罪深き女神

トリアス騎士団は人間同士の戦争に介入しない。

 それはアルトランド紛争の時も同じだった。


 巨大な一国が王家の愛憎劇により分裂と統合を繰り返し、多くの血が流れたとしても。

 女神だった私に直接指令が下ったのはそんな時だった。


「アルトランド主国アンバーに深淵と盟約を交わした者がいます。しかし騎士を送るわけにはいきません。あろうことかその者は、現国王のリガルスなのです。あなたが直接出向き、彼を正しき道に導いてあげてください」


 私は人間が嫌いだった。

 不合理で独占的で、救うことなど出来るはずがない。そんな風に考えていた。

 まして欲望に任せて闇の力を手にするような、身勝手な人間なんて……。


 そんな私が彼を愛してしまうなんてね。


 初めて会ったのはちょうどこの部屋、王の間だった。

 彼は玉座の後ろに隠れて、子供のように泣いていたわ。

 そう、欲望にまみれた人間とは真逆の人だった。

 優しくて、賢くて、繊細で、とにかく臆病な人だったの。

 想像できる? 尊敬する父親が死んですぐ身内同士の殺し合いに参加しなくてはならなくなった彼の心が。

 自分の命令一つで、仲間たちを死なせてしまう恐ろしさが。

 優しすぎる彼の心はもう限界だったの。

 それでもみんな彼を慕い、指示を仰いだわ。

 だから彼は誰にも弱さを見せるわけにはいかなかったの。


 立派な王様でいなくてはならない、切なる願いがやがて現実から乖離かいりして混沌への扉を開いてしまった。


 私は城に留まり、彼が闇の力を手放せるように可能な限りのサポートをした。

 私たちは何でも言い合える仲になり、お互いに心惹かれていった。

 そのせいで私は女神の称号を剥奪されて多くの力を失ってしまってけれど、なんの後悔もなかったわ。


「もう誰も失いたくない、スクラファ、君もずっと僕のそばにいてくれ」

 嬉しかった、幸せだった。でもそれが間違いだったの。


 戦況が悪化すると彼は自ら前線に出向いた。人ならざる力で敵を圧倒して勝利を収めた。

 虫も殺せないような優しい人だったのに。


「みんなを守るためはこうするしかない。僕はなにより君を失うのが怖いんだ。どうかわかってくれ」

 私の制止を聞かず、彼は進軍を続けた。

 彼は私の同行を許してはくれなかった、だから私は城で彼の帰りを待ち続けた。

 隣国を打倒し帰還した彼は、もう別人になっていた。彼に従う兵士たちまでも闇の力に染まっていたの。


 黒騎士の話を覚えている? あとはあの話と同じよ。

 でも結局、私は彼の命を奪うことはできなかった。

 完全に封印できなかったのも、きっと、彼を失いたくなかったから。

 この土地から離れられなかったのも同じ。

 全部私のせいなの。 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 もう、終わりにしたいの。


 どこまでも身勝手な私を許して。

 

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