ヨス爺さん
工房からさらに奥へ進むと一軒の古びた家があった。
「ここだよ」と工房の人たちは言う。
件のパンタルリンについて聞くと、工房の人たちは「久しぶりに様子を見に行くか」と全員でここへやってきたのだ。
「ヨス爺さん、居るかい?」
玄関に呼びかけるとしばらくして戸が開き、小柄な老人が出てきた。
長い白髭を生やした険しい顔をした人だった。
「何の用じゃ」と不機嫌そうに聞き返す。
「あんたのお客さんを連れてきたんだ」
「客?」
ジロリと僕を睨む。
「金持っているようには見えんが、まぁ入れ」
「邪魔するぜぇ」となぜかみんなが上がり込む。
「お前らには言っておらん! さっさと仕事に戻れ!」
「いいじゃない、ついでに様子も見に来てあげたんだから」
「余計なお世話じゃ!」
「何してんだ、早く入れよ」
「……はい」
不思議な人たちだなぁ。
絨毯の敷かれた広い部屋、このお爺さんの工房だそうだ。
壁には見たことのない工具がいくつも吊ってある。
それに布や紐……作りかけの人形?
「これって」
「パンタルリンだよ」
僕がブラーハットの村で倒した魔物によく似てる。
違うのは大きさくらい。
「触るんじゃない、それは製作途中じゃ」
「あ、はい。すみません」
「それで、何体必要なんだ? 値引きはせんぞ」
「いえ、買いに来たわけでは……」
これまでの経緯を簡単に話して聞かせた。
「パンタルリンについて探っていたらここにたどり着いたわけで……」
「あ、そうだったんだ」と工房の人たち。
そういえば説明をしていなかった。
「おかしいと思ったのよ、今時パンタルリンを欲しがる子がいるなんて」
「何だと! ワシのパンタルリンは今でもベストセラーじゃぞ! おい小僧」
ヨス爺さんが僕を睨む。
次の瞬間、吊り上がった目元がニッコリと緩み、不自然なほどの笑顔で歌いだした。
「パン、パン、パンタルリン~ 可愛い子~ 」
「え? え?」
「知っとるじゃろ? 可愛いパンタルリン。この歌はワシが作曲したんじゃよ。今でも各地を巡る行商人がこの歌を広めているはずじゃ」
「そんな歌流行っているはけないでしょ」
「お前らのような田舎者には届かん、パンタルリンは都会の貴族たちに大人気なんじゃ!」
「すみません、初めて聞きました」
「なんじゃと、小僧生まれは?」
「……北の開拓地です」
「ほれ見ろ、とんでもない田舎者じゃわい!」
ヨス爺さんは機嫌を損ねてプイとそっぽを向いてしまった。
「昔は流行ってたのよ」と工房の人がフォローをした。
「今でも流行っておる!」と反論されてしまった。
「そんなこと言って、全然売れてないじゃない。諦めて工房を手伝ってよ」
「ワシのパンタルリンはパンタルリン職人の中でも随一じゃ」
「他の職人は全員廃業しただろ」
「今でも大人気じゃ!」
「じゃあいくつ売れたか言ってみなさいよ」
「フフフ、聞いて驚け! 今月に入ってから二十体! さらに追加の依頼も来る予定じゃ」
「えええええ!」とみんな驚いていた。
「嘘だ! 帳簿には書かれてないぞ」
「嘘なものか! なんちゃら―っていう魔術師が全部買い取っていったわ。大体どうしてワシがお前らと会計を同じにしなきゃならんのだ!」
「工房は共有財産って決まりでしょ!」
「ワシの工房はここじゃ!」
喧々諤々の論争が始まってしまった。
こういう場合は何か面白いことを言って場を和ませなくてはいけない。
でも前回失敗して恥ずかしい思いをしたからやめておこう。
それより本題を伝えなければ……。
「あの、ブラーハットの村を襲ったのはパンタルリンかもしれないんです!」
論争がピタリと止んで、吹き出すような大笑いに変わった。
「ぶははは、そんなわけないだろ」
「パンタルリンに襲われる村って、あはははは」
言い争いを止めることはできたけれど、どうしてだろうすごく恥ずかしい。
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