第7話 ターニングポイント①

「以前話してくれた正社員として口利きしてくれるって話。前向きに考えてみようと思うんです」

 外殻整備用の長い地下通路を雨宮と紡の二人を乗せたゴンドラが進む。

 目的地まで二人で雑談するのはいつもの光景だが、紡のその言葉に雨宮は驚いていた。

 彼とはそれなりに長い付き合いだ。彼がどんなことを夢見て、そしてどれほどの努力を積み重ねてきたか良く知っている。

 だからこそ紡のその言葉は驚くと同時に重みのある言葉だった。

 間違いなく軽い気持ちで出た言葉ではないだろう。

「いいのかい? もちろん私としては喜ばしいことだけどね」

 紡は守護者ガーディアンになる為に養成学校に首席で入学し、その後も努力し続けていることを知っているだけに雨宮としては少しだけ複雑な心境である。

「いいです。実は適合検査で落ちてしまって、養成学校も退学になりました」

「それは……、なんというか……。残念な話だね」

 どれ程学業で優れていようと。並外れた実技の腕前を誇ろうと。

 適合者でなければ意味がない。守護者ガーディアンにはなれない。それは周知の事実だ。

 ナノマシンに適合した者は手術を受けて強化人間となる。

 強化人間は身体能力や自然治癒力などの人間としての基本性能が向上して、さらに機械と神経接続出来るようになる。

 神経接続は通常よりも遥かに細かく繊細な機械の操作が可能になるのだが、所詮それは適合者にとってはおまけでしかない。

 適合者の神髄は能力デバイスという機械を扱えることにある。

 能力デバイスは神経接続でしか使用出来ず、つまりは適合者しか扱えない機械だ。それを使うことで適合者は能力者のような超常の力を意のままに操ることが可能になる。

 その力を持って違法能力者を取り締まったり、外の世界の化物を退治するのが守護者ガーディアンの仕事なのだ。

 なので例えどれだけ優秀で途方もない努力を積み重ねていても、手術を受けられなければ意味がない。

 結果養成学校も退学することになったのだろう。

「でもこれで良かったのかもしれません。この仕事は好きだし、もともと僕には身の丈に合わない夢だったのかも」

「赤羽くん。自分も騙せない嘘は辛いだけだよ」

「……いいじゃないですか自分も騙せない嘘でも。そうやって無理矢理にでも納得するしかないんです。じゃないと、僕は生きることさえも酷く辛い」

「そうだね。ごめん、余計なことを言った」

「構いませんよ、自分も騙せない嘘というのは本当のことなので」

 今にも泣きそうな顔で紡は笑う。いまはこれが精一杯だった。




 雨宮は肩ほどで切りそろえられた髪の毛をヘアゴムで後頭部に結んだ。

 いわゆるポニーテールという髪型だ。これから仕事に取り掛かるぞという場面で雨宮はいつも髪を結ぶ。

 そうすることで集中力が増すとは本人の弁だ。

「とりあえず温度計を新品と交換してみよう。それで温度が戻らないなら、冷却装置の制御が出来ていない可能性がある」

「そうなったら定時には帰れなくなりますね……」

「温度計が劣化していることを祈ろう。新品に交換して解決すればそれに越したことはないんだ」

 二人は温度計の交換に取り掛かった。

 息の合った無駄のない動きで二人は手慣れた作業を進める。

「先程の話だが、少し蒸し返してもいいか?」

「僕が退学した話ですか?」

「そうだ」

「まぁ作業の片手間でいいなら」

「私は君の努力を知っている」

「ありがとうございます」

「君の熱意も知っている」

「はい」

「だからこそ、本当にどうしようもなくて諦めたのだろうと予想も出来る」

 紡はその言葉を聞いてもう一度考えた。

 自分は本当に死力を尽くしたのか。

 まだ出来ることはあったのではないか。

 諦めるのは早すぎたのではないか。

 しかしいくら考えても答えは変わらない。

 適合検査に不合格だった以上。赤羽紡が適合者となり、守護者ガーディアンになる未来は存在しない。

 絶対に不可能なのだ。

「はい。僕には無理なんです」

「非常に無神経でこんなことを君に聞くのは胸が痛いんだけど……」

 そう前置きして雨宮は言い辛そうに苦笑いする。

 彼女のこんな顔を見るのは初めての事だ。

「もう一度頑張れないのか? 本当にほんの少しも希望はないのかい?」

「ありませんよ。……僕の年齢では適合者検査の精度はほぼ100%です。理論上死ぬまでにこの検査の結果が覆る可能性はあるらしいですが、今まで前例のない机上の空論です。天文学的な確率でしか起きないでしょう」

「そうか……。ごめんね、変なことを聞いてしまって」

「構いませんよ。それよりも、こんなに僕が夢を諦めることを惜しんでくれる人がいて僕は嬉しいです」

「本当に、……君のような人が守護者ガーディアンにいれば違う未来もあったのかもしれないのにね」

「はい?」

「いや何でもないよ、作業を進めよう」

 そこから二人は黙々と作業を進めた。




「取引と言うからにはそっちからそれなりのものは出てくるんだろうな? 何しろこっちはお前の命握ってんだぜ?」

 「私の命などどうでも良い。殺したいなら殺せばよろしい。私の命は取引材料にはなり得ませんよ」

「何を取引したいのかイマイチ見えないな、自分の自由が欲しくないってんなら、お前が俺に求めるものはなんだ?」

 白銀の問いに梟はニヤリと笑う。

「私達に協力しませんか?」

「何言ってんだお前、話にならないな」

 所詮は戯言だったか。そう判断して白銀は踵を返そうとする。

「我々の目的を教えましょう」

 その言葉に白銀は今まさに踏み出そうとした一歩を止めた。

「リーダーの灰蜘蛛とは旧知の間柄だそうじゃないですか、気になるでしょう? 彼の目的が」

「続けろ」

「灰蜘蛛の、いや我々銀翼の目的は能力者の解放です」

「それは昔からだろ。能力者は存在するだけで都市部では人権を失う。自由を求めるならスラム街に住むしかない。しかし都市部に比べたらスラム街は過酷な環境だ。だから能力者の自由と権利を取り戻す為にテロ活動を行う。それが銀翼の創設理由だろ」

「本当にそれだけが彼の目的だと?」

 意味深な言葉が白銀を苛立たせる。

「それ以外になんの理由がある」

「能力者の解放。言葉通りですよ、貴方はこの言葉の真の意味を知る必要がある」

「今ここで、お前が話せばいいだろ」

「灰蜘蛛と話すべきです。貴方は知らなければならない。それだけの力を持っているのだから」

 白銀が左手を薙ぎ払う。

 その次の瞬間。

 梟の周囲一帯が凍り付いた。

 ほんの一瞬の出来事である。

「さっきから上から目線で遠回しに喋りやがって目障りだ。あと5秒で確信を言え、殺すぞ」

「お見事。これがスラム街最強の能力者白銀の能力ですか」

「5」

「おっと、では話しましょう」

「4」

「貴方を灰蜘蛛のところに連れていきましょう」

 白銀がカウントを止める。

「…………」

「私が橋渡ししましょう。貴方と灰蜘蛛は話し合うべきだ」

「…………」

 白銀からの返答はない。

 沈黙が続く。

 しかし雰囲気からかなり悩んでいることが分かる。

「5秒経っても生きているのは了承の意でよろしいですか?」

 梟が挑発するかのように言う。

 それに反応して白銀が今度は右手を薙ぎ払った。

 一瞬で椅子の周りの氷が砕け、そしてそのまま溶ける。さらに椅子の周囲で炎が燃え上がり、気付けば梟を縛っていた紐だけが燃え尽きていた。

 炎に触れた梟は無傷である。

 熱気すら感じない。

「あれだけの氷を一瞬で生成し、かと思えばその氷を一撃で砕いて溶かすことが出来る。さらに私に影響のない炎。いったい幾つの能力を持てばそのようなことが出来るのか……」

「口を動かす暇があるならさっさと案内しろ。俺の気が変わらないうちにな」

「ええ、では案内しましょう。灰蜘蛛のいる銀翼の都市部のアジトに」

「お前ら都市部にまでアジトを作っていたのか」

「銀翼も色々変わったんですよ、貴方が居た頃とは違ってね」

 そう、白銀はかつて銀翼に所属していた。

 灰蜘蛛と肩を並べて戦っていたのである。

 白銀にとってかつて灰蜘蛛は戦友であり、相棒であり、親友であり、そして義兄弟であった。

 互いにスラム街で親に捨てられ、死にかけていたところを銀翼の当時のリーダーに拾われた。

 しかし今は互いに違う道を歩んでいる。

 一度は壊滅的に違えた関係だが、もしもまた同じ志を抱けるならば。そんな甘い妄想が白銀を誘惑していた。

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