第10話 主従はどっちに転んでも美味しい

クリスティーナとアティカスが仲良く帰ったあと、ジュールは早速エドワードのお世話を始めた。


「着替えがまだでしたね、エドワード様」

 そう言ってエドワードの上着に手をかける。


「ああ、すまない」


 今朝までじいやがしてくれていたことを、突然歳の近い青年に代わられて、エドワードはだいぶ焦った。

 何しろヘタレなので、心の準備のないままアティカスほどでは無いけれど、精悍な顔立ちの青年に背後に立たれては緊張してしまう。


(執事候補……執事、絶対に裏切らない腹心中の腹心になってもらうということとじいやが言っていたが)


 エドワードはジュールのことをチラチラと見てみる。

 背はエドワードより高い。アティカスよりは少し低いかもしれないけれど、背後に立たれたれ声をかけられた時、息が耳にかかった。つまりそれだけの身長差があるということだ。


「ジュール」


「はい、なんでしょうか」


 制服から室内着に取り変えるにしても、相手の好みの位置がある。肩や腕のあげる角度はそれぞれ違う。エドワードはあまり腕を上げないで着替える傾向がある。

 その微妙な感じをジュールはキチンと抑えていた。


「なかなか、いいな」


「お褒めいただき」


 違う、本当はそんなことを言いたかった訳では無い。とエドワードは内心思った。おもったのだが口には出来ない。


「晩餐の時間が近いですね」


 ジュールはポケットから懐中時計を取り出すと、そう言ってエドワードをソファーに座らせた。


「お時間か中途半端ですので、お茶を用意させていただきます」


 慣れた手つきでお茶を用意されれば、エドワードは素直に飲むしか無かった。

 ジュールのいれるお茶は、キチンとエドワードの好みの温度になっていた。これはかなりじいやが仕込んだと思っていいのだろう。


 しかし、さて、と思う。


(最近急に忙しいな)


 可愛らしいシャルロットが毎日戯れに来るのは日課のようなものだが、剣術の稽古や、アティカスの態度や、じいやからの指導など、回りが急に変わった気がする。

 しかも、いきなり執事候補がやってきた。

 昨日なにか説明があった訳では無い。今日になって突然だ。

 お茶を飲みながら考えるけれど、エドワードには全く理解が及ばなかった。


 そう、これはゲームの強制力だから。


 ただし、どちらのゲームのかは不明。





「エドワード様もようやくご準備が始まったご様子で、嬉しい限りですわ」


 王宮からの帰りの馬車の中、クリスティーナは兄であるアティカスにそう言った。

 傍から見れば、エドワードは王子としての自覚のない行動が目につきすぎて、婚約者であるクリスティーナに同情的だ。

 見た目も頭脳も家柄も完璧な婚約者と、その兄を時期宰相候補として侍らせているにもかかわらず、下級貴族の男爵令嬢を侍らせている。

 そのせいで鍛錬を怠り、剣の腕前が落ちた。成績も最近はあまり宜しくない。元凶はあの男爵令嬢だろう。

 誰もがわかっているのに、当の本人が分かっていないようなのが救えない。と、回りは見ている。



 で、ようやく立場を理解したのか?それとも、回りが理解させようと動いたのか?

 歳の近い優秀な人材をおいて、喝を入れるつもりなのだろう。

 周りがそう受け止めてくれている。

 まさにクリスティーナの思惑通りに事が進んでいる。そう、乙女ゲームの裏設定が着実に成立してきているのだ。


「ねぇ、お兄様」


 クリスティーナは扇で口元を隠しながら言った。

 少し気だるげな雰囲気を醸し出しつつ、ほんの少しだけ首を傾ける。視線を若干斜め下に向けて、そうするだけで十分だった。


「ああ、可哀想なクリスティーナ…どうしたと言う?」


 語らずとも雰囲気だけで兄を懐柔できるようになったクリスティーナは、次なる作戦を練る。


「ご学友のフランチェスコ様は、いつ頃お戻りになられますの?」

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