第9話 大好物はオカワリしたい

 クリスティーナは、登城していた。


 もちろん、エドワードに、用がある訳では無い。

 用があるのは、エドワードのじいやだ。今のところ、このじいやがエドワードの執事として勤めているわけなのだが、いずれは攻略対象へと変わる。

 そろそろ見習としてやってくる頃合いなので、未来の王太子妃としてクリスティーナは下見に来たのである。

 もちろん、じいやはクリスティーナの登城を大いに喜んでくれた。未来の王太子妃として、女王陛下に教えをこい、王子のための人脈にも目を配らせる。なんとも頼もしい婚約者であると認識してくれているのだ。


(執事候補は見えないところで動くから妄想するしかないのがつらいわ)


 執事候補は、とても真面目な見た目の青年なのだ。既に学園を卒業して、内政に携わってきたような、人物だ。

 年上の真面目くんを俺様王子様が………というシチュエーションもクリスティーナの好物である。年下だけど王子、年上だけど執事。主従って最高である。小さい方が攻めとか、見た目のアンバランスがまた楽しいのである。


(執務室で、とか、たまらないわ)


 紹介された執事候補を見て、クリスティーナは微笑んだ。その微笑みはもちろん、クリスティーナの大好物に対する微笑みなのだが、そんなことはまったく知らない執事と執事候補は、未来の王太子妃に気に入っていただけた。と、安堵したのである。


 で、自分の執事なのに、自分より先にクリスティーナが対面していたことにエドワードは少なからず衝撃を受けていた。

 だが、そのおかげで アティカスと一緒に帰宅するということが出来たので、それはそれでといいのだが。


「殿下の執事候補となります。ジュール・デュボアにございます」


 じいやに連れられてやってきた青年は、アティカスよりやや背の高い、黒髪に真面目そうな眼鏡をかけた人物だった。

 隣に立つアティカスは、何も言わずにジュールを見つめていた。エドワードの執事となるということは、アティカスとも仕事をするということだ。二人の相性も気になるところだが、視界の範囲ギリギリにあるソファーで、何食わぬ顔でお茶を嗜んでいるクリスティーナが気になって仕方が無い。


「アティカス・シルフィードです。学園でエドワード様の側仕えをしております」


 アティカスがそう言って腰を折ると、ジュールが慌てた。


「わたくしごときにそのようなことは、不要でございます」


 慌てたジュールがアティカスの肩を掴んで姿勢を正す。美貌の執事見習いと宰相候補の顔が近い。アティカスからすればジュールは年上で既に働いている先輩で、ジュールからすればアティカスは侯爵家の子弟である。頭を下げられるのは非常に困る。

 で、そんなやり取りが微笑ましくも、侍従同士が主の前で譲り合う構図なんて、これまたなんと眼福な事か!


 優雅にお茶を嗜みながら、クリスティーナは内心小躍りしているのだった。

 そして、肝心の主であるエドワードはそのやり取りを黙って見ているのである。


 黙って!


(ヘタレ王子、黙って見てるにしてもその顔!眉毛が八の字とかないでしょうよ!俺様の顔をしなさいよ!)


 クリスティーナはエドワードの顔を見て、そのヘタレっぷりにまた喝を入れるのであった。

 結局、じいやが二人を軽くいなしたのだが、なんにしても、今後はこの執事との絡みもクリスティーナの楽しみの一つとなったのである。

 今更だけど、王太子妃修行としての登城が楽しみになったのは言うまでもない。

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