王の間

スクラファさんは良い人だ。

 でもあの酒場で出会った時から妙な違和感があった。

 僕はあまり人と関わり合いを持たないから、そういう人もいるんだなと思って勝手に納得していた。

 間違いだった。

 もっと早くに気づくべきだった。

 スクラファさんがこのダンジョンの特性を忘れるはずがないんだ。

 あの人は最初からこうするつもりだった。


「僕は早く外に出たい! 僕はここから逃げたい!」


 大声で叫びながら階段を駆け上がった。


「スクラファさん!」


 王の間。

 何百という蝋燭の光が照らす異形の特異点。

 王座に構えるのは大きな鎧に身を包んだ、リガルス王。

 長い月日を経て、何もかもが色あせ朽ちていく、それは王の姿も同じだった。

 そして、スクラファさんが王の前に立ちはだかる。


「待ってください!」

「……ごめんね。こればっかりは自分の手でケリをつけたいの」


 王の間の入り口に見えない壁のようなものがあって中に入れない。


「結界? サラマンダー、お願いだから結界を解いて」

「ぴいぅ」

「君じゃない? それじゃ……誰が」


 スクラファさんの掌がキラキラと輝き始め、集まった光はやがて一振りの短刀を形成した。


「光の魔法……それにあれは、絵画の黒騎士と同じ剣」

 この結界もスクラファさんが? 出来の悪い僕の頭では処理が追い付かない。


「オォォォォォ……」

 リガルスはまるで洞窟を吹き抜ける風のような声を上げ、玉座から立ち上がる。

 そして巨大なメイスと鋭く長い王の剣を両手に構えた。

 わずかな動きでも分厚い鎧が錆と埃を落とし擦れ合い酷い音がする。

「もう、言葉すら忘れてしまったのね……」


 二人は向かい合い、僅かな沈黙の後にスクラファさんが先に仕掛けた。

 飛び込むように相手の懐目指して一気に距離を詰める。

 間合いに入ったところでリガルスはメイスを振り下ろした。しかしこれは明らかに誘い込みだ。スクラファさんは僅かに方向を変え、攻撃を避ける。

 メイスの一撃は床石を砕くほどの威力だった。

 屈強な兵士でも持ち上げるのがやっとと思えるくらい規格外の武器だ。

 それを小枝でも振るうように容易く使うリガルスはやはりもう人ではない。

 剣の突きを短刀でいなし、軽い身のこなしでリガルスの腕を足場に飛び上がり、相手の心臓めがけて短刀を突き刺した。

 短刀は難なく朽ちた鎧を貫いた。

 まるであの絵画の再現みたいだ。


「オォォォ……」

 巨大な二本の武器が地に落ち、リガスルは力なく膝を着いた。


「もっと早く、こうするべきだった……」

「スク……ラ……ファ……」

「私が分かるの?」

 ゆっくりとリガルスはスクラファさんに手を伸ばす。スクラファさんはその手を取り涙を流した。


「ごめんなさい……あなたを開放するには、こうするしかないの」

 鎧の合間から闇の粒子が抜け出ていく、光の短刀が浄化を始めたのかもしれない。

「ごめんなさい……」


 スクラファさんの悲しげな声が響いた――――――――。

 

 しかし、まだ終わりではなかった。

 リガルスの手がスクラファさんの首を掴む。そして立ち上がると力任せにつるし上げた。

「ぐっ……ああ!」

「スクラファさん! 今すぐ結界を解いてください!」


 リガルスは自分の胸に刺さった短刀を引き抜き…………スクラファさんに突き刺した。

 その瞬間、時間が止まってしまったような気がした。

 心の奥に強い衝撃が走る。

 こんな思いをするくらいなら、やっぱり僕は一人が良い。

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