デリーの酒場
広い店内に女性が一人だけ。
こちらに背を向けてワインを飲んでいるみたいだ。
良かった、すごく空いてる。
「すみません、食事をしたいのですが」
するとカウンターにいる店主がじろりとこちらを見て、吐き捨てるように言う。
「悪いけど、今夜は貸し切りなんだ」
「そ、そうですか……」
残念。誰もいないのはあの女性が貸し切っていたからなのか。
「あら、いいじゃない。入れてあげなさい」
とてもきれいな声で女性が言う。
「あんたが良いって言うなら構わねえけどよ、坊主、こっち座れ」
コンコンとカウンター席をノックした。
「ありがとうございます」と彼女の背中にお辞儀をして席に着いた。
「メニューなんて気の利いたもんはないからな、勝手に作るぜ。さっさと食って金置いて行けよ」
「は、はい!」
ほんの数分で料理が出てきた。 肉片のステーキに潰れたパン、煮込み過ぎてコゲの交じったシチュー。
迷惑にならないよう、早く食べて行こう。討伐も早くしないと騎士達が集まってきてしまう。
「あむあむあむ、うっ……お、美味しい!」
「え……そうか?」
じわりと涙が滲んだ。
「あったかい食事なんて久しぶりで、うれしいです」
「へぇ、ずいぶん苦労してるみてぇだな。いつもは保存食か?」
「草です」
「くさ?」
「はい、お腹が減ったら食べれる野草を探して歩きながら食べてます」
「…………」
「このステーキ色んな味がしますね、どれも食べたことないお肉の味です。パンも噛み応えがあるし、ほろ苦いシチューも初めて食べました。こんなにおいしい食事は本当に久しぶりです! ありがとうございます」
「……そうかい、まぁゆっくり食べな」
店主さんはぶっきらぼうな態度でしたが、本当は優しい人なのかもしれません。
「ほらよ」とホットミルクをサービスしてくれました。
「邪魔するぜぇ!」
大きな声が響きました。
男の人たちがぞろぞろ入ってきました。
「おいおい、今夜は貸し切りだぞ」
「うるせえ、黙ってろデリー。俺たちはこの女に用があるんだ」
「もう行きな、ハロースに目を付けられる前に」店主のデリーさんは声を潜めて言います。
「じゃあ、支払いを」
「いらねえよ、残り物出しただけだ。早く帰りな」
「そうはいきませんよ、美味しいものを頂いたのですから」
「わからねえガキだな! さっさと帰れ」
「おい、何をごちゃごちゃ言ってやがんだ!」
「な、なんでもねぇ。ただちょっと支払いでもめてな」
「払いますよ!」
「いらないって!」
「うるせえ!」
ハロースという人が怒鳴った。
僕とデリーさんは顔を見合わせて黙った。
服装を見る限りダンジョンスレイヤーの人たちだろう。
みんな同じ紋章を付けているからギルドってやつなのかな。
「よう、スクラファ。やってくれたな」
「あら、なんのことかしら」
「とぼけやがってこの女。お前の占いのせいで仲間が五人も死んだんだぞ! どう責任取ってくれるんだ!」
バンッと机を叩いで脅すような態度をとる。
これは良くないと思って間に入ろうとするとデリーさんに肩をつかまれた。
やめておけということだろうけど。でも……。
「私が占ったのは宝の在り処よ、犠牲の出ない方法じゃないわ」
スクラファさんは動じる様子もなく、ワインを飲んだ。
「宝はあったのでしょう?」
「そういう問題じゃねえ」
「はい」とスクラファさんは手を差し出した。
「後金を払う約束よね?」
「てめぇ、この期に及んでまだ言うか」
「構わないわよ、払わないと言うなら。でもあまり私を見くびらないでほしいわね」
急に店内が寒くなった。ポコポコと変な音がすると思ったらホットミルクが沸騰していた。
「熱っ!」誰かが叫んだ。
みんな大急ぎで剣やアクセサリーなどの金属を手放す。
「スクラファさん、やめてくれ。店が燃えちまう!」
デリーさんがそう叫ぶと、「あら、失礼」と事もなさげな返答があって、異変は元に戻った。
ハロースさんたちもすっかり大人しくなってしまったようだ。
「見ただろう、あの人なら平気だ。どうしても金を払うってんなら受け取るから、ケガしねえうちに帰りな」
「……はい」
驚いた、魔法が使える人だったのか。
「すみません、これしか持ってなくて、でも価値のあるものなので……」
「ん? これって……おい! これは!?」
みんなの視点がデリーさんへ向かう。
「トレニアス金貨じゃねえか!?」
「金貨だぁ?」
ハロースさんが僕を睨んだ。
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