魔法剣士シャムーン

 ロイ君が魔女の家で強制的なお見合いを迫られていたちょうどそのころ。


 ブラーハットを出たシャムーンは一人、魔獣の残り香である魔力の痕跡を辿っていた。


 シャムーンは足元の土を手に取り、慎重に臭いを嗅ぐ。


「この方角で間違いなさそうだな。しかしこれは 混沌階層カオスレイヤードの臭いとは違う。自然発生したものではなく、やはり作為的に……」


 シャムーンの疑念は深まるばかりであった。

 

 しばらく歩いていると、急に風が騒がしくなった。木々を揺らすその騒めきにしばし耳を傾ける。


「風が危険を知らせている……誰かいるのか?」


 注意深く辺りを見渡すと、茂みの奥からこちらを伺っている怪しげな存在があった。

 真っ黒なローブで全身を包んだ人物。


「おい、そこにいるのは誰だ!?」


「チィ!」


「待て!」


 後を追い、茂みへ分け入る。


「この私から逃げ切れると思うてか! 慈悲深き神の息吹よ、我に力を貸し与えたまえ!」


 風が集まりシャムーンの体は滑空するように宙を舞った。


 そして相手を追い越し、行く手を塞ぐように着地した。


「止まれ!」


「くそっ! 精霊憑きかよ!」


 その声は若い男のものだった。


 シャムーンはすかさず腰に携えたレイピアを抜き、切先を向けた。


「無駄な足掻きはやめたまえ。この私から逃げ切ることなど、女神の愛を勝ち取るのと同義」


「…………どういうことだ?」


「不可能という事だッ!」


 目にもとまらぬ速さで接近したシャムーン、そして真っ直ぐにレイピアの突きが放たれる。

 

 刃は男の肩を微かに切り裂いた。


「ウッ……早い」


「安心したまえ、命までは奪いはしない。だかこれ以上痛い目を見る前に自白するべきだ」


 男は苦悶の表情を浮かべる。


「くそ! そういう事かよ……あの野郎、全部俺のせいにするつもりか!」


「あの野郎? 待ってくれ、詳しく事情を」


「そうはいくかよ! 俺にだって意地があるんだ!」


 男は小さな布袋を取り出して、中に詰まったキラキラと輝く粉のようなものを手や顔に塗りたくった。


「打ち鳴らすは鋼鉄の鐘、我が身は刃、我が身は盾。神殺しの名に相応しき体を!」


 バチバチと青い火花が散った。男の肉体が金属のような色合いに変化していく。


「これは練成魔術エンチャンター能力スキルか!?」


 フー、フーと荒い息遣い。ローブを脱ぎ捨てた男の体は全身が金属で覆われたような人間離れした姿になっていた。


「砕いた魔石を媒体に肉体を変化させたのか。しかしこちらも負けてはいない。この白銀のレイピアはスーリ神字により強化されている。ガルゴン族の盾すら容易に突き通すぞ。さらに言わせてもらうと……」


「ウオォォォ!」


 男は近くの木に抱き着くと、両手で思い切り締め付けた。


 バキバキとすごい音を立てて木が圧し折れる。


 緩やかに頭を垂れた木はシャム―ンめがけて倒れ掛かってくる。


「フッ……」と余裕の笑みを浮かべシャムーンはひらりと交わした。


「この私を相手にそんな攻撃、崖に身を投げてから罪の懺悔を始めるようなものだ」


 ドーンと倒れた木が大きな音を立てた。


 しかしその場に男の姿はもうなかった。一瞬の隙をついて逃げおうせたらしい。


「つまり……遅すぎるということだ……」


 シャムーンの声がむなしく響いた。


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