「あなたが何を考えているかわからない」と言ってだ。

普通、振るときのお決まりの台詞と言えば「あなたのことが好きじゃなくなった」とかが挙げられると思うのだが「あなたが何を考えてるかわからない」と言われると何だか俺がおかしい人みたいじゃないか。

変わり者の自覚はあったが面と向かってそう言われるとけっこう傷ついた。


「それは置いといてレポートはちゃんと終わったのか?」


「ん?あー、おう。ちゃんと終わったぞ

いやー、大学生なんて遊んでばっかだと思ってたけど案外大変だよなー」


「レポートの件に関してはサボったお前が悪い」というツッコミは飲み込んでおいた。


「それにしても拓実みたいな、めんどくさがりが大学来るなんて意外だよな」


「それどーゆう意味だよー」


「別に悪い意味じゃないぞ?俺の同級生にも拓実みたいな奴はいたけど

皆、勉強めんどくさいって言って就職して行ったから何でかなって思っただけさ」


「まぁ、確かに勉強はめんどくさいけどさ、やりたい事のためには必要かなって」


「やりたい事って夢とかあるのか?」


「夢ってほど大それたものではないけどさ、俺さ昔からゲームが好きで俺も将来みんなが楽しめるゲームを作りたいなって」

そう言うと拓実は照れ臭そうに俯いた。


「いい夢じゃないか!叶うといいな」


「ああ」拓実はまだ照れて笑っていたががどこが誇らしげな笑みにも見えた。


見かけによらずちゃんと将来のこと事考えているものだ。


それに引き替え、俺はどうだろう。


今まで何度も自分の将来について考える機会は何度もあった。


小さい頃は夢なんてものはたくさん語れていた。でも、いつしかは現実を知っていく。


小学校の頃はサッカー選手になりたいと思っていた。

体格にも恵まれ、高校最後の大会では全国ベスト4まで残った。だが、所詮それまで。

プロになれるような才能ではなかったようだ。

誰かは言うだろう努力が足りなかったのではと。

これは経験者にしか分からない。努力では決して届かない高みがある。

無理にその高みに登ろうとするには周りの才能ある者たちとの劣等感に耐えれる別の才能が必要になってくる。


卒部後、サッカーへの未練を断ち切り進路のことを考えた。


両親からは好きにしていいと言われてる。だが特にやりたい事が見つからない。

小さい頃から何でもそつなくこなす事ができた。

しかし、どれも才能あるもの達からすればなんてことないものだ。


とりあえず、勉強しておけばこの先やりたい事が見つかったときに後悔しないように。

ただ、それだけの理由で大学に進んだ。


それから未だにやりたい事は見つからない。残りの数年で見つかるだろうか。


無数に広がる先の見えない道に大きなため息をつく。


どうすれば、幸せな人生を送れるのだろうか。


「人は困難の末、幸せとなる。」もう聞き飽きた台詞だ。


そんなことが出来る人間など一握りだ。

そもそも、そんなことがみんな出来れば世界中の人々が幸せで夢を叶えてるはずだろう。

それが出来ないから『夢』という言葉が生まれ、幸せでない人がいるから『幸せ』なんて言葉が生まれてしまうのだろう。この世界はとても不平等なのだ。

だから、みんな見えない不安に押しつぶされなように根拠のない理想論にすがって生きている。


「生きるって面倒だな」


気が付けば暗くなって窓から見える人どうりも多くなっている。

店も混み出してきたので会計を済ませここで拓実と別れることにした。


あたりは仕事帰りであろう人たちに埋め尽くされいる。その顔はどれも疲れ切っている。

「俺も将来こうなってしまうかもな」自嘲の笑みを浮かべ、帰途についた。

その日はなかなか寝付けなかった。


寝ることを諦め、目を開けると外は新しい日をのぞかせていた。



次の日は最悪だった。慣れない徹夜をしたため体調を崩してしまったのだ。

サボってしまおうかとも思ったが試験も近いので行くことにした。

午前中をなんとか乗り切ったが気力の限界を感じ、栄養ドリンクを買うことにした。

軽く昼食をとり、売店に向かうと、昨日の中庭が見てきた。流石に今日はいないとも思ったが体は勝手に動く。

「ただの興味本位だ」そう自分に謎の言い訳をしながらもその足は速度を早める。

しかし、あの人はそこには居なかった。落胆した自分に戸惑いつつも当初の目的であった売店に向かう。


「おーい、そこの君っ!」

誰かが誰かを呼んでいる。知り合いの声ではないので気にせず行く。


「こらー、無視をしない!」

その声の主は突然、俺の目の前へと立ち塞がる。

間抜けな声を発しながらも感情を落ち着かせ平然を装う。


「君、昨日もここに来てたよね?」

その言葉にやっとのことで落ち着かせた感情が波立つ。

もしかして、見られてたか。


「俺のこと、気付いてました?」


「いやぁ、人が居たことは気づいたけど私、目が悪いから顔までは見えなかったよ。

もしかして、とは思ったけど・・・君、面白いね」


ニヤニヤした顔でこちら煽ってくる。

どうやら、かまをかけられたらしい。


「はぁ、素直に認めます。ちょっと気になったものでつい見てしまいました。すみません」


「うむ。よろしい。」

後ろで組んでいた手を前に組み直し偉そうに言ってくる。

ちょっと腹が立ったので仕返しに


「では、用事があるので行きますね」


と呆れたようにその場を立ち去ろうとする。

すると、

「おいおい!待ちたまえよ!」

慌てたように引き止めてくる。


「まだ何か?」

今度はこちらが煽る番だ。


「からかったのは謝るよ。だからそう怒らないでくれ」


てっきり張り合ってくるものとばかり思っていたので拍子抜けした。

これ以上からかうのも可哀想だ。


「こちらこそ張り合ってしまいました。すいません。」

すると、クスクス笑い声が聞こえた。

その声はだんだんと大きくなりついに

「あぁ、ダメだ、我慢できない!君!ほんとに面白いね!」

どうやらまた騙されたようだ。今度こそ本気で帰ろうとする。


「ごめん、ごめん!もうしないよ。とゆうか自己紹介、まだだったよね?一応、初めましてかな。私は桜井あやめと言います。君の名前は?」

首をかしげ聞いてくる。いちいち、動作が大きい人だ。


「初めまして、佐野尚樹です。経済学部1年です。」


「君も経済学部なんだね。なら君の先輩だ!私は3年生だよ」


簡単な自己紹介が終わり、ずっと気になっていたことを聞く。


「勝手に見ていて言うのもあれなんですがあそこで何していたのですか?」


「何故、あそこに居たかね。うーん、特に理由はないかな!」


「理由もなくあそこにいたんですか?」」


「ほんとに理由はないんだけどなー、強いて言うなら君を待っていたとか?」

そう彼女は冗談っぽく返してくる。

深いため息を吐き


「また、そうやってからかうのは止めてください」


すると、彼女はクスッと頬を緩ませ

「ごめんね、君が面白くてまたからかちゃった」

と子供っぽく言ってくるもんだから、なんだか追求する気もなくなってしまった。

ふと、右手の時計を見ると次の講義の時間が迫ってきていた。


「あの、すいません!次の講義遅れそうなんで行きますね」


「そっか、引き止めて悪かったね」

軽く、会釈をして教室に向かう。なんだか忘れているようだがそれは講義が始まるまで思い出せなかった。



次の日も例の場所を訪れた。


どうやら、読書をしているらしい。

随分と集中しているようだ、手が届くところまで近づいても気づかない。

声を掛けようか迷っていると

「うわぁ!」

突然振り返り、驚かしてきた。無警戒だっただけに派手に尻餅をついていまった。

楽しそうに笑う彼女を尻目に、付いた土を払った。


「あやめさん、気付いてたんですか?」


「まーね」


「気付いてたのに無視なんてひどいですね」


「ごめん、ごめん」

隣に座り、膝に置かれた本に目がいく。


「何読んでたんですか?」


「ん?あ、これ?自己啓発本ってやつかな」


「自己啓発本ですか、なんか意外ですね」


「意外って、どういうことかなー?」


こちらを覗き込み、少しふて腐れた態度で聞いてくる。

「別に深い意味じゃないですよ。ただ、あやめさんってあんまり心配事がなさそうだから・・・」


「むー、君って時々失礼だよね。私だって人並みには悩んでます」


「例えば、どんなことで悩んでるんですか?」


そう尋ねると「んー」と唸り、考えてるポーズをとる。

やっぱりこの人悩みなんてないんじゃないかと思い始めた時


「未来のことかな」


未来?将来のことだろうか。

「あやめさんもやっぱり将来のこと気になるんですね」


「まー、そろそろ卒業だしね」


「そっか、三年生ですもんね。後一年あると言ってもそろそろ考えてなくちゃですもんね」


「そういう君は、悩みはないのかい?」


「俺ですか?」

予想された展開であったのに返答に困る。


「特にはないですかね」

とっさに誤魔化してしまった。


「ふーん、そっかー」

ちょっとわざとらしかっただろうか。心なしか不満げな顔をしているように見える。


「おーい、あやめー!」

あやめさんの友達だろうか。遠くから手を振っている。

俺は邪魔だろう。立ち上がり、軽く頭を下げその場から立ち去る。


「ちょっと、待って。これ私の連絡先」

そう言ってスマホの画面を見せてくる。


どういう風の吹き回しだろう。困惑しながらも自身のスマホを取り出した。桜井あやめ、と表示された画面を確認し追加する項目をタッチする。

彼女の後ろでは、あやめさんと会話する謎の人物を警戒してるであろう。何やらこそこそと

話してる。居た堪れない空気が漂ってきた。


「あ、あの。あやめさん、これはどういうことですが?」


「深い意味はないよ!その、あの、もう少し話したいなーなんて。

いや!ほんとに深い意味なんてないから!」


俺が何か言おうとする前に友達を置いて、逃げるように行ってしまった。

風と草木が揺れる音しか聞こえない。友達も俺も呆気にとれた。

それも一瞬のことで友達はすぐにあやめさんを追いかけて行った。

新しく増えた、桜井あやめ、という文字を眺めた。

あの人はどういう意味で連絡先をくれたのだろう。色々、可能性は思い浮かぶが、どれも自分にとって都合の良いものばかりだ。

しばらく考えてみたが、やはり希望的観測にすぎない。

また増えた不安の種にため息を吐く。

今夜の夜は少し短く感じた。


待ちに待った休日。いつもは昼過ぎまで寝て過ごすのだが何だか目が覚めてしまった。

時刻は8:00。これといってやる事も思い浮かばない。リモコンを手に取りテレビを付ける。

またどこかの有名人のスキャンダルが発覚したらしい。名も知らないアナウンサーとどこか上から目線の芸人がその有名人のことを痛烈に非難している。

勝手に私生活に付き纏われ、その上知られたくなものをバラされる。

華やかな職業というもの大変なもんだ。

電源を落とし、カーテンを開け窓の外を眺める。子供たちが楽しそうなにはしゃぐ姿が見えた。俺にもこんな時期があったのだろうか。元気いっぱいに走り回る子供たちと昔の自分を重ねる。いつからこんなに、はしゃぐことが無くなったのだろうか。これが成長して

“大人“になっていくということなのだろうか。

間違えて買ってしまった微糖の缶珈琲を一息に飲み干す。

久しぶりに飲んだそれはひどく甘ったるかった。

このまま、家の中にいるのもつまらないと思ったので簡単に身支度を済ませる。

雨雲が出ているが天気予報では降水確率は20%。おそらく傘はなくても大丈夫だろう。


最低限のものだけ持って外へ出る。

休日の朝方特有の静けさが辺りを覆っている。余計なものが消え去りそこには主役がいなくなった背景が広がっているだけ。この独特な雰囲気に心が落ち着く。

目的地も設定せず気ままに歩く。あまり無駄なことは好きではないがたまにはこんな日があってもいいだろう。


少し大通りに出てみると人通りも多くなるにつれ様々なお店が立ち並ぶ。

所々で業務用アナウンスや、飲食店のお腹を空かせる匂いが立ち込める。

大学入学を機に親元を離れ田舎から出てきて数ヶ月経つが未だにこれには慣れない。

しばらく、道なりに歩いていくと本屋が見えてきた。ちょうど手持ちの本は全て読み切ってしまっていたところだ。どうせ、やる事もないのだからと、お店に入る。



あまり色々なものに対して興味を持てない俺にとって読書というものは唯一の楽しみである。読書は素晴らしい。自分というもの忘れ、作品の世界に入り込むことが出来る。そこには一切の憂いもない。


店内はきちんとジャンル分けされていて目当てのものがすぐに見つかるようにしてある。また店員のおすすめがポップで目立つようにしてありどれも興味を注がれるものばかりだ。


適当にその辺をぶらぶらして面白そうな本を探す。

いくつか手に取り、直感で選んだ2冊の本を買って店を出る。

それから、馴染みの喫茶店へ向かった。


家に帰って読もうかと思ったが、読みたい欲を抑えることができなかった。

歩いて数分で着いたこの喫茶店は少し道から逸れたとこにあり、あまり自分以外の客は見かけない。珈琲のいい香りと時の経過を感じる雰囲気に心が安らぐ。

週に一度はこの店を訪れるほど気に入っていた。


いつものブレンド珈琲を一杯頼むと新しく手に入れた二つの本に目をやる。

1つは、ミステリー小説でもう1つが聞いたことのない哲学者の本だ。

小説を読むほどここに長居するつもりはないので哲学書を読むことにした。

タイトルは「死んでいないのと生きている」

個人的には哲学には2通りあると思っている。

屁理屈で前向きに考えていこうとする物。この種類の物は人によると思うが大抵は読むと背筋がムズッとするものばかりだ。

もう一方は視点を変えて思考を柔軟にしてくれる物である。

果たしてこれはどちらだろう。

期待半分不安半分で読み進める。

本を読んでいると時間はあっという間に過ぎる。

小一時間で読み終えた。

感想から先に言わせてもらうとなかなかに面白かった。

まず冒頭の1節で引き込まれた。

「言葉には対となるもう一つ言葉が存在する。

基本的なものには前と後ろ、未来と過去といった言葉が思い浮かぶだろう。

他にも探せばいくらでも出てくるであろう対義語達。

これらは互いに相容れない言葉達だ。だが、その一方で互いに存在することで意味を与え合っているとも言える。

片一方だけでは意味を成す事が出来ない。互いに反する事で初めて存在する事ができる」


面白い考えだと思った。辞書に載ってある意味だけで考えるのではなくその言葉がどうしてあるのか、そこに目を向ける。何を疑問に思うか、ただそれだけで思考の幅を広げる事が出来てしまう。


さらに最終章では

「人には生と死、二つの状態に分けられる。

これらは今まで述べてきたように、対になる言葉である。

命がある限り人は生き、命が途絶えれば死ぬ。この二つの意味は辞書を引くとおおよそこの通りだ。これらも互いに反する言葉ではあり、片一方だけでは存在し得ない。

だが、人類には長年の夢である不老長寿という言葉ある。不老長寿は歴史上の有力者達が追い求めた物である。

ここで、対となる言葉は2つ揃って初めて存在する説を思い出して貰いたい。

もし、不老長寿が叶ってしまったら死という言葉が無くなり生という言葉は成立しないのではないか。生きているのと死んでいないは全く違う意味なのだ。

人は死を異様に嫌うが死がある事によって生が意味あるものまた事実だ。

そうなってくると死にも意味があるように思えてこないだろうか。

皆さんも自分で考えてみて欲しい。」



死の意味か。この流れから考えるに意味のある生でないと死に意味がなくなるという事だろうか。


そこそこ居てしまったな。そろそろ出るか。

ザァー。地面を叩く雨の音が聞こえる。

「これは止みそうにないな」

空の分厚い雨雲を見上げる。

ここから家までだとかなり濡れてしまう。

「これなら、傘を持ってくるんだったな」

数時間前の判断を後悔する。


「・・・仕方ない。走るか」

そう意を決した時。


「あれ?もしかして尚樹くん?こんなところでどうしたの?」


「あやめさんこそどうしてここに?」


「ここ、私の家だよ」


「え、そうだったんですか

何度かこの店に来てるのに気づかなかったです」


「へー・・・そうだったんだ。私も気づかなかったなー

いつもご来店ありがとうございます」

店員さんぽっく頭を下げながら言ってきた。

多分、本人はふざけているつもりだろうが、その一連の動作からは全く違和感が感じられない。普段からお手伝いをしているのだろうか。

「あ、さっきの話の続きだけど、もしかして傘ないの?」


「はい、降らないと思って持ってきませんでした

こういう時って天気予報外れるんですよねー

あやめさんよく傘持って行ってましたね」


「う、うん、やっぱり女のカンってやつ?」


女のカンってこういう時に使うものだったろうか。


「よかったら傘貸そうか?」


「いいんですか?」


「もちろん!このまま濡れて帰るのもかわいそうだし、はい!」


水色のパステルカラーの傘を受け取る。


「すいません、お言葉に甘えて借ります

いつかちゃんとお礼しますね」


「うん、楽しみにしてるね」


家に着く頃には雨が上がっていた。

傘についた雨粒を払い丁寧に畳む。ふぅ。今日は一段と疲れた気がする。

家の中に置かれた場違いな傘を眺めていると、机に置いていたスマホがなった。

恐らく、snsの着信音だろう。

スマホを開くとあやめさんからのメッセージが入っていた。


「今日はお店来てくれてありがとう!

明日空いてる?もしよかったら明日会えない?」


これは一体、どういう意味だろうか。

そんなに傘を早く返して欲しいのだろうか。そんなはずはないだろう。

もしかすると…。

あー、めんどくさい。

答えが出ない問いを考えるのはやめた。


とりあえず、返信しておこう。


「こちらこそ傘ありがとうございます。

明日は特に用事もないので会えます。

僕も傘のお礼もしたいですし。」


少し、無愛想だろうか。異性と連絡を取るなんて慣れていないしこれは多めに見てもらおう。


その後、集合場所と時間を話し合い、携帯を机の上に置いた。


やはり慣れないことはするものじゃないな。


適当なものを腹に入れ、シャワーを浴びる。


見慣れた部屋を見渡すといつもよりほんのちょっぴり広くなったような気がして

それと同時に妙に心が騒ぎ出した。



次の朝。俺は毎朝のルーティンの時間を早め、約束の時間の2時間前には出かける準備が出来てしまった。

友達と遊びに出かける時には着ないような服を着たままテレビの前に座り込む。

このそわそわした気持ちを落ち着かせようとチャンネルを変えて面白そうな番組を探してみるが気が付けば1周してしまっていた。

諦めてテレビの電源を落とし、時計を確認するとまだ14、5分しか経っていなかった。

これでは埒が明かないと、ゆっくりと待ち合わせ場所に向かった。

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「自由」と言う名の「不自由」 天野 鰯 @4iwasi4

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