第12話 最弱の不適合者
徐々に意識が覚醒に向かう。
体に痺れは残るものの、活動出来ないレベルではない。
意識こそ寸断されたものの、気絶していた時間は十分かそこらだろう。
赤羽紡は訓練の一環で、自らスタンガンを食らって体を慣らすという正気の沙汰ではない行為を日常的に行なっている。
これは電気系統の能力者や化物を相手にした時の為の訓練で、不適合者である紡には必要のない技能だが。それ程までに努力する常軌を逸脱した彼の執念が垣間見える。
夢を絶たれて命を投げ捨てようと思うのも納得だ。
「痛てててて……。雨宮さんなんでこんなことを……っ」
紡はふらつく体でなんとか冷却装置の下から這い出て、壁を背もたれにして座る。
とにかくまともに動けるようになるまで休む必要があった。
「この威力は市販の防犯用じゃない。改造したか、違法なルートで手に入れたか。なんで雨宮さんが……」
訳が分からない。
雨宮が紡を気絶させた目的も。
彼女が違法な武器を所持していた理由も。
その時、地響きが紡の体を揺らした。
重要設備である外殻の冷却装置がある部屋が揺れるのだから尋常な出来事ではない。
その地響きが継続的に起こる。
外ではいったい何が起きているのか。
「みく……っ」
彼女は無事なのか。
この地響きが彼女に影響するのかは分からない。
ただ、無性に彼女の顔が見たかった。
無事をこの目で確認しなければ安心出来ない。
雨宮のこともある。
しかし、一刻も早く彼女のもとへといかなければならない気がする。そう本能が訴えているのだ。
焦燥に駆られるように紡は自身の体を激励し、鞭を打って立ち上がる。
体を引きずるように出口に向かうが、ゴンドラがない。雨宮が乗って行ったのだろう。
壁のコンソールを操作してゴンドラを呼び出そうとするが反応しない。
システムが死んでいるのだ。
「なんで、……何が起こってるんだ!?」
外殻の設備のシステムが死んでいるのは通常あり得ない事態だ。
メイン電源が不測の事態で落ちても、予備電源と、予備電源の予備電源がある。
メインシステムがなんらかの要因でダウンしても、サブシステムが起動する。サブシステムは外部からは操作不可能な完全なローカルコントロールになっている。
外部からの干渉ではこの設備は絶対に落ちない仕組みになっている筈なのだ。
落とすには内部から干渉するしかない。
嫌な考えが脳裏に過ぎる。
紡には不可能だ。出来ない。かなりの運転困難状況を作り出すことは可能だが、致命的なシステムダウンまでは手が届かない。
しかし、雨宮なら出来る。
正社員で紡より外殻の設備をよく知っていて。さらに優秀だから他のエリアの手伝いや、システム側の手伝いも頻繁に行なっていた。
彼女の知識量ならあるいは。
致命的に外殻を壊すことが可能かもしれない。
考えないようにしていた嫌な予感。
何故雨宮は紡を気絶させたのか。
何故雨宮は消えたのか。
何故外殻設備のシステムがダウンしているのか。
繋げて考えれば答えは簡単に導き出せる。
雨宮が、外殻を、壊したのだ。
つまり、雨宮はテロリスト。
そして外の地響きは外殻が壊れたのが原因だろう。
外殻はこの都市部を守る最大最強にて最後の手段だ。これがなければ外の世界に晒されて、蔓延る化物に蹂躙される。
一刻も早く戻らなければ、みくも化物に殺されてしまう。
「でもそれが分かったところで……」
ゴンドラはない。
外殻の冷却室がある部屋は地上より遥か遠い地下にある。ゴンドラなしに歩めば何時間もかかる道のりだ。
そんな悠長に歩いていたら都市部が滅亡していてもおかしくはない。
時間がない。
「くっそぉっ!!」
怒鳴り、拳で壁を殴る。
皮が裂け、鮮血が飛び散った。
「どうすれば、いいんだ……」
紡の呟きは地下空間に虚しく響いた。
「待てよ」
気付く。
紡は一つおかしい点に気付いた。
「明るい」
ゴンドラのレールが続く長い道のりは照明で照らされている。
いつも通り。
システムダウンしてコンソールこそ反応しないが、電源が死んでいる訳ではない。
メイン電源か予備電源か。どちらでも良い。電気そのものは来ているのだ。
ゴンドラはシステムでオート運用されているが、非常時の為にマニュアル運転が可能になっている。
マニュアル運転への切り替えは、システムを介さない手動切り替えだ。
ゴンドラと電源さえあれば、マニュアル運転で動かすことは不可能じゃない。
冷却装置の下に工具は残っている。
出来る。
しかし肝心のゴンドラが。
「いや、ある」
紡は壁に張り付けられた地図を探す。
基本的にコンソールで現在位置は分かるものの、一応エリア毎に地図が壁に備え付けられているのだ。
見つけた。
P16エリアの地図である。
探す。探す。探す。
「ここだ!!」
あった。
以前ゴンドラが故障し、動かなくなった為に放置したのだ。部品が届くまで置いておく予定で、部品がまだ届いてなかった筈なのでまだそこにあるだろう。
間違いない。資材は紡が管理している。見逃しはない。
ゴンドラの故障はシステムとのリンク部分だけだ。
安全の為にマニュアルで動かすことはせずに置いてきたが、マニュアルで動く可能性は非常に高い。
なにより、このゴンドラならば徒歩五分も歩けばたどり着く。
工具を持っていくことを加味して、急いで電源を仮設してマニュアル操作に切り替えて、それでも十五分もあればゴンドラは動くだろう。
そうすれば地下道を進んで家のすぐ近くまでゴンドラを走らせることが出来る。
やることは決まった。
紡は急いで工具を取りに冷却室に戻る。
「無事でいてくれ!! みく!!」
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