第14話 銀の翼とAXL

 灰蜘蛛はとある高層ビルの屋上で降り注ぐ化物を眺めていた。

 計画の第一段階は順調な滑り出しである。

 潜入させていた雨宮は計画通り外殻の破壊に成功したらしい。外殻は復旧困難な状況に陥っていることだろう。

 外殻設備には雨宮の手引きで銀翼の部下を配置している。

 そもそも復旧するにはその部下を倒す必要があるので、化物から都市を守る人員で手一杯で守護者ガーディアンにそこまでの余裕はないだろう。

 それでも優先すべきは外殻の復旧だ。市民を犠牲にしてでも戦力を割くべきだが、その判断を素早く的確に出来る頭は都市部にはない。誰だって責任は取りたくないのだ。それが致命的な都市部の弱点である。

 手足は優秀でも。

 頭は致命的に愚かだ。

 その結果守護者ガーディアンは人手不足となる。

 これからその人手不足をさらに悪化させるのだ。

 それが計画の第二段階。

 また一つ。高層ビルが崩れ落ちた。

 都市部の発展の象徴が壊れていく。

 濾過されて浄水された水は、噴水に使えるほどに余裕がある。

 清浄化された空気は吸っても害はなく、呼吸をするだけで病気になる恐怖もない。

 人工太陽の光と人工雨で育った緑は美しく。

 高層ビルの数々は発展した技術を象徴する。

 そのどれもがスラム街にはない。

 そしてその全てが能力者の犠牲によって積み上げられている。

 知らず享受する市民も。

 知って放置した権力者も。

 その仕組みを作った支配者も。

 全て。

 その全てを消し去る。

「さぁ、終わりの始まりだ」

 灰蜘蛛は化物によって殺害され、逃げ惑う人々を眼下に両手を広げて宣言する。

 背後で、ケースを握った仲間達が覚悟を決めた。

「梟」

「覚悟はとうの昔に」

「猪」

「一人でも多く道連れにしてやるよ」

「虎」

「やっと暴れていいんだな?」

「鶴」

「妹の分まで、私が殺し尽くしてやる」

「蛇」

守護者ガーディアンを一人でも多く集める。ですね?」

 全員が錠剤を口に含む。

 その量は先程灰蜘蛛が白銀との戦闘で口にした量の4倍。下手したら即死してしまう過剰な服用だ。

 誰も生きて帰ろうなんて思っちゃいない。

 一人でも多く殺し、一つでも多く壊し、1秒でも長く暴れて、一人でも多くの守護者ガーディアンを集める。

 それが計画の第二段階。

 その為に一時的に能力を強制的に強化する薬物。AXLアクセルを服用する。

 この薬物は能力を飛躍的に向上させるが、非常に危険な副作用があった。

 使用直後は全能感と能力の向上を得られるが、効力が切れ始めると普段よりも能力は弱体化し、幻覚、目眩、頭痛、吐気、高熱、そして争い難い飢餓感。

 なにより依存性が強い。

 しかしそんな副作用が安く思える程に重い副作用がこの薬物には隠されている。

 AXLアクセルを短期間に大量に、過剰に摂取すると、人間であることを保てなくなるのだ。

 つまり。

 異形化し、化物になってしまう。

 知能は劣化し、反応のままに。

 人間では発揮出来ない力を振り回すようになる。

 しかし異形化してから数時間は辛うじて意識を保てることも人体実験で判明していた。

 灰蜘蛛が何人もの部下を犠牲にして解明したことだ。

 非人道的な実験だが、その結果は計画に大いに役立っている。

 そう、仲間を意図的に化物にして都市部に放つのだ。

 それが計画の第二段階。

「いけ、暴れてこい」

 灰蜘蛛が指示する。

 背後のもう人間ではなくなった仲間が一斉に飛び出した。

「銀翼でも腕利きの5人だ。それが異形化して化物となったらどれだけ強いか、対処出来るか? 守護者ガーディアンよぉ?」




 梟は風を操る能力者だ。

 かつてスラム街で薬物の売人をしていたところ、その優秀さを買われて銀翼に勧誘された。

 能力者としても参謀としても優秀だった彼はすぐに幹部クラスへと昇格し、そして灰蜘蛛から都市部の暗部とも言える真実を教えてもらった。

 そして彼が目指す目的とその計画を。

 壮大な計画だ。

 成功したとしても失敗したとしても銀翼は残らないだろう。

 つまり未来がない。

 終わること。殲滅されることを前提に組まれた計画だ。

 それでも意味はある。

 灰蜘蛛は可能性を残したいのだ。

 ただ搾取されるだけの能力者に。

 真実を知り、立ち上がれるだけの篝火を残したいのだ。

 その覚悟に。

 真意に。

 心から賛同し、尊敬する。

 ただ真実を明るみにすれば灰蜘蛛は殺され、スラム街もそのまま飼い殺されるか滅ぼされるだけだ。

 だからこそ、こんな方法しか取れない。

 それでもやり通すのだ。

 能力者の明日の為に。

 梟は吠える。

 もう手も足も何もかも人間とはかけ離れている。

 意識も徐々に朦朧としてきた。

 しかし手放さない。

 避難民のいるシェルターを襲撃する。

 ただの一般市民を虐殺する。最悪の大罪だ。

 だからこそ、守護者ガーディアンは無視出来ない。

 吠える。

 獣のように吠える。

 指はもう3本しかない。そこから長い鉤爪が伸びている。

 膝から翼らしき物が生えていた。

 どんどん人の姿から離れていく。

 それと同時に膨大な力が自分に宿るのも感じた。

 いまなら地下にあるシェルターを、地面をえぐり取るように吹き飛ばせる風を生み出せるかもしれない。

 いや、生み出すのだ。

 そして破壊し、殺す。

 朦朧とした意識で梟は両腕を地面に向かって振るった。




 蛇は医療施設を襲撃していた。

 ここを壊せば死亡率は激増し、さらに治療を受けて戦線に戻る適合者も少なくなる。

 さらに市民が避難している地下シェルター同様に守護者ガーディアンはそこの守りを無視出来ない。

 鶴は守護者ガーディアン養成学校を襲撃していた。

 適合者の養成所とはいえ、現場を知らない素人の集まりだ。学生でまともな戦力など1割にも満たない。

 そして学生は避難民とは違い、学校のシェルターに避難する。

 これを守るのは守護者ガーディアンしかいない。

 未来の戦力を見捨てることは出来ない筈だ。

 猪は交通機関を襲撃していた。

 避難を困難にし、さらに現場間の移動を困難にすることで守護者ガーディアンの活動を阻害するのだ。

 我先にと逃げる人の波は守護者ガーディアンの足を引っ張るに違いない。

 混乱は混乱を呼ぶ。

 的確な襲撃と雨霰と降り注ぐ化物の脅威。その対応に追われる守護者ガーディアンに外殻を奪還し、システムを復旧する余裕はないだろう。

 そして虎は居住区を破壊し尽くしていた。

 成人男性の胴回りはあろうかという腕が片方に3本ずつで両手で6本。筋肉質のそれが振り回される度に建物がいとも簡単に崩壊していく。

 飛び上がり、拳を振り下ろすだけでビルが倒壊する。

 それはまさに破壊の権化であった。

 そしてまた跳躍し、虎はあるビルに拳の狙いを定めた。

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