第5話 ゲームは開始してますよ?

 今日も今日とて、クリスティーナは眼福であった。

 乙女ゲームの主人公であるシャルロットを遠ざけるため、麗しの兄アティカスが婚約者である王子の隣を陣取っている。


 もっとも、アティカスも乙女ゲームにおいて攻略対象ではあるのだけれど、あちらの主人公は王子ルートに入っているようで、アティカスからの好感度はかなり低い。

 だから、アティカスの主人公に対する態度は冷たいものになっている。


 すなわち、王子に近づく主人公を害虫でも見るような目付きで見て、冷たく追い払うのだ。もしくは、王子に苦言を呈する。この態度は、乙女ゲームにおいては主人公に対しての好感度の低さの証明になるが、逆に言えば、裏ゲームにおいては王子に対する好感度の高さの証明とも言える。


「殿下、公の場であのような戯れは如何なものかと」


 軽く眉根を寄せながら、アティカスが苦言を呈すれば、たちまち王子の表情が曇る。


「シャルロットは天真爛漫なところが可愛らしい…」


 最後まで言い切ることが出来ず、王子はアティカスの冷めた目線とぶつかってしまった。侮蔑が含まれている気がして、何とも居心地が悪い。


「我が妹のクリスティーナが、そんなにも目障りで?」


 冷ややかさを孕んだその言い方に、王子は緊張のあまり思わず唾を飲み込む。何かを言いたいのだけれど、頭に浮かぶのはどれもこれも言い訳ばかりで、それを口にすればまたアティカスから侮蔑の言葉を言われそうで恐ろしかった。


 そうして、何も言えないままでいると、

「噛んでますよ」

 アティカスの指が自身の唇に触れ、知らずに噛んでいた唇を開かせた。


「血は出ていませんね」

 アティカスの指が唇をくるりとなぞり、その指に血がついていないのを確認している。


 その動作をただ眺めていただけではあったが、目線をそらすことも出来ず、不甲斐ない自分に悲しくなる。

 いつまでもアティカスの指から目線を外せないでいると、その手が不意に自分の頬に触れてきて王子はビクリとした。


「怒っている訳ではありませんよ?」


 覗き込むように見つめられ、王子はかなり動揺してしまった。


(これでは私が口説かれているようではないか)


 じいやとクリスティーナの二人から言われていることなのに、まったくの真逆になってしまい、自分の不甲斐なさにまた落ち込むのだった。




 で、そんな様子をオペラグラスでクリスティーナはしっかりと観察していた。


「お兄様…」


 背中がゾクゾクするほどの物を見せてもらえて、クリスティーナは至福のひとときであった。ただ、惜しむらくは立ち位置が逆であったことだろう。なんとまぁ、アティカスは男前なことか。それに比べて婚約者たる王子のあの態度ときたら………

「受け面になってる…」


 見目麗しい王子の顔をが、目じりを提 下げて上目遣いになってしまうとは!惚けた目をしてアティカスを見つめてしまうとは!


(シャルロットめぇ!よくも)


 左手にある扇をギリギリと握り締め、クリスティーナは奥歯を噛み締めるのをこらえるのであった。


「でも、いいものは見られたから良しとしましょうか」


 とにかく尊いものが見られれば、クリスティーナ的には心が満たされるのである。


「お兄様で、ここまで難航してしまっては、その他が、疎かになってしいますわね」


 その他の攻略対象を思い、クリスティーナは王子の操縦について思いを巡らせる。

 脳筋騎士は学園にはいない。既に騎士として立派に務めているのだ。そこにはあの邪魔者の主人公シャルロットは入ることが出来ない。

 じっくりたっぷりと王子に攻略させられるというものだ。そのために、王子をけしかけなくてはいけない。脳筋騎士と交流すれば鍛えられて俺様王子に覚醒するかもしれない。

 そんなわけで、クリスティーナは次なるターゲット攻略のため、作戦を開始するのであった。




 帰宅の馬車に、なぜだかまたもや婚約者であるクリスティーナが乗り込んできた。

 アティカスにえがおで頼まれれば、無下に断ることは出来ず、エドワードは今日もクリスティーナの顔を真正面に見ることになった。


「ようやく二人っきりになれましたわね」


 扇で口元を隠してはいるが、ニンマリと笑っているであろうことは容易に想像ができた。

 実際、クリスティーナは満面の笑みだ。

 次なるターゲットを定めたため、草食系男子になりさがり、総受け顔になってしまったエドワードをけしかけに来たのだ。


「何の用だ」


 不機嫌さをこれっぽっちも隠さずに、エドワードはクリスティーナを睨みつけた。


「最近、アティカスお兄様と仲良くしてくださってますのね?」


 ゆっくりとした口調で確認をされると、嫌でも意識をしてしまう。

 そして、今日の出来事を思い出して、一人で顔を赤くしてしまい、正面からクリスティーナに睨まれてしまった。


「口説かれてどうしますの?」


 ゴガッ とクリスティーナのヒールがエドワードの顔の脇に伸びてきた。仮にも王子であるエドワードに対してなんという態度なのか。

 だがしかし、この婚約者たる令嬢に、エドワードはもはや何か口答え的なことは言えなくなっていた。


「私とて…」


 途中まで言ったところで、今度は目前にクリスティーナの顔が迫っていた。


「王子たるものそのように気弱な振る舞いでとうなさいますか」


 キッパリと言い渡されて、エドワードの目線はオドオドと中を彷徨う。

 その顔を見て、またもやクリスティーナは舌打ちをした。


「もっと、しっかりなさいませ」


 内心主人公に悪態を100ぐらいつきながら、クリスティーナは笑顔でエドワードに向き合った。


「近衛騎士とは交流なさっていらっしゃいますか?」


 突然の質問に、エドワードは目を白黒させた。何しろ、学園に通い始めてから剣術の訓練を疎かにしていたのだ。

 理由は2つ、学園での勉強が思ったより大変だったこと、もうひとつは言わずもがな、シャルロットとであってしまったからだ。


「剣術の鍛錬を蔑ろになさっていらっしゃるなんてことは、ございませんわよね?」


 正面からクリスティーナに睨まれるように尋ねられ、エドワードはものすごく居心地が悪かった。

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