解放の時

「火を絶やすな!」

「あの野郎どこに隠れやがった!」

 暴れまわるリガスルが蝋燭を軒並み倒したせいで辺りが薄暗くなった。

 わずかに残った蝋燭を火種にかがり火を作った。


 不気味に静まり返る場内。

 微かに声が聞こえる。


「玉座の裏だ」


 じりじりとにじみ寄って、明かりをかざし武器を構えた。


 醜い巨体は収縮して、小さな影の塊のような姿になっていた。

 膝を抱えてすすり泣くような人影。幽霊と呼んだ方が的確かもしれない。


「止めを刺せよ」

「お前がやれよ」

「いや、その前にこれ。触れないぞ」

 剣の刃先で突いても感触が無いようだった。


「どうする?」

「どうするったてオメ―、どうすんべ? ハロース」

「……おい、ダリー。その女使えるか?」

「無茶をいうな、ケガ人だぞ」

「平気よ……」

「スクラファさん、気が付いたかい」

「私がやるわ」

「しかし……」


「手伝います」無理に立ち上がろうとするスクラファさんに肩を貸した。

「ありがとう。ダリーこの子お願い」

「な、ないだいこりゃ! うわわわわ」


 サラマンダーを手渡されたダリーさんが震えだした。

「ぴぃ」

「ひぃぃ!」




 玉座の裏で泣く亡霊を見て、スクラファさんは何を思うのだろう。

 スクラファさんは聞き取れないくらいの小さな声で何か呟くと、その後に「ここよ」言ってと天を仰いだ。

 すると周囲が急に明るくなり、まばゆい光が差し込んだ。その中に一人の女神が現れる。

 ポートを開いたのか、あれ、ひょっとして。


「皆様の献身に感謝します。私は女神アーネ、トレニアス騎士団を守護する者」

 あぁ、これはまずい……。


「フフフ、ロイ君はそこから一歩も動かずじっとしていてください。後ほどしっかりお話ししましょうね?」

「はぃ……」


 言葉の圧力がすごい。怒ってますよね、当然。


「スクラファ、本当に良いのですね?」

「ええ……力を貸してちょうだい」


 女神様とスクラファさんは目を閉じ、祈りを捧げる。


 ――姿なき混沌の連鎖に終焉を、光の断罪により秩序カタチを取り戻さん――


 浄化の光。

 立ち込める霧を晴らし、ダンジョンが消えていく。

 捕らわれていた者たちも、元凶となったリガルスの魂も、ようやく解放され安息につくだろう。


「ちょっとズルになってしまうでしょうか?」

 女神さまが苦笑いをした。

「もとから私にやらせるつもりだったのだから問題ないでしょう。それに今の私は人間みたいのものだし」

「……戻ってくることもできると思うのです」

「それは無理よ」

「どうしてですか、きっとお許しが」

「私はまだ……」


 スクラファさんが言いかけた時、急にギルドの人たちが騒ぎ始めた。


「女神だー!」

「急げ! 宝を奪われるぞ!」

「宝物庫は地下だ、欠片一つでも騎士団に渡すな!」

 ドタドタと走り去っていく。


「な、なんですか! 取ったりなんてしません。まったく失礼な」

「まぁ、人間なんてあんなものよ」

「もう、ロイ君はしっかり調和を重んじて……ロイ君?」

「連中に紛れて逃げたわよ」

「え!?」

「あんた嫌われてるんじゃないの?」

「そんなはずないです! まって、ロイくーん」

「………………やれやれ、アーネは行ったわよ」

「……すみません、ありがとうございます」

「わざわざ隠れなくても」


 僕はどさくさに紛れて石柱の裏に身を潜めていた。


「アーネのこと嫌い?」

「まさか、女神様は命の恩人です。ただちょっと怒られるのが……」

「ホント、変な子ね」

「……すみません」

「ああああ! スクラファ様。これまでの無礼なんとお詫び申し上げればよろしいでしょうか」

「やめてよダリー、女神なんてとっくの昔に引退したんだから」

「でも女神様は戻れるって」

「それは無理」

「どうして?」

「あなたにはまだ分からないでしょうね」


「フフフ」とスクラファさんは微笑んだ。


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