第17話 虎の尾を踏む①
虎の尾を踏む。
極めて危険な行為の例え。
この都市には絶対に怒らせてはならない個人が二人いる。
一人は最強の適合者である
そしてもう一人は……。
虎は六本になった腕を振り回し、目に映る建物を破壊していた。
居住区には逃げ遅れた人々がまだ沢山いる。
それを承知で。
否、だからこそ力強く彼は破壊した。
そこに住む人々を殺す為に。
そこには都市の真実なんて知らない善良な人々も多いだろう。だとしても、知らなくても。いや、知らないからこそ。能力者を犠牲にしてその生き血を糧に裕福な暮らしを享受している人々が許せなかった。
虎はスラム街で生を受けた。
スラム街にある娼館街、そこの娼婦が客相手に身籠った子供。それが虎だった。
なんの気紛れか、娼婦は赤子をおろさずに産んで育てた。
そして幼い虎を残して性病で亡くなってしまう。
残された虎は娼館で働き、そして将来は男娼で働くことが決まっていた。
冗談ではない。
尻の穴に異物を突っ込まれてまで長生きしようとは思わない。それならば死んだ方がマシだ。
彼は娼館街の従業員を殺し、脱走した。
それが彼の人生で初めての殺人で、僅か十歳の頃の出来事である。
盗みで食い繋ぐものの、そう長いこと上手くいく筈もなく。飢えて死ぬ運命が待っていた。
空腹で一歩も動けない彼を拾ったのは優男だった。
「君は良い目をしているね」
そう言って虎を肩に担いだ優男はアカシという男で。
彼を連れ帰り、飯を食わせて風呂で丸洗いし。
戦う力を学ばせて。
気付いたら、虎は虎という名前を与えられて銀翼の主戦力になっていた。
虎になる前の名前はもう忘れてしまった。どうでもよい記憶だ。覚えておく脳味噌の容量がもったいない。
銀翼の戦闘員には白銀と灰蜘蛛という驚異的な二人組がいた。
他を圧倒するその強さは誰も勝てないことは明らかで、戦闘力のみで組織をのし上がるのは不可能だと思い知らされた。
とくに白銀の強さは常軌を逸している。
勝とう。並び立とうというのが馬鹿らしくなるレベルだ。
故に虎は知識をつけようと思った。
智謀で優れれば自分は上を目指せると思ったのだ。
しかし、それも優れた者が既にいた。
白銀の相方である灰蜘蛛。そして最近組織に入ってきた梟。
どうすれば自分は幹部になれるのか。
一生下っ端で人生を終えるのか。
それは嫌だった。
智謀を磨こうにもどうやら自頭が良くないらしく、無駄な努力だということが分かった。
強さは組織内でも上位に入る実力を手に入れた。
手に入れたが、最強である白銀とはやはり比較するのがバカバカしいほどの差がある。
灰蜘蛛にさえも劣っていた。
それでも愚直に腕を磨いた。
それしか虎にはなかったからだ。
誰にも望まれずに産まれて。
気紛れで育てられて。
放り出された世界は冷たく。
娼館では人として扱われなかった。
いずれ男娼として働く雑用は商品ではあっても人間ではなかったのである。
そんな自分を人間にしてくれたアカシに恩返しがしたい。
家族として迎え入れてくれた組織に、暖かくて優しい銀翼に役立てる男になりたい。
その一心で努力した。
それでも強さの壁は越えられない。ある程度までは努力でたどり着けるが、白銀のいる頂。その領域には全然近付けている気がしない。
そんな頃だ。
虎が彼女に出会ったのは。
彼女は不思議な少女だった。
スラム街で育ったとは思えない上品な言葉遣いと身なり。
美しい容姿に似合わず虎でさえ手を焼く強さを持った能力者。
スラム街にたまに顔を出すものの、野良の能力者ではなく。都市部で管理登録されている能力者だ。
彼女の名前は
麦わら帽子と白いワンピースの似合う、金髪の少女だった。
「どうして貴方はそんなに強くなりたいの?」
「俺を救ってくれた人に恩返しがしたいからだ」
足まで届きそうな長い髪の毛を指で遊びながら、紫苑は言う。
「でもそんなに強くないわねー」
「……っ」
虎は言い返そうとするが、言葉に詰まる。
実際に虎は一度として紫苑に勝てた試しがない。彼女も本気で虎をどうにかしようと思っていない為、決定的に負けた訳ではないが。力で屈服させられない相手が存在することは虎にとって敗北と同義だ。
つまりは紫苑は自分より強いと虎は評価している。
そんな相手に弱いと言われればそうだと黙るしかない。というのが虎の考え方だ。
「逆に聞かせろ、お前はなんでそんなに強い?」
「ふふふ……。知りたい?」
「ああ、知りたい。俺は強くなりたいんだ」
「簡単よ。虎よりも努力しているから」
そうは見えない。
「疑ってるわね?」
「正直に言えばそうだ」
「白鳥って見た目麗しいのに水面下では必死に足を動かしているのよ?」
「はくちょうってなんだ?」
聞いたことがない。
「あー、そっか。スラム街にはいないし、知る機会もないか。知ったところでここでは役に立たない知識だものねー」
「おい一人で納得するな」
「例え私が優雅で余裕に見えようとも、見えないところで死に物狂いで努力しているってこと」
「……俺の努力が足りないってのか?」
「そんなの分からないわ。貴方がどれだけ努力しているかなんて私知らないもの。ただ私の方が強いなら、努力の質と密度は遥かに私の方が上ってことは間違いないわね」
「もっと分かりやすく言ってくれよ。俺は馬鹿なんだ」
紫苑は溜息を挟み、子供を諭すような声色で続ける。
「つまりは貴方の努力は下手くそなのよ。効率が悪い。結果が出ない努力は無駄な努力。非生産的ね。無駄な時間ご苦労様」
「お前はなんでそんな傲慢で上から目線の皮肉屋なんだ」
「性格よ。諦めなさい」
「……クソ女め」
「クソ女で結構。どうせ長生きしない人生だしね。自由に生きるわよ」
紫苑はいつも達観したような雰囲気で自分は長くないと言う。
こんなクソ生意気で元気な女がそう簡単に死ぬとは虎には思えないが。
「スラム街で能力を鍛えるって実戦は簡単に経験出来そうだけど、能力開発を研究している人なんていないものね……」
「何が言いたいんだよ。お前が何を言っているのか俺にはよう分からん」
「
「がーでん? なんだそれ」
「貴方が知る必要はない場所よ。知らないなら、関わらないならそれに越したことはないわ」
「でもそこに行けば強くなれるんだろ?」
「間違いなく強くなれるわね」
「ならっ」
虎の口を人差し指が封じる。
紫苑の華奢で美しい指だ。
「でもあそこに行けば絶対に後悔する。貴方のその銀翼っていう家族にはもう会えないし、恩返しも出来ない。待っているのは不自由な死だけよ」
「……なんなんだよ、分かんねーよ」
虎は吐き捨てる。
紫苑の言うことは全然分からない。
分からないが、何故か不思議と説得力はあった。
「ついでにもう一つ聞いていいか?」
「答えられることなら」
「お前は白金よりも強いのか?」
「そうね……。貴方の話を聞く限りだとその白銀って人は私よりも強いわね。それも圧倒的に」
「お前でも勝てないのか」
「貴方の話に嘘がなければ彼は扉を開いてる」
「扉?」
「ああ大丈夫、貴方には一生縁のない話だから」
「いちいちムカつくなお前っ!!」
「扉を開いて掌握者となって長いでしょうね。恐らく、到達者の手前まではいくでしょう」
「だからなんの話だよ!!」
「扉を見れる程度の私では相手にならないって話よ」
紫苑は肩をすくめて立ち去る。
「おい、話はまだ終わってないぞ!!」
「残念。時間よ、
彼女はそう言って立ち去ってしまう。
気付けばいつの間にかいて、そしてふらっと消える。
それが紫苑という少女だった。
もう人生終わりだと思ってたけど、一目惚れしたのでもう少しだけ頑張って生きようと思います。 とーご @mizu313318
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