第一章【虚勢の王、リガルス】

お使い猫

「ロイ君待つにゃ」


 あてもなく歩いていると急に呼び止められた。

 聞き覚えのある可愛い声。

 小さな足でトコトコ駆け寄ってきたのは一匹の黒猫。


「バッキ―、待ってたよ」

「あんまり期待されるのも辛いにゃ、オレはただのお使い猫だからにゃ」


 どこからともなく現れる言葉を話す黒猫、バッキ―。

 いつも本部からの伝令を届けてくれる。


 腰を下ろせそうな場所を探して座るとバッキ―は膝に乗ってきた。


「ご主人からの伝令にゃよ」

「ありがとう」


 首輪に付いたポーチから書状を取り出す。


「なんて書いてあるにゃ?」

「討伐依頼、虚勢の王リガルス……場所はアルトランド北西、ミット古城群。ここからじゃかなり遠いな」

「心配しなくていいにゃ、ばれないようにオレがポートを使って近くまで送り出してやるからにゃ」

「ごめんね、かなり魔力使わせてしまうね」

「心配すんにゃ、魔力はご主人持ちだからにゃ」

「バッキ―のご主人様って本部の人? 会った時にお礼を言いたいんだけど」

「それは言えない契約だにゃ。でも気にしなくていいにゃ、ご主人だって好きでロイ君を 贔屓ひいきしてるからにゃ」

「そうなの?」

 

 誰だろう、僕の知っている人かな。


「さあ、そんなことよりしっかり撫でるにゃ。オレはリラックスしてないと魔法が引き出せないからにゃ」


 それはたぶん嘘だろうけど、可愛いから撫でる。

 ふわふわもふもふ、気持ちいい。


「ところでロイ君いつも軽装だにゃ、野営するときどうしてるにゃ?」

「僕、野営しないんだ。夜通し歩いてる」

「にゃに!?」

「簡単な回復魔法が使えるから、疲れたり、眠くなったりしたら少しずつ回復してる。そうでもしないと距離稼げないからね。他の人は馬で移動してるわけだし」

「にゃはは、やっぱりロイ君は頭おかしいにゃ」

「……そうかな」

「人も馬も怖いのかにゃ?」

「別に……馬は怖くないけど」

「乗馬訓練する前に脱走したから乗れないだにゃ?」

「……うん」

「にゃははは」とバッキ―は悪魔みたいに笑う。

 


 僕はリガルスという名前には聞き覚えがあった。


 可哀そうな十一人の王様。

 有名な御伽話だ。

 その十一人目に登場するのが見栄っ張りな王様、リガルス。


「でも最後はみんな心を入れ替えて、幸せに暮らしましたって」

「それは寓話にすぎないにゃ、現実は上手くはいかないものにゃ」


 古代アルトランド紛争、実在した王たちの歴史。

 全部話すと三日はかかるくらい、複雑で愛憎に満ちた物語。


「リガルスは父親に似て優秀だったらしいがにゃ、若すぎたんだにゃ。私欲に溺れて 混沌カオスに堕ちたにゃ」

「大昔の人でしょ? どうして討伐依頼が」

「まだ生きてるからにゃ、生きてる、って表現は間違いかもしれにゃいけど。大昔に女神が城ごと封印したせいで一帯のダンジョン化が進行し続けてるにゃ」

「バランスが崩壊しかかっているということだね」

「そういうことにゃ、やっぱり女神は馬鹿だにゃ。にゃははは」


 ダンジョンの中で人は死なないと聞いたことがある。

 肉体と魂は捕らわれ、アンデットとして彷徨い続ける。

 ダンジョンが広がり続ければ死よりも酷い目にあう人が増えてしまう。 


「行こう、世のため人のため!」

「ロイ君カッコいいにゃ! そんなカッコいい姿見たらオレはうっかりポートを開いてしまうにゃ、協力するわけじゃ無いにゃ、か弱い使い魔のうっかりミスにゃ」

「じゃあ、よろしくおね―――――」 

 

 バッキ―は僕の足元にポートを開いた。

 僕は真っ逆さまに落っこちる。

 

「うっかりにゃ」

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