大乱闘

「ウォオオオ!」

 僕は叫ぶ、弱い自分を奮い立たせるため。

 ほとんど捨て身の攻撃になる、その恐怖に負けないように。

 リガルスは悠然と剣を構える、僕を一撃で沈めるために高く掲げた。

 距離が縮まる、僕の意識が鎧の胸部に開いた穴に集中していく。


 ――しかし、彼はあくまで虚勢の王だった。


 あと一歩というところで、視界に真っ黒な何かが飛び込んでくる。

 次の瞬間、僕の体は弾き飛ばされ石柱に激突した。


「グゥ! ハァ、ハァ……」

 息が出来ない、落ち着け、ゆっくり呼吸を整えろ。

 何が起きた? 何かが伸びて……。


 リガルスの千切れたはずの左腕がうねうねと波打っていた。

 バリッと鎧にヒビが入る。


 ビキビキ、バリバリ。


 内側が膨張するように鎧が、剥がれ落ちていく。


 ”彼はもう人間ではない”

 言葉の通り、ずっと前から形を失っていた。

 巨大な鎧に身を潜め、人間を装っていたのか。


 それは巨大な臓器か、夜の海を漂う不気味な軟体動物のようだ。

 伸縮自在、決まった形を持たない寄せ集めの怪物。

 しいて言うなら腐肉のスライムだ。


「オォォォォォ!」

 ギュルルルと不気味な音を立て、身をよじり、触手のような部位を形成すると鞭のように攻撃をしてくる。


「早い!」

 ギリギリの回避、石柱が砕け散る。


 痛みが、体の奥がやられているみたいだ。

 まだ、まだ動け。 


「ぴぅぅ……」

「サラマンダー!?」


 剣から加護の力が消えていく、輝きが失われると刃は砕けてしまった。

 この剣はただの量産品、ただでさえさっきの戦闘でダメージが蓄積していたのに、無理に加護を宿したせいで……。


 にわかに下の階が騒がしくなる。

 入り口の結界が効力を失って表のアンデット兵がなだれ込んで来たのか……。

「時間切れ…………」

 万事休すだ。

 できることといえば、最後まで戦うこと。

 もう叫ぶ気力もないけど、精一杯の虚勢を張って剣を構える。その剣でさえボロボロだ。


「ごめんない、女神様。助けていただいたご恩は死んでも忘れません」


 ギュルギュル、ギリギリ身をよじり体中に触手を作り出す、その中心に巨大な目玉が現れギョロリと僕を見下した。


「来い! リガルス!」最後の強がりだ。


 四方八方から飛び込んでくる触手の鞭。


 避け切れない、受けきれない…………それでも僕は!



 バァンッ!



 聞き覚えのある破裂音。

 伸びた触手が一瞬で縮こまった。

「よう、いい様じゃねえか」

「ハロースさん!?」


 幻かと思った、クラックガンを構えたハロースさんが……。


「気に食わねえ女を黙らせてくれてありがとうよ、後はもっと気に食わねえテメェを黙らせるだけだ」


 バンッ! バンッ!


 弾丸がリガスルに食い込む、でも大したダメージではないはず。それなのに触手で全身を守るみたいに包み込んでいる。

 まさか音に怯えているのか?


「おい、ハロース! 宝はどこにあるんだ?」

「早くしねえと騎士どもが来ちまうよ」

「おいなんだそのバケモンは!?」

 ぞろぞろとダンジョンスレイヤーの人たちが入ってくる。どうなっているんだ?


「アレがここのダンジョンマスターだ。最初に決めた通り報奨金は全ギルドで山分け、宝は早いもん勝ちだ!」

「ウォォ!」と勇ましい掛け声で一斉にリガルス向かっていくスレイヤーの人たち。

「どうして……?」

「近づこうとすれば遠ざかる、仕掛けさえ分かればこんなもんよ」


 ハロースさんは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 入り口での会話を聞いていたのか。


「そこで大人しくしているんだな、こっからはギルドの略奪戦だぜ!」

 クラックガンを投げ捨てて、短刀とハンドアックスに持ち替えてハロースさんも立ち向かっていった。


「……かっこいい」

「あんた、大丈夫かい」

「ダリーさんまで」

「あいつらに荷物持ち押し付けられたんだ。これ飲みな、特性ポーションだ」

「僕より、スクラファさんに」

「あぁ! なんてこった! ポーションはいっぱいあるから飲んでくれ。スクラファさんは俺がなんとかすっからよ」

「……はい」


 冒険者御用達の特性ポーション。

 いくつもの生薬を魔法で凝縮させた即効性の回復薬。

 便利なのに一般には普及していない。

 なぜならば……。

 

「ゴクリ……オゥエ!」


 恐ろしく不味い。

 飲み込めず吐き出してしまうからなかなか回復しない。即効性が台無しだ。


 何よりも過酷なポーションでの回復を試みながら、戦いを見守っていた。

 いざとなれば直ぐにでも参戦しようと思っていたけど、様子がまるで違う。


 武器を持ったダンジョンスレイヤーたちがリガルスを追い回しているのだ。

 巨体を引きずるようにして、四隅や壁、天井を這い回っている。

 リガルスが怯えているんだ。

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