人里離れて




「おかしいな、方角はあっているはずなんだけど……魔物の気配はないな」


 鳥が鳴いて、木の上で小動物が木の実をかじっている。すごく平和だ。

 魔物が近くに居たら、臆病な動物はみんな逃げてしまうのに。


 山道を外れてまっすぐ進んだのが間違いだった。

 元の場所にも戻れない。

 どうしよう……。


 女神様に連絡を……いや、怒られそうだ。自力で何とかしよう。


 ガサガサと茂みを分け入って進むと、別の道へ出ることができた。


「やった!」


「おや?」


 急に声がしたから一瞬身構えてしまったけれど、杖をついた小柄なお婆さんだった。


「どうしましたかなこんな場所で?」


「えっと、道に迷ってしまって」


「それは、それは。ご苦労なすったようで。我が家に近隣の地図がございますので、ささ、こっちですじゃ」


「は、はい。ありがとうございます」


 地図があれば帰り道も分かるかな。それにしてもこんな山奥に住んでいる人がいるなんて。


「ヒヒヒ、もうすぐですよ」


「はい」


 しばらく小さな山道を進むと、石造りの大きなお家が見えてきた。


 かなり古いみたいで屋根に草が生えていたり、半分土に埋もれていたり、大きな木が寄りかかっているみたいに見える。これじゃまるで――――。


「魔女の家みたいですね」


「イヒヒ、その通りですじゃ」


「え?」


「ワシら魔女の一族でございます」


 お婆さんはニッコリほほ笑んだ。


「ささ、お疲れでしょうから入って下され」


「あ……えっと……」


「さぁさぁ遠慮せずどうぞどうぞ!」


「ぼ、僕は、あの」


「つべこべ言わずに入りんしゃい!」


 半ば強引に引きずり込まれた。


 家の中は思ったより綺麗だった。

 不思議な道具がたくさんあって本当に魔女の家って感じだけど。綺麗に配置されている。


「おーい、ミィや。ちょっと降りてきなさい」


「なーに? 忙しいんだけど」


 女の子の声だ。


 トントントンと階段を下りてくる足音。

 髪の短い女の子が顔を出した。


「道に迷われた方が居りなすってな、地図があったじゃろ」


「地図? そんなものあったかしら。私しらないわよ」


「そっちの棚かどこかに入っておるじゃろ。探してみんしゃい」


「えー、なんで私が」


「はよせい!」


 急にお婆さんが怒鳴って、その子はしぶしぶ下まで降りてくると部屋の隅にある棚を調べ始める。


「あれは孫娘のミィといいますじゃ。村の仕来りで今は髪を短くしておりますが、まぁ髪なんてものはすぐに伸びますからね」


「は、はぁ……」


「そういえばまだお名前を聞いてませんでしたな」


「ロイ・イクスと申します」


「ロイ様ですな、いやあ、良いお名前ですこと……歳は?」


「え?」


「年齢はなんぼでしょうか?」


「も、もうじき十六に……」


 お婆さんはパンと手を叩いた。


「それはそれは! うちのミィは十三歳です。これくらいの年の差なんて誤差のようなもの、いやむしろ男女中にはこれくらいの差があった方が……」


 お婆さんはなんだか楽しそうに話を続けている。

 でもさっきから一体なんの話をされているんだろう?


「ねーお祖母ちゃん。やっぱり地図なんてないみたいよ」


「いつまでやっておるじゃ、お客様じゃぞ。お茶の一つも入れたらどうじゃ!」


「もう! なんなのよ」


「すみませんねぇ、まだまだ子供で。でも気立ての良い子でねえ、村でも評判の美人なんですよぉ。どうです? そう思いますでしょう?」


「は…………はい」


「そうでしょう! それはよかった……ちなみにお生まれはどちらですかな?」


 おかしいな、地図を見せてもらいに来たのに。

 これじゃまるで……。


「ご両親様はご健在ですかな? 見たところ剣士様のようですが収入は……いえいえ、私どもには代々続く家業がありますから、その点はご心配なく」


 どうしよう…………。


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