第13話 最強と最強と最強

 自身の袖を引き裂いて顔下半分に巻きつける。

 簡易のマスク代わりだ。

 外の世界では呼吸さえままならない。

 汚染された外気は塵や埃、その他有害物質と有毒ガスを多分に含む。

 長時間まともに呼吸すれば肺がやられて死んでしまう死の世界だ。

 ゴーグルもあれば文句なしだが無い物ねだりだろう。

 自身の周囲に風を渦巻かせて、最低限の対策を講じた。

 これから戦うのは無数の化物と、そしてたった一体の化物。

 そいつは巨大な体で鋼よりも硬い鱗に覆われ、鋭い牙と爪を持ち、両翼で空を飛び、尻尾で大地を薙ぎ払う。

 竜種と呼ばれる化物だ。

 その強さは成熟を迎えずとも化物全種類の中で最強クラスを誇る。

 そして白銀の目の前にいるそいつは明らかに成熟を超えた老生体。竜種は寿命を迎えて死ぬまで永遠に大きく、そして強くなり続ける。

 白銀と言えど、まともに戦って勝てる保証はない。

 彼の全力全開の一撃に直撃して体の3割を持っていかれた状態で尚、鋭い眼光は白銀を貫いている。 

「……俺、ここで死ぬかもしれないな」

 冗談でもなんでもなく、白銀は事実としてその可能性を受け止めた。

 正直都市部が壊滅しようと知ったことではない。

 白銀にとって守るべき対象ではないのだ。

 しかし、都市部だけで済むとは到底思えない。

 灰蜘蛛が何を思い、何を狙いこんなことをしでかしたか皆目見当もつかないが。間違いなく都市部が滅べばスラム街も滅ぶ。

 それは看過出来ない。

 白銀の守りたい者が化物の餌になるのは許せない。

「お前にはなんの恨みもないが、俺の前に立ち塞がる以上。……消すぜ?」

 殺すか殺されるか。

 最強の能力者と最強クラスの化物が衝突する。

 竜種の口が大きく開かれる。

 ブレスだ。

 炎か、氷か、はたまた稲妻か。

 その程度なら白銀は無力化出来るが、そうでないなら黙って受けるのは自殺行為だ。

 本来なら相手が何かをする前に先手必勝で攻撃して止めるのが白銀のやり方だが、今回は難しい。

 何しろ距離が遠い。

 白銀のいる場所から竜種の口まで確実に100m以上はある。

 さらに硬い。

 生半可な攻撃では蚊が刺すようなものだろう。

 あの竜の攻撃を止められるとは思えない。

 故に、様子見。逃げ。回避。

 それが白銀がとれる最善であった。

 まずは防げるブレスなのかそうでないのか確認する必要がある。

 白銀の能力は物理面で最強に近い性能を誇るが、万能な訳ではない。対処出来ないことも多い。

 竜種の口が青白く輝く。

 そして放たれる。と、同時。白銀は大気を両手で弾き、弾丸のように自分を飛ばす。

 口から放たれたのは青白い球体だった。

 それが大気を捻じ込みながら進み、一瞬で地面にぶつかる。

 ぶつかった瞬間、球体は真珠程度まで圧縮し。

 数秒後、爆ぜた。

 青白い球体は半径30m程の巨大な球体に膨れ上がり、そして消えた。

 そこにあった物全てと一緒に。

 地面も。瓦礫も。岩も。塵も埃も、大気そのものさえも。

 消えてなくなった。

 白銀の体が引っ張られる。

 いや違う。大気を失って真空となった空間に周囲の大気が吸い込まれたのだ。

「マジかよ!?!?」

 必死に大気を弾いて逃げようとするが、そもそも叩く大気が引き込まれている為か上手くいかない。

 そして再び開かれる竜種の口が、青白く輝いていく。

「アレが何かは分からないが、俺では防げないのは間違いないな!!」

 空間を消滅させるブレスの正体は分からない。しかし、ああいう類の攻撃と白銀の能力は相性が悪い。

 大気を捻じ込むように進んでいたが、大地にぶつかると爆ぜた。

 爆ぜる条件はなんだ。

 何かにぶつかって止まることか。それとも爆ぜる座標を指定してるのか。それとも任意のタイミングで爆ぜさせることが出来るのか。

 前者なら何かをぶつければ対処出来る。

 後者2つなら、現状白銀には避けるしか対処法がない。

「とにかく試さなければ始まらないか……!!」

 左手で自身の体より大きい氷塊を作り出し、右手で大気を弾いてそれを飛ばす。

 その後、地面に手をついて氷柱を作り。氷柱に大気をぶち当てて自身の体を飛ばす。これならば引き寄せられている状態でも移動出来る。

 それを繰り返してブレスが放たれようとしている場所から急いで離脱し、飛ばした氷塊の行方を確認する。

 氷塊は竜種の口目掛けて正確に飛び、そして放たれたブレスにぶつかる。

 氷塊は歪み捻れ、吸い込まれるように球体に飲み込まれた。

 止まらない。爆ぜない。

 どうやらあのブレスは座標を指定して爆ぜるか、意図したタイミングで爆ぜるらしい。

「なるほど最悪だ」

 球体が地面にぶつかり、爆ぜる。

 地面と大気が消失し、真空に気圧差で大気が吸い込まれた。

 今度は地面から立てた氷柱にしがみついて堪える。

「あんなもん連発されたら反撃する暇がない!!」

 竜種が尻尾で地面を薙ぎ払う。

 大気を弾いて移動する白銀からすれば回避困難なこうげきだ。

 例え尻尾本体を上手いこと躱しても、巻き上げられる岩や土の塊にぶつかるだけで大きなダメージになる。

「その長い尻尾をぶった切る」

 目前に迫る尻尾に対し、右手で触れる。

 それだけで鋼よりも硬い鱗が砕け、血を撒き散らしながら肉が見える。

 瞬時に左手を振るう。

 凝縮された熱気が刃となって竜種の筋繊維を引き裂く。

 傷口は同時に熱で焼かれ血の一滴すら蒸発させた。

 切断された尻尾は明後日の方向に飛んでいく。

 竜種の瞳が怒りに染まる。

 その矛先は白銀に他ならない。

「怒らせちまったか?」

 口を開く。

 今までで一番。一際輝く口内に、複数の青白い玉が膨らんでいった。

「おい、まさか!?」

 そのまさかだった。

 放たれるは5つの光球。

 そのどれもが空間を消滅させる力を持つブレスだ。

 攻撃範囲も威力も先程までの比ではないだろう。

「畜生、そんなに何発も打てないんだぞ。これはっ!!」

 白銀はもう一度アレを放つ覚悟を決める。

 その時、遙か上空から何かが急降下して竜種の片翼を根本から切断した。

 一文字一閃。天から地に向けて放たれたその斬撃は空を斬り、大地を割り、大気を震わせる。

 竜種はバランスを崩し、空中から落下してその巨体を地面に叩きつけられた。

 その斬撃を放った当人が静かに白銀の隣に降り立った。

「スラム街の能力者かい?」

 男に訊ねられる。

 その男は金髪に整った顔立ちで、騎士を思わせる服装を着ており。片手剣をだらりと構えた姿が印象的であった。

 白銀はこの男に見覚えがある。

「そういうお前は守護者ガーディアン序列一位の剣聖だろ?」

「よくご存知で」

 警戒心を抱かせない朗らかな笑顔で男は答える。

 しかし隙は一切見せていない。

「知らない奴はいないだろ……」

 白銀は呆れたようにつぶやく。

 序列一位、剣聖の名と顔は都市部はおろかスラム街の隅々まで広まっている常識だ。

「君が強いのはよく分かってる。竜種相手でも恐らく倒しきれるだろうことも」

「で、なんだよ」

「それでもここは譲ってくれないかい? 上がうるさくてね。スラム街の能力者に都市の危機を救われては政府の面目丸つぶれだそうで」

「別に俺が倒すことにこだわってはいないし好きにしろよ」

「譲ってくれてありがとう。スラム街の最強さん」

「俺のことを知っているのか?」

「君が思う以上に君は有名だよ?」

 地響きと共に竜種が起き上がる。

「おやおや、ゆっくりと話している暇はなさそうだ。私でも竜種は流石に余裕とはいかないからね」

 剣聖は片手剣をだらりと構えて、竜種へと向ける。

「手加減はなしだ。全力で参る」

 剣聖の雰囲気ががらりと変わる。

 穏やかで人懐っこい雰囲気から、近付くものを全て斬り捨てる殺気の塊へと変貌した。

 どうやら戦闘時の本当姿はこれらしい。

「がはっ、ごほっ……」

 喉に汚染が張り付く。このままでは無事では済まないだろう。

 これ以上簡易マスクのみで外にいるのは自殺行為だ。

 最悪後遺症も残る可能性がある。

 竜種は間違いなく剣聖が仕留めるだろう。

 その周囲にいる雑魚も。

 ならば都市部に戻って侵入した化物の討伐に行くべきだ。

 何よりこれ以上ここの空気は吸ってられない。

 剣聖の戦いに興味がない訳ではないが、命には代えられなかった。

「俺は都市部に戻るぞ」

「いずれどこかでゆっくり話したい。君とはね」

「そいつは無理だろ?」

 そう吐き捨てて白銀は飛ぶ。

 目的地は外殻の穴の先、都市部だ。

 残された剣聖は楽しそうに笑う。

「噂通りの面白い人だね。……いつか戦う日が来るとしたら、私も覚悟を決めないといけないだろう」

 竜種の損傷を見れば分かる。白銀という男は間違いなく守護者ガーディアンの序列二位よりは強い。

 そして剣聖と戦えば、正直なところどっちが勝つかは分からないぐらいの強さだ。

 分かることは剣聖と白銀がぶつかればどちらかが確実に死ぬということだけ。

 竜種が口を開く。ブレスを放つつもりなのだろう。

「受けて頂こうか。……剣聖の斬撃を」

 そう言って剣聖は片手剣を振り上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る