第4話 夢も希望もない夢

 幼い頃に母親に褒められた記憶がある。

 公園の砂場で遊んでいたときに仲間外れが発生した。

 とくに理由もなく集団であれば何故か起こる小規模で問題にならない程度のいじめ。次の日になれば誰も覚えていないし。喧嘩になれば親が仲裁に入ってお互いに謝って仲直りする程度のそんな仲間外れ。

 助けてと言えない弱々しいその姿を見て。

 紡は僕が助けなきゃと強く思った。

 紡は集団の悪意に立ち向かった。結果それは喧嘩という暴力で終わってしまった。

 暴力に頼るのは良くないと母親は言う。

 しかし助けたいと思ったその心は大切にしなさいと。私は貴方を誇りに思うと。

 子供扱いせずに紡を褒めたその言葉が始まりだった。

 疑いようもなく、紡の夢はそこで定まったのである。

 弱きものを助けたい。助けてという声に応えたい。助けてと言えない人を見つけ出して救いたい。

 そういう存在になりたいと。

 成長するにつれて、その存在はヒーローだと知り。

 そして現存する職業で最もヒーローに近いのは守護者ガーディアンだとも知った。

 外殻の外から来る異形の化物から市民を守り、違法に能力を振りかざして一般市民を襲う能力者を取り締まる。都市部の守護を務める強化人間の集団。それが守護者ガーディアンだ。

 自分は守護者ガーディアンになる。その為に必要な努力は全てする。

 幼きながらに強く意思を持った紡は驚くことにその後自分のほぼ全てをその夢の為に費やした。

 子供は誰も途方もない夢を見る。

 けれど実際に行動に繋げるのは一割にも満たない。

 そしてそれを継続出来るのは極一部の限られた者だけだ。

 紡はその限られた一部であったのである。




 努力は実を結んだ。

 もともと才能があったのか、それともその尋常ならざる努力の結果か。

 彼はすぐに頭角を現した。

 勉学で寄せ付ける者はおらず。運動でも彼に肩を並べる者はいなかった。

 武術の習得も早く、子供ながら大人顔負けの技術を既に習得していたのだから驚きだ。

 神童と当時かなり話題にもなった。それだけ傑出した存在だったのである。

 守護者ガーディアン養成学校への入学試験も主席で突破。

 入学後も彼は一度も主席の座を譲ることはなく。

 実技による模擬戦は無敗の記録を伸ばし続けた。

 彼が挫折を味わうのはもう少し先のことだ。

 赤羽紡は自分たちとは次元の違う存在なのだ。学生も教員もそういう認識が広まった頃、その検査は始まった。

 ナノマシン適合検査。

 守護者ガーディアンはナノマシン手術を受けた強化人間だ。通称して適合者と呼ぶ。

 ナノマシン手術に適合したから適合者。適合者は基本的な人間性能が向上し、さらに機械と神経接続出来るようになる。

 この神経接続とは文字通り機械を自分の手足のように感覚的に操作出来る技術だ。

 ナノマシンの適合確率は五割と言われている。単純計算で入学した学生の半分は不適合の結果が出る計算になる。

 紡は不適合だった。

 しかしこの検査は年齢が若ければ若い程精度が悪くなる傾向にある。

 最初の検査で不適合だった者も、そのうちの二割程度は適合するのがナノマシン適合検査だ。

 だから紡も挫折とはいえ、そこまで気にはしなかった。

 周囲の期待も下がることはなかったのである。

 二度目の検査。

 それも不適合判定を受けた。

 ナノマシン適合検査は16歳を最後に精度がほぼ100%になる。つまり三度目の16歳の検査で不適合の判定が下されれば希望は潰える。

 ナノマシン適性のない学生は退学となる決まりになっていた。

 そして紡の夢への希望は断たれた。

 不適合というたった三文字の言葉に。

 これまでの努力。費やしてきた時間。犠牲にしてきた沢山の可能性。それらが等価値の絶望となって紡に襲い掛かった。

 なにより、病死した母親に褒められた夢を叶えられない。その事実が重くのしかかる。

 不適合者とは付き合えない。そんな理由で当時付き合っていた彼女にも振られた。

 推測するに赤羽紡という個人ではなく、適合者の神童という偶像を相手に付き合っていたのだろう。

 学校の退学も確定した。

 失意の紡をたたみかけるように、父親の職場から連絡が来る。

 唯一の肉親が亡くなったという知らせだ。

 目の前が真っ暗になった。

 その時不意に。

 心にとある名案が浮かび上がった。


 死のう。


 苦しく辛く、希望もないこの人生に終止符を打とうと決めた。

 家を掃除する。

 父親の遺品を整理する。

 一つ一つ丁寧に。まるで別れを告げるかのように。

 ハウスAIが何かを言っていたが耳には入らなかった。そのような心の余裕、紡にはなかった。

 自分の部屋を掃除する。

 数々の賞状が目に入る。

 破り捨てた。

 楯が飾られている。

 床に叩きつけた。

 メダルも壁に叩きつけた。

 彼女との写真も引き裂いた。

 ごみだ。

 こんなものは全てごみだ。

 なんの価値もない。

 そして自分も。

 価値がない。

 死ぬべきだ。

 生きるべきじゃない。

 生きている価値がない。

 ここにいるべきではない。

 両親と幼い自分が写った写真を大事に抱き抱える。

 涙が溢れた。

 自然と口から言葉が零れる。

「すぐそこにいくよ」

 そうして死に場所を求めて、紡は家を出た。

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