第14話 色々問題があります

 プレストールは贅沢にも熱いシャワーを浴びていた。


 フランチェスコが意図しないまま放心させられていた頃、王宮の庭ではエドワードがブレストールと剣術の稽古をしていて、朝食の前に汗を流していた。


 最初の頃は目も当てられないほどのヘタレ…いや、お優しい剣を振るっていたエドワードであったが、今ではしっかりと打ち込みができるようになっていた。

 そうなってくると嬉しいもので、プレストールはエドワードの剣術上達のために精を出すというものだ。元々きちんと基礎をおしえこまれていたエドワードである。学園に入ってちょっとサボりすぎただけであるから、体力面が何とかなれば様になるというものだ。


 木刀を使っての模擬戦も、かなり力強く打ち込みあえるほどになっていた。

 そのせいで・・・

 そのせいなのだ、気分が高揚してしまった。

 鉱脈を掘り当てた瞬間にイってしまうとは聞いたことがあるが、プレストールもそんな感じなのだ。

 エドワードとの模擬戦が楽しすぎて、気分が高まりすぎた。

 服を脱いで開放感に晒された途端、生理現象が起きてしまったのだ。これが騎士団の宿舎とかなら、仲間と笑って始末できるものなのに、隣にいるのは王子だ。


 笑えない。


 プレストールはエドワードに気づかれないように、急いで始末をつけることにした。流れるシャワーの水音にのせて、こっそりと処理することにした。

 体を洗いながら、その勢いに任せて、気づかれないようにするつもりだった。そもそもこんなことは慣れている。男だらけの集団だから、アホみたいにスピード勝負なんて、実はしょっちゅうしていた。


「……っう…う」


 だから自信があったのに、うっかり声が出てしまった。ちょっと情けない。


「どうしたのだ?」


 背後から声をかけられて、心臓がキュッとなった気がする。


 まずい、まずい、まずい。


 シャワーと一緒に流れたはずだから、目線が上に来ているエドワードに見つかるはずはない。匂いだって、お互い石鹸で洗っているから、バレないだろう。


「も、申し訳ございません」


「いや、気にするな。私が早かったかもしれん」


 エドワードが微笑んでそう言ってくれたものの、プレストールは内心冷や汗を大量にかいていた。


「先にいくが、気にするな」


 エドワードはそう言って、脱衣所へと行ってしまった。プレストールはエドワードに気づかれなかったことに安堵し、大急ぎで汗を流した。




 熱が再び起こらなおように、ブレストールは頭から水を浴びておいた。

 万が一ということもある。たしか、本日の朝食には王子の婚約者であるクリスティーナが来ているはずだ。朝から下世話なことは出来ない。

 これがエドワードだけなら、なんとか誤魔化しようもあるけれど、令嬢であるクリスティーナの前で、そんな粗相は首が飛ぶ。


 既に着替えが完了しているエドワードに頭を下げながら、プレストールは着替えを急いだ。

 汗は引いている。水を被って無理やり抑えた。

 騎士服を来て、ブーツを履いて、髪を無理やり整える。すっかり忘れていたが、クリスティーナが来ているということは、今日は学校がある日だ。王子を遅刻させる訳には行かない。内心焦っていることを悟られないように、プレストールはクリスティーナの待つテーブルへと向かった。


 ───────


 全く、食の進まぬまま、フランチェスコはフォークを握りしめていた。

 目の前では、楽しそうにエドアルドがオムレツを食している。じゃがいもやベーコンの入ったオムレツをかなり気に入ってくれたようだ。

 焼きたてのパンに、甘いジャムを塗るのも楽しいようで、ほとんどジャムを食べているようにも見える。


 フランチェスコは、どうしても右手でパンをちぎれなかった。

 いや、食べたいのだが、どうしても気持ち的に食べられない。気持ちというか、右手で直接パンを持ちたくない。


 なんとか、なんとかフォークを握ってサラダをつつき、オムレツを口に運ぶ。パンだって食べたい。食べないとお腹が空くだろう。

 けれど、パンを持つのが躊躇われる。


 この右手は、目の前の男のアレを握った手だ。


 しかも、洗っていない。


 侍従が拭いただけ。


 石鹸で洗っていない。


 洗いたい。


 ものすごく洗いたい。


 けれど、それは叶わなかった。


 拭いただけで食事をしている。無理だ。

 丁寧に指の間も拭いてくれたけど、多分匂いなんてない。けれど、それでも、気持ちの問題なのだ。

 パンが食べられない。


「どうした?フラン?」


 笑いながらエドアルドが、聞いてきた。その手にはジャムがたっぷりと塗らてたパンがある。

 フランチェスコは、恨めしそうにエドアルドを見た。


「ん?」


 エドアルドは、フランチェスコをじっと見つめると、何かを勝手に理解した。


「遠慮するな」


 おもむろに、手にしたパンをフランチェスコに差し出した。


「ほら、あーん」


 突然の事だったのと、パンが食べたい欲求とが合致して、フランチェスコは素直に口を開けてしまった。遠慮せずに開けた口は、多分大きかっただろう。ジャムがつくのが嫌だった。と言う心情もどこかにあったかもしれない。

 フランチェスコの口に、ジャムがたっぷり塗られたパンがしっかりと押し込まれた。


「っん、うん」


 たっぷりと塗らてたジャムの甘みが、半ば死んでいた脳に刺激を与えたのか、咀嚼しながらフランチェスコは眉間に皺を寄せた。


「どうした?このジャムは好みでなかったのか?」


 エドアルドが、眉間の皺について尋ねるが、フランチェスコはそれもマズいと内心舌打ちをした。


(何をしているんだ、私は)


 うっかりと、自分のしでかした失態を客観的に見る。傍から見たら、まるで恋人同士のような中睦まじさだ。しかも、王子の手から食べ物を口に入れてもらうだなんて。なんて馬鹿なことをしてしまったのだろう。

 今更どうにもならないけれど、常にそばに居る侍従がしっかりと見ているではないか。侍従が誰かに言いふらすなんてことは無いだろうけれど、これではますます誤解が生じる。


「いえ、私も好きですよ」


 口の中に物を入れたまま喋るわけにはいかず、スープで流し込んでから返事をした。

 とにかく、礼儀作法はきちんとしなくてはならない。


「そうか、ほら、もう一口」


 こんどは、違うジャムを塗ったパンが口に運ばれた。さすがに拒否権はないようだ。そもそも、先程は食べておいて、次は食べないとか、おかしな話になる。

 パンを食べたかったのは確かなので、嬉しいことなのだが、フランチェスコが、パンを右手で掴めない原因を作ったのは、、目の前のエドアルドである。


 パンを咀嚼しながら、フランチェスコはふと思った。


 エドアルドは、ちゃんと手を洗ったのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役令嬢が貴腐人なので乙女ゲームは成立させません ひよっと丸 @hiyottomaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ