第8話 ヒロインが主人公になるとは限らない

「エドワードさまぁ」


 頭の中御花畑と、見せ掛けて肉食系女子の主人公シャルロットが昼休みにエドワードに、駆け寄ってきた。


 本来なら許されない行動である。


 下級とはいえ貴族の令嬢が走るだなんてはしたないのである。まして、王子であるエドワードの名前を大声で呼ぶだなんてもってのほかだ。

 子犬のように駆け寄り、甘ったるい声でエドワードに話しかけるシャルロットをアティカスは無言で見ていた。もちろん、不敬であると顔にはしっかり書かれている。

 腕にしがみつかれて、胸を押し当てられれば思わず嬉しくなってしまうのは、たとえ王子であったとしても仕方が無いこと。


 なのだが!


 エドワードはアティカスの冷たい視線をしっかりと感じた。


「すまない、シャルロット」


 断腸の思いでシャルロットを腕から引き離す。


「エドワードさまぁ、照れていらっしゃるんですかぁ」


 自分が乙女ゲームの主人公と信じて疑わないシャルロットは、エドワードの反応に対してそんなことを返してしまう。好感度がダダ下がりのアティカスから冷たい目線を投げかけられても、そんなことは痛くも痒くもないのだ。


「今日こそ、ランチをご一緒させてくださぁい」


 胸の前で手を組んでのお祈りポーズで、下からウルウルお目目で見つめれば、確実に落とせる必殺ポーズ。胸の前なんだから、当然胸を強調出来て、目線は釘付け!絶対落とした。

 そう、シャルロットは確信したのに、なぜか、なぜか、エドワードは目線を逸らしたのである。


(え、どゆことよ?)


 シャルロットは目を見開いた。ありえないことが起きたからだ。攻略中の対象者が、エドワードが、願いポーズの自分から目線を外すだなんて。


「済まない、シャルロット。外部の者と一緒に食事は取れないのだ」


 エドワードは、全くシャルロットを見ず、まるでカンペを読んでいるかのごとく、完全に棒読みでそう言ったのだ。


「え?……が、外部の、者?」


 全くもって予想外の言われように、シャルロットは青ざめた。前世の記憶を頼りに、細かく好感度を上げてここまで来たというのに、いきなりの言われようである。


「済まない」


 エドワードはもう一度そう言うと、全くシャルロットを見ないまま、アティカスを伴っていつもの王族専用部屋に行ってしまった。

 もちろん、警備の兵士が立っていて、許可の無いものは近づくことが許されなかった。

 シャルロットは渋々全生徒が使用する食堂へと移動するのだった。

 そこでようやく、シャルロットはあることに気がついた。王族専用部屋に、婚約者であるクリスティーナも入っていないことに。


「あんなところに、なんでいるの?」


 庭の、芝生を眺めるようにしていたら、目線の先にクリスティーナがいたのである。

 取り巻きもおらず、一人で優雅にお茶を飲んでいる。

 じっと見つめるシャルロットに気がついたよか、クリスティーナが嘲笑うのがよく分かった。たがらと言って、それを理由にシャルロットが何かをすることは出来なかった。


 距離がありすぎるのだ。


 クリスティーナが笑ったのを、自分を嘲ったと難癖出来るほど距離は近くないし、クリスティーナが、笑ったのを見たのはシャルロットだけなのだ。優しい取り巻きたちはいない。悪役令嬢は、しっかりとその仕事をこなしているというのに、主人公である自分は遅遅として全くゲームが、進まないのである。




「本日も、素晴らしいランチですね」


 毒味役としてアティカスが先に一口料理を口に運ぶ。その洗練された所作にエドワードは相変わらず見惚れているのだが、そんなことを気取られては行けないので、とにかく顔を正面に向けて目線は壁に一直線だ。


「みなと同じものをたまには食べてもいいかと思うのだが」


 アティカスと二人っきりと言うのに不満はないが、シャルロットとともに食事をしてみたい。という邪な気持ちを捨てきれないエドワードは、ついそんなことを口にしてしまった。


「なりません。学園の食堂は市場から直接仕入れた素材を使っております。不特定多数の者が触れたものなど危なくてエドワード様の口に入れることはできません」


 アティカスにキツく言われて、エドワードは思わず眉が下がった。まるで叱られた子どもである。

 そんなエドワードの、反応を見てアティカスは慌てて優しい態度をとった。


「エドワード様、全ては、あなたのためなのですよ?」


 蕩けるように優しい笑顔で言われれば、エドワードも思わず笑顔になってしまうというものだ。


「あ、ああ。もちろん、分かっている」


 入学以来、ランチはアティカスと二人っきりである。婚約者であるクリスティーナが入学した時、気を利かせてアティカスがクリスティーナと二人っきりで、ランチを提案してきたが、クリスティーナがそれを断ったのだ。それ以来、アティカスがクリスティーナを誘うことはなく、誰か他のものが入ってくることももちろんなかった。

 エドワードは、今日もい心地のいい空間でランチを、堪能するのであった。



 で、もちろんなのだが、クリスティーナが笑ったのはシャルロットを見てではない。いつもの日課のためである。

 オペラグラスで覗いた光景が、本日も尊かったのである。もちろん、会話の内容は全く分からないが、エドワードが何かを言って、アティカスが軽く叱ったのだろう、眉尻を下げるエドワードは叱られた子犬のようで、全くもって受け顔をしていたが、その後アティカスが柔らか微笑みを浮かべると、エドワードもつられて微笑んだのだ。


 理想と逆ではあるが、それでも二人の関係が進展すればそれでよしとしようではないか。


 最終的にエドワードが俺様王子となればいいのだ。乙女ゲームでは無いので、期間が卒業まででは無い。落とせるまで続ける事が出来てしまうのだ。何よりこれが強みである以上、期間のある乙女ゲームの主人公であるシャルロットに勝ち目は無いのである。

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