第11話 攻略キャラを揃えましょう

さて、フランチェスコとは誰なのか?

 もちろん、乙女ゲームに必要なキャラであるところの留学生を連れてきてくれる重要なキャラである。

 もちろん、連れてくるのは留学先の国の王子である。

 乙女ゲームであれは、主人公の攻略対象であり、攻略出来れば主人公は一緒に帰国してそちらでハピエンとなるわけだ。


 ただし、第一王子ではない。


 第二か第三か、その辺の王子である。

 だがしかし、ハイスペックであることは間違いない。


 裏設定でいけば、エドワードが落として妃にしてしまえるのだ。もちろん、クリスティーナもエドワードと結婚する。世継ぎを産むために。


 クリスティーナの狙いは、これなのだ。


 裏設定を攻略し続ければ、クリスティーナはエドワードの妃となり、やんごとなき事情を受け入れる悲しき乙女となれるのだ。


 なんと素晴らしいことか。


 嫌でも毎日見放題だ。


 全キャラコンプリートのために、是非とも隣国から留学生としてやってくる王子を、エドワードに落としてもらいたいものである。

 そのためにも、エドワードには、しっかりと俺様王子様になって攻め様仕様となってもらわなくては。

 フランチェスコの帰国が楽しみでならないクリスティーナなのであった。





「ご無沙汰しておりました」

 深々と頭を下げ、帰国の挨拶をしに来たのはフランチェスコである。


 陽の光を浴びてまるでガラス細工のように見えるほどの明るい飴色の髪は、軽く波打ち、薄い緑色の瞳が彼の穏やかな心の内を表しているように見える。

 そんな彼を前にして、穏やかに微笑むのはアティカスで、その隣に立つエドワードは内心穏やかではなかった。

 なぜなら、フランチェスコの背後から綿菓子のような少女が駆け寄ってくるのが見えるからである。


(うう、今はまずい…ダメだシャルロット)


 口を開いて拒絶の言葉を叫べればどんなに良かったか。

 しかしながら、そんなことはできるわけが無い。アティカスが隣にいて、目の前にはフランチェスコが居る。

 エドワードはこの穏やかな状態において、一人ソワソワと落ち着かない状態だ。隣に立つアティカスは、近づいてくるシャルロットに気づいているのだろうか?


「では、ゆっくりとランチでも楽しみませんか?」


 迫りくるシャルロットが見えていないのか、アティカスがそんな提案をしてきた。

 エドワードからしたら、素晴らしい提案である。すぐさま移動を開始したいものである。


「色々と話を聞かせてくれないか?」


 エドワードは賛同したと言うことで、フランチェスコに声をかける。早く移動を開始したい。

 が、だがしかし、シャルロットのなんと足の速いことか。


「エドワードさまぁ」


 甘ったるい声がすぐそこに聞こえていた。

 視界の範囲にしっかりとシャルロットがいて、満面の笑みもハッキリと分かる。

 しかも、その呼び掛けにフランチェスコが振り返ってしまった。


(最悪だ、シャルロット)


 エドワードは頭を抱えたいほど動揺していた。ここに来て、またもやシャルロットの存在が邪魔をするのだ。隣から冷ややかな目線が投げられているのが嫌なほど分かる。

 顔は見えないが、フランチェスコも顔をひきつらせていることだろう。外交のために留学していた彼である。醜聞のよろしくない行いを受け入れるはずがない。


(新しい攻略キャラみーっけたぁ)


 フランチェスコを確認したシャルロットは、速度を上げて近づいてきた。そして、なんの迷いもなくエドワード目掛けて駆け寄った。


「エドワードさまぁ、お会いしたかったですぅ」


 その胸に飛び込もうとしたところ、なぜかエドワードが半歩下がった。そして、シャルロットの体は後ろに引かれた。


「えっ!?」


 思ってもいなかったことが起きて、シャルロットは混乱した。掴まれたのは腕ではなく襟首。一瞬軽くだけど首がしまった。


「何者ですか?」


 シャルロットの襟首を掴んだままフランチェスコが尋ねる。留学から戻ったばかりのフランチェスコには、シャルロットの情報はない。

 あるのはエドワードの婚約者がクリスティーナであることぐらいだ。

 一体、この不埒者は誰なのか?まったく教養の欠片もないではないか。ふと見れば、アティカスが眉根を寄せているのがわかった。


「彼女はシャルロット。この学園の生徒です」


 抑揚な無い声でアティカスが答えた。

 その言い方から、この者がどのようなのかが知れるというものだ。

 しかも、エドワードは何も語らず、それどころか目線を逸らしたままだ。これでは後暗いところごがあると言っているようなものだ。


「エドワード様、これは一体?」


 フランチェスコはシャルロットの襟首を掴んだまま尋ねる。このような場所で、大声で名前を呼ばせるだなんて。そう、それを許していると言うのだろうか?いや、許しているからこそ、この者はこのような行動をとったのだろう。


「エドワードさまぁ、ひどぉい」


 こんな状況下においても、シャルロットは甘ったるい声を出してエドワードに助けを求めた。どう考えてもアティカスから侮蔑されていると分かりきっているのに。しかも、初対面のフランチェスコからは襟首を掴まれて、まるで捨て猫のような扱いを受けている。


「ああ、言い忘れてきました、フランチェスコ。彼女は一応男爵令嬢です」


 付け足すようにアティカスが言うと、フランチェスコの眉間に盛大に皺が寄った。

 学園に通う貴族の令嬢が、このような振る舞いをしているとは、なんということか。


「エドワード様、まったくもって情けない」


 フランチェスコはそう言うと、パッと手を離した。途端、支えが無くなったシャルロットの体は重力に従うことになる。


「ひゃん」


 芝生とはいえ、地面に強かに打ち付けられることとなったシャルロットは、なんとも言えない悲鳴をあげた。


「まったくもって淑女らしからぬ方には、それ相応の態度で持って接するしかありませんね」

 フランチェスコはそう言うと、エドワードに歩み寄った。


「例え学園の中に置いても、王子殿下であるという事をお忘れなきよう振舞って頂きたいものですね」

 言われてエドワードは黙ってフランチェスコを見るだけだ。


(うう、フランチェスコにまでこのような失態を見せてしまうとは)

 エドワードは心の中で盛大に泣いていた。


「ああ、ランチに急ぎましょう」


 アティカスはそう言うと、エドワードの腕を掴んで半ば強引に立ち去らせる。エドワードは、シャルロットに声をかけることもままならず、引きずられるようにして歩かされた。


「はしたない。たとえ男爵とはいえ貴族の娘であるのなら、それに相応しい礼儀を持って行動するべきでしょう」


 フランチェスコはそう言捨てると、シャルロットに一瞥もせずたちさった。


「凄い、ここまで好感度が低いなんて……」


 後に残されたシャルロットは、だいぶ勘違いした事を呟いていた。

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