第6話 腐女子的お茶会です

 せっかくの休日なのに、エドワードは婚約者のクリスティーナと王宮の庭でお茶を嗜んでいた。

 本当だったら、シャルロットとお茶を楽しみたかったのに、朝からクリスティーナが訪問してきたのだ。


「今日は、一体どうしたというのだ?」


 ちょっぴり怯えたものの言い方になってしまったのは、ここ数日のクリスティーナの態度に寄るところが大きい。


「あら?婚約者であるわたくしがこちらに来ることに、何か理由が必要でしょうか?」


 お茶を嗜みながら、クリスティーナはニンマリと笑った。もちろん、クリスティーナは黙ってここに来た訳では無い。

 乙女ゲームの主人公であるシャルロットがここにこられないように先回りをして、更に門番に、王子に面会を求める令嬢を一人たりとも通さないように厳命をしてきたのだ。

 もちろん、優秀な門番はクリスティーナの話をよく聞いた。

 なぜなら、クリスティーナはエドワード王子の婚約者なのであるから。


 そんなわけで、休みの日もエドワード様にお会いしたいですぅ。と王宮に押しかけようと企んでいたシャルロットであったが、あっけなく門番に門前払いをされてしまったのである。

 本来なら、シャルロットに会いたいエドワードが、シャルロットを通すように厳命していなはずなのだが、残念なことにクリスティーナの厳命によって上書きされてしまったのである。

 そうとは知らないエドワードは、シャルロットかいつ来るかと終始ソワソワしているのであった。




(この総受け顔を何とかしなくては)


 お茶を嗜みながらも、クリスティーナの頭の中はその事でいっぱいだ。

 乙女ゲームにあるまじき、肉食系女子の主人公のせいで、エドワードはすっかり草食系男子になりさがり、俺様王子様の也はひそめられ、どこからどう見ても総受け顔をしている。あくまでもクリスティーナの観点からではあるが。


「エドワード様、剣術の鍛錬はなされていらっしゃいますか?」


 不意に言われて、エドワードはドキリとしてカップを乱暴に置いてしまい、とても不愉快な音をたててしまった。

 その音を聞いて、クリスティーナの片眉がピクリと上がる。


「エドワード様」


 低いクリスティーナの声がした。

 優雅な仕草でカップを置くと、クリスティーナは楚々とエドワードの隣に立った。


「今から騎士たちの訓練所に参りましょう?」


 にっこりと微笑むそれは、有無を言わさない力強さしか無かった。エドワードに拒否権はなく、ものすごく後ろ向きな歩き方でエドワードは訓練所に向かうのであった。

 もちろん、そんなことであろうとも侍女もじいやも大変好意的に見送ってくれたのだった。




「まぁ、皆様なんと素晴らしい」


 訓練所で汗を流す騎士たちを見て、クリスティーナは開口一番褒めたたえた。

 それはもう、ぶっちぎりに褒めたたえた。精悍な騎士たちをとにかく褒めた。そして、隣に立つエドワードを上から下までゆっくりと見つめてみる。


(無理、貧相…こんなんじゃあ脳筋騎士を押し倒したりなんやりとかできっこないわ)


 クリスティーナの生きる糧である尊きシーンの実現のためには、まったくもって、エドワードの筋肉量が足りない。

 こんなことでは、王子総攻めルートが開かないではないか!クリスティーナは内心のいらだちを悟られないように、エドワードにそっと話しかける。


「エドワード様、優秀な側近を得るためには自らも鍛錬を怠ってはなりませんのよ?」


 下から覗き込むように、敢えてアティカスと見間違えやすい角度となるようにクリスティーナはエドワードに近づいた。


「そ、そうは言ってもだな」

「剣術もろくに出来ないなんて、恥ずかしいですわよ」


 小声でクリスティーナがそう言うと、エドワードは内心舌打ちをした。

 だって、剣術の訓練はきついし痛いし怖いのだ。


「恋人の一人も守れないだなんて、シャルロット様に幻滅されますわよ?」


 ここにいない恋人の名前を出して、クリスティーナはエドワードを、煽った。まったくもって、困った婚約者である。自分を守れとは決して言わないのだ。


「そ、そ、そんなことは……」

「まぁ、わたくしはアティカスお兄様に守ってもらえますからご心配なく」


 クリスティーナがニンマリ笑うと、エドワードの目付きがかわった。


「アティカスは私の側近…」

「わたくしの愛するアティカスお兄様ですわ」


 エドワードが言い終わる前にクリスティーナが力強く言い放つ。


「わたくしがエドワード様の妃となった暁には、それは確かにアティカスお兄様はエドワード様の側近なることでしょうけれど?」


 クリスティーナにまたもや正論を言われて、エドワードは何も言えなかった。

 そう、今は側に仕えてくれいるアティカスは、婚約者であるクリスティーナの兄である。あくまでも、クリスティーナが王太子妃、ゆくゆくは王妃になることを見越して嫡男であるアティカスが側近候補として側に仕えている、というのが現状の正しい認識である。

 故に婚姻前であれば、有事の際アティカスは大切な駒としての妹であるクリスティーナを守ることになるだろう。王子であるエドワードには、近衛騎士がいるのだから。


 しかし、だからと言って剣も持てなくては王子たる面子は保てないのである。己の身も守れないようでは幻滅されてしまうだろう。

 その考えに達した時、エドワードは目線だけでクリスティーナを見やった。

 クリスティーナは、口元だけが弧を描き笑っていた。


(図ったな、クリスティーナめ)


 ここまで来て、何もしないでは帰れない。何しろ、世間的には婚約者のクリスティーナが同伴しているのだ。


「わたくし、是非に拝見したいものですわ」


 乙女ゲームであったのなら、主人公シャルロットが強請るところであったのだが、裏ゲームを開幕させたクリスティーナがいることによって、そのセリフは悪役令嬢クリスティーナのものとなった。

 日頃の鍛錬を怠っている婚約者に恥をかかせるために。


「では、俺が御相手を務めさせて頂きたい」


 そう言って前に出てきたのは第一騎士団団長のプレストールだった。

 予想通りの展開に、クリスティーナは内心ほくそ笑んだ。家柄も実力も持ち合わせており、尚且つ騎士らしく誠実な男であるプレストールは、自分より実力の劣るエドワードに絶対に勝ちを譲らないからである。

 しかし、だからと言ってコテンパンにエドワードがやられてしまう訳では無い。それなりに時間をかけて剣技を出して、そうして足元のふらついたエドワードをしっかりと倒してくれるのである。


 ほとばしる汗がたまらないのだ。


 鍔迫り合いになった時に、お互いの顔が真正面から向き合うが、プレストールの方が若干背が高いためややエドワードが上目遣いになるそのシーンの美しさと言ったら……

 一人脳内再生をしていたクリスティーナは、危うく鼻血を出しかけた。鼻から息を思いっきり吸い込んで自身を落ち着かせる。

 いつの間にかに練習用の剣を持たされ、エドワードとプレストールが対峙していた。


(構えがヘタレ)


 婚約者であるエドワードの構えを見て、クリスティーナは絶望した。


 酷すぎるのである。


 本気の本気で、エドワードは鍛錬をしていない。丸分かりすぎて、悲しくなってきた。これで乙女ゲームの絶対的攻略対象とか、笑わせてくれる。ときめかない、こんなヘタレ相手にときめくわけが無い。どんだけ肉食系女子なんだ?主人公。

 プレストールのおかげで、何とか打ち合いが続いているようなもので、ヘタレなエドワードは足腰がグダグダだ。


(そんな脆い足腰で攻めができるかー!)


 これをみては、クリスティーナの俺様王子様の総攻めルートは絶望的と言えるだろう。


 あんまりだ。


 エドワードがあんまりなので、プレストールが頃合いを見て終わらせてくれたのが救いだった。

 絶望的すぎて、クリスティーナは頬が軽くひきつった。しかし、それを気取られる訳には行かない。あくまでも、自分はエドワードの婚約者なのだ。


「素晴らしかったですわ、エドワード様」


 まったく心のこもらない事を口にしたため、クリスティーナは結構な棒読みになっていた。しかし、これを言うのが今のクリスティーナの仕事である。

 エドワードを、引きづる様にして椅子に座らせ飲み物を飲ませる。キメの細かい肌には、玉のような汗が吹き出して観賞用としては申し分がない。

 汗をかいた男二人が向き合って談笑するその構図、クリスティーナにとっては好物の一つである。


(もっと、近づきなさいよ)


 プレストールがなかなか エドワードに近づかないのが残念なところなのだが、不意にプレストールが、エドワードに顔を近づけた。


(き、来っ)


 エドワードのヘタレっぷりを心配したプレストールが、他のものたちに聞こえないようアドバイスをしているのだ。


(くーーー、耳元に唇を寄せて!!)


 思わず力が入り、顔がニヤけるのを必死に押える。こんな所で醜態を晒す訳には行かないので、クリスティーナは扇で顔を慌てて隠した。


(あーーー、たまらないっ)


 どうにもならない胸の高まりに、クリスティーナは悶えるしかなかった。

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