第3話 この顔、いかがでしょう?

「それで?わたくしのお兄様のことをどうお思いで?」


 先程から、クリスティーナはやたらと兄であるアティカスに形容詞をつけたがる。

 それを耳にする度に、エドワードは心になにか暗いものを感じてしまい、クリスティーナのことさえまともに見られなくなる。


「いずれは私の側近となるだろう」


 だから、傍に置いているのだ。婚約者だからといってズケズケとさも当たり前のように寄ってくるお前とは違う。と、エドワードはそう言いたかった、のだが。


「わたくしと結婚しなければ、それは叶いませんわよ?」


 そう言ったクリスティーナの口元は笑っていた。


「何を言う」


 思わずエドワードはクリスティーナを睨みつけた。


「それはわたくしのセリフですわ」


 クリスティーナはさも愉快そうにそう言うと、ニンマリと笑った。赤い唇が弧を描く。


「わたくしが婚約者であるから、お兄様はエドワード様の傍におりますのよ?」


 そう言われて、怪訝な顔をすると、クリスティーナはなおも言う。


「わたくしとの婚約を破棄しようものなら、お兄様だってエドワード様の傍には居られなくなりますわよね?」


 自分がしようとしていたことを先に言われて、エドワードは戸惑った。


「だってそうでしょう?妹を捨てた王子のそばで働くことが出来ますか?そんな醜聞に耐えながらお兄様は務めることができるのでしょうか?」


 可哀想なお兄様。と、涙を拭う仕草をされれば、さすがにエドワードも心を痛めた。このままでは自分のせいでアティカスが離れてしまう。


「いや、しかし…」


 そんなことは無い。と否定したい気持ちはあるのに、上手く言葉にできなくてエドワードは口ごもる。


「どんなに王子が望まれましても、世間はそういう目で見ますわ。可哀想なお兄様」


 クリスティーナはさもエドワードが悪いかのようにうっすら涙まで浮かべるのだ。


「いや、しかし」

「わたくしのお兄様は不誠実な方はお嫌いですのよ?」


 クリスティーナはそう言ってエドワードを睨みつけた。こんなこと、不敬だと言ってしまえばそれまでなのだが、

「わ、私がいつ不誠実なことをした?」

「まぁ、心当たりがないとでも?」


 クリスティーナはわざと大袈裟に驚いてやった。


「あ?ああ、いや、その…」


 心当たりが大ありなエドワードは、嫌な汗をかいてしどろもどろになる。


(本当に馬鹿なのかしら?この王子)


 クリスティーナは心の声を黙らせつつ、エドワードにニンマリとした笑顔を向けた。

 先程浮かべた涙はどこに行ったのやら。


「アティカスお兄様は、王子がわたくしの婚約者であるから傍にいるだけですのよ?おわかり?」


 随分な言い方ではあるが、まったくもってその通りなのである。

 クリスティーナとアティカスの父であるシルフィード侯爵からの命令で、女よけのためにエドワードの傍にいるだけなのだ。

 側近候補というのは単なる名目上のことだ。このままエドワードとクリスティーナが結婚すれば、侯爵家であるからアティカスが側近、宰相になるのも破傘ではない。

 大抵の場合、その地位のために娘を王族に嫁がせるのだから。

 そう、すなわち!エドワードはなんの努力もなしなアティカスを傍に置いているということになるのだ。


「わ、私にどうしろというのだ」


 エドワードは、とうとう根を上げてしまった。


(こ、このバカ!どーして俺様王子設定だったはずのあんたがそんな顔をするのよっ!)


 クリスティーナは、内心ものすごく舌打ちをしていた。まったくもって設定からエドワードが外れてしまっているのだ。


(あんの、くそ主人公めぇ!肉食系女子のあんたがせまったせいで王子がダメダメじゃない)


 裏ゲームを堪能していたクリスティーナは、乙女ゲームをゴリ押しする主人公が本気で許せなかった。が、いや、待てよ。もしかして主人公、実は王子が総攻めの俺様王子様設定ではなく、裏の裏ルートの王子総受け支持なのか?

 なんて、一瞬考えてしまった。


(んな、わけないか)


 一瞬でも自分の世界を否定するような考えを持ってしまって、クリスティーナは反省をした。


「努力なさってください」

「な、なんだと?」


 突然の申し出にエドワードは焦った。


「努力もなしに側近候補達が手に入ると思わないでくださいな」


 キッパリと断言されて、エドワードは黙り込んだ。


「何もしないで優秀な臣下が集うとお思いでしたの?王子が努力しなければ臣下は誰もついては来ませんわよ?」


 まったくもっての正論で、エドワードは返しようがない。


「女にうつつを抜かすような者になど、誰がついて行きますか」


 吐き捨てるように言われて、エドワードは思わず下を向いてしまった。


「もちろん、わたくしは努力をしておりますわよ?」


 クリスティーナが、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。それについては否定のしようがない。確かに、クリスティーナは淑女として完璧な礼儀作法をし、諸外国の言葉も堪能である。いつなん時でも外交をこなすことが出来るだろう。

 それに比べて、自分はどうだ?シャルロットは?

 答えられなくて黙っているエドワードに、クリスティーナはやさしく助言をする。


「エドワード様、まだまだ挽回の余地はあります。努力なさいませ、そうして側近候補と言われる者たちを口説き落とすのです」


 キッパリとクリスティーナに言われて、エドワードら顔を上げた。


 口説き落とす?


「大抵のものは血筋でその職に着きますけれど、だからといって無条件に忠誠を誓ってくれる訳ではありせんのよ?」


 クリスティーナの言うことが最もすぎて、エドワードは反論ができない。そう、側近候補と言われる令息たちがみなが臣下になって忠誠を誓ってくれる保証はない。愚王とみなされれば反乱が起きるかもしれないし、離れてしまうかもしれない。

 アティカスからさげずまれるような目で見られるのは耐え難い。とエドワードは身震いをした。


「ど、どうすればいい」

「まず、努力をするのは当たり前です」

 クリスティーナは真顔になってそう言った。


「そして、これが重要ですわよ」

 クリスティーナが、ずいっと近くに来る。

「惚れさせなさい」

「?」

「口説き落とすのです」

「?」

「王子としてのカリスマ性を磨き上げて、お気に入りの側近候補と言われる令息たちを落とすのですわ」

「無茶を言うな」

「やればできます!」

 クリスティーナが鼻息荒く断言する。


「わ、分かった。努力する」

「ですから、無理にミリア嬢と別れる必要はありませんのよ?」


 クリスティーナはニンマリと笑った。だって、別れたりしたら気取られるかもしれないから。あくまでもミリアには乙女ゲームの主人公のつもりでいてもらわなくてはならない。

 クリスティーナはどちらでも悪役令嬢ポジションにいるので、自分の都合のいいように王子に指示を与えればいいのだ。うっかりミリアに裏ゲームが始動してあることがバレたら計画が頓挫しないとも限らない。


(私の目標はあくまでも俺様王子総攻めなんですからね!邪魔はさせなくてよ)


 万が一、本当に万が一でもミリアが裏ゲームを知っていて、なおかつ王子総受けルート推しだったりしたら、とんでもないことである。


「クリスティーナ、いいのか?」


 エドワードは予想外のクリスティーナの言葉に喜んでいた。実に単純に。


「英雄色を好むと言いますもの、よろしいと思いますわ。もちろん、わたくしが妃になることは揺るぎませんけれど」


 クリスティーナに断言されて、エドワードは固まった。つまりなにか?ミリアは愛人ということか?


「そ、それは道徳観念からして…」

「どの口が言いますか」


 ピシャリと捨てられ、エドワードは口を噤んだ。

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