第4話 私は悪役令嬢
「お兄様、今日はありがとうございました」
自宅に戻ると、クリスティーナは美しい兄であるアティカスに礼を言った。
今日もお兄様のおかげで耽美なものを堪能できて、草食系男子になりさがった王子に喝を入れることが出来ました。
なんてことはおくびにも出さず、あくまでも婚約者であるエドワードと二人っきりなれたことへの感謝を述べる。
最近、ライバルとも呼べないような令嬢のせいで傷心しているであろうかわいい妹が、満面の笑みを浮かべているのだから、アティカスはとても嬉しくなった。やはり、婚約者同士は仲良くしなくてはと言う思いがアティカスにはあった。
だから、件の令嬢が妹を差し置いてエドワードと二人っきりになろうとすることは、とにかく邪魔をするしかないと心に決めている。
王族しか使えない食堂も、他に誰も入れないように自分が同席する。いずれは側近として仕えるのだから、今から付き添っても問題は無い。何よりも、可愛い妹のためだ、虫除けぐらいは進んでやらねばならるまい。
「おまえが笑顔でいるのが何よりだよ」
蕩けるような笑顔でそう言うと、可愛い妹は一瞬戸惑ったような顔をしたが、
「お兄様、嬉しいです」
そう満面の笑みで答えてくれた。
帰宅したばかりの妹は、着替えのために自室に行ってしまった。それを見送りながらアティカスは満足そうにうなずいた。
自室に戻ったクリスティーナは、メイドに手伝ってもらってドレスを着替えた。部屋着用のシンプルなワンピースだ。
お茶を入れてもらい、いつものように日記をしたためる。とは言っても、日記という名のレポートだ。
俺様王子様の王子総攻めルートを突き進むべく、攻略対象者をピックアップし、攻略方法を思い出した順に記入してある。
「そもそも、王子が未だに草食男子」
ゲームを半ば強引にスタートさせたものの、困ったことに王子が受けキャラ化している。
これでは自分の理想の攻略ルートが進まない。
「金髪碧眼の容姿端麗王子が攻めであるからこそ、脳筋騎士が落とされるのが美しいのに」
クリスティーナの脳裏に浮かぶのは、訓練後のシャワーを浴びる騎士の筋肉を褒め、攻め落とす王子のスチル絵。総攻め王子は、なかなかの細マッチョであったので、眼福なものであった。
それを生で見たい。………なんて無謀なことは言わない。いや、見たら鼻血が出て出血死してしまうだろう。令嬢としてありえない。
少し覗ければそれで御の字である。
「とにかく、まずは王子の性根を叩き治さなくては」
声に出し、目標を掲げると、何やら視線があった。
いやーな予感がして、そーっとそちらを見ると、メイドがじっとこちらを見ていた。
「……………」
うっかり妄想がはみ出ていたクリスティーナは、メイドを見つめ直す。下げずんだ目はしていないようだ。
「お嬢様」
メイドがなぜか目を潤ませてこちらを見ている。
「何かしら?」
平静を装って聞いてみる。
「お嬢様、なんて健気な…」
なぜかメイドが感動して泣いているようだった。
「ええと?」
「お嬢様はあのふしだらな下級貴族の娘に骨抜きにされた殿下をっ」
なんか泣いている。
(どこかに誤解が生じているみたいだけど)
「婚約を破棄してもいいぐらいですのに、さすがは未来の王太子妃にございますわっ」
どうやら、王子を鍛え直すのくだりで、激しい誤解が生じたらしい。クリスティーナは、あくまでも俺様王子の総攻めのために、王子を鍛え直すのだ。決して、未来の国王として相応しくあるように鍛え直すのではない。
まぁ、わざわざ、そんなこと口に出して宣言する必要はないので、クリスティーナは黙ってメイドに礼を言うことにしたのだった。
王宮の自室で、エドワードは一人悩んでいた。
婚約者であるクリスティーナが、やたらとうるさいからだ。しかも、うるさく言ってくる内容がシャルロット絡みの事でなく、側近候補でもある自分の兄を口説き落とせ。とかそう言う内容なのだ。側近候補を口説き落とすとはどういうことなのか?考えても答えは出てこない。
仕方が無いので、王子であるエドワードは聞いてみることにした。
「じいや」
そう呼ぶと、幼い頃から付き従ってくれた世話係でもあるじいやがやってきた。
「ご用件はいかほどで?」
ソファーに、座っているからお茶か、本か?そんな類の質問に、エドワードはなぜか姿勢を正して向き直る。
「じいや、聞きたいことがある」
「これは、また。どのようなことにございましょうか?」
驚いたような言い方をしてはいるが、その実まるで驚いてなどいない。少し珍しいことと言えば、王子が姿勢を正したと言うことだろうか。
「クリスティーナに…」
「なんでしょうかな?」
婚約者の名前を出しただけで食い気味にくるじいやに、エドワードは少しだけうんざりした。そこじゃないんだ。
「クリスティーナに言われたのだ。側近候補を口説き落とせ、と」
そう言いながら、意味がわからない王子は自然と眉根がよってしまう。婚約者はなんと意味のわからないことを言うのだろうか。
「ほほう、さすがは婚約者殿ですな」
なのに、じいやは婚約者の話を支持するのだ。
「どういう意味だ?」
幼き頃から信頼してきたじいやであるのに、婚約者と同じ意味のわからないことを肯定するというのか?
「まこと、その通りでございますよ殿下」
じいやはそう言いつつ、慣れた手つきでお茶を入れて目の前に差し出してきた。
「良いですか、殿下は臣下をなんと心得てございますか?」
「臣下は臣下だろう?忠誠を誓って付き従ってくれる」
エドワードが当たり前の答えを言えば、じいやはいつになく声に力を込めてきた。
「何たるていたらく」
じいやは額をおさえて天を仰いだ。何となく大袈裟すぎる気がする。と王子はおもうのだが、口には出せない。
「何もしないで忠誠を得られるとお思いですか?」
なんだか婚約者と似たようなことを言い出してきた気がする。
「何もしないわけではない。即位するし、仕事だってする」
エドワードは当たり前のことを、当たり前のように言った。
「そのような心構えでは臣下はついてはきませんぞ」
「当たり前のことを当たり前にすることだって大切だろう?」
「王たるものが、王としての務めを果たすことは当たり前なのです。それは国民へ果たすべく義務なのです。だからこそ、国政が滞りなく動くよう、指示を与えずとも王のために動いてくれる臣下が必要なのです」
じいやの力説に、エドワードははたと考えた。自分はシャルロットと仲良くなるためにどれほどの言葉を交わしたか。心が通いあっているからこそ、目線が混ざるだけで満たされるのではないか?
そう思い至った時、確かに今いる側近候補は友だちとしてある日から常にそばにいるようになっただけで、友だちになろうとかそう言った約束事をした覚えはない。回りがそうだと言うからそうなんだろう。と、思っていた。
「心が通っていないか…」
「その通りにございます」
じいやに言われて素直に頷く。
シャルロットと同じように、心が通い合うほどにならなくてはならない。それはすなわち、クリスティーナの言うように、口説き落とすということなのだ。
そのためには、下準備が必要だろう。
「じいや、色々と頼みたいことがある」
「お任せ下さい」
ようやく、エドワードが、主役のゲームがスタートするのだ。
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