黒魔術

急に現れた女神様にみんな唖然としていた。


 しばらくの沈黙があって、急にお婆さんが奇声を上げる。


「キェエエエエイ! 悪しき女神め! 現れおったなあ!」


 お婆さんは目にも止まらぬ速さで距離を取ると、暖炉の灰を手に取り投げつけた。


 ぼわっと灰煙が部屋に立ち込める。


「ちょっと! お祖母ちゃん!? ゲホゲホ……」


「下がっておれ、ミィ」


「うわ! 何ですか急に!?」


「女神様! 体が……」


 女神様は地上では実体を持たないはず。なのに灰が体に付着している。


「こ、これは?」


「かかりおったな! 魔女の灰は霊体を掴むのじゃ!」


 お婆さんは両手で印を結んで呪詛を唱える。


「世界に夜をもたらす者よ、深淵たる我が主よ……」


 空間が捻じ曲がるように闇が広がっていく。黒魔法だ、それもかなりの大技。


「女神様、いったん外へ出ましょう」


「こりゃ! 逃げる気が女神ぃ!」


 お婆さんを尻目に、僕は女神様の手を引いて外へ出た。



「ひどい目にあいましたね」


 僕は体に着いた灰を払い落としながら言う。でも女神様は自分の手をじっと見つめていた。


 そういえば女神様に触れたのは初めてだ。いや違うかな、たしか初めて会った時にも……。


「ロイ君」


「はい」


「ずっと気になっていたんです、髪の毛がいつもボサボサになっていて」


 女神様は僕の頭をよしよしと撫でつける。


「女神様、灰が付くのですが」


「身だしなみも騎士の務めですよ。ちゃんとブラッシングをしてくださいね。あら? なんだか少し痩せましたか? もう少しふっくらしていたような」


 今度は頬を両手で包みムニムニと揉む。


「もっと食事の量を増やした方が……え! ちょっと、こんなに痩せてしまって!」


 まるでお医者の触診のように女神様は僕の体をあちこち触って、勝手に驚いて怒って大変だった。


 そんなことをしていると、ガチャとドアが開いてミィさんが申し訳なさそうに顔をのぞかせた。


 僕はなんだか急に恥ずかしくなった。


「あの……実は、お祖母ちゃんが倒れちゃって」


「え!」



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