第2話 主人公とは?
「エドワードさまぁ」
めちゃくちゃ媚びた声色で、主人公ことシャルロットが王子の腕にしがみつく。
それを見て若干引き気味なのは悪役令嬢の兄であるアティカスだった。
「どうした?シャルロット」
突然のことにも、優しい笑顔で対応する王子に、シャルロットは拗ねたような顔をする。
「今日もランチをご一緒出来ませんでしたぁ」
そう言って、人差し指で王子の二の腕をグリグリする仕草は愛くるしい。と思えなくもない。
だが、アティカスがそれを見て若干眉をひそめたのを見てしまうと、エドワードは慌ててシャルロットを引き離した。
「だ、ダメだシャルロット」
突然のことにシャルロットは驚いた。今朝はこのスキンシップを受け入れてくれたのに、なぜ今はダメなのか?今朝だって、あの憎き悪役令嬢の前でイチャついてくれたではないか。
「えー、どうしちゃったんですかぁ」
鼻にかかったような甘えた声を出し、シャルロットはエドワードの手のひらに自分の手のひらを合わせる。いわゆる恋人繋ぎをしてエドワードの反応を探る。
「だ、ダメだシャルロット」
エドワードは焦った顔をして、またシャルロットの手を突き放す。
(なによー、急に照れちゃって)
前世の記憶があるシャルロットは、エドワードのこの反応に全く動揺することがなかった。むしろ今更初心な反応をされて楽しくなった。
「エドワードさまったらぁ」
甘ったるい声を出し、人差し指で軽くエドワードの胸の辺りをつついた。
それを見て、エドワードが困ったような顔をすると、シャルロットは軽く笑ってあろうことかエドワードの頬にキスをした。
「なっ」
慌てたのはエドワードで、頬を慌てて押さえる。心做しか赤くなっている気がする。
「エドワードさまぁ、明日こそランチをご一緒しましょうね」
そう言って可愛らしく微笑むとシャルロットは去ってしまった。
一連の流れを見ていたアティカスは、黙ってエドワードを見つめている。咎められたような気分になり、エドワードはまともにアティカスを見ることができない。
「恐れながら、公衆の面前で行う行為でないかと?」
眉一つ動かさずにそう言われ、エドワードは血の気が引いた。
「いや、彼女は天真爛漫で」
なんの言い訳なのだろうか?エドワードはかなり焦っていた。よりにもよってアティカスのいるところでこのような振る舞いをしてくるとは。
「私は構いませんが、妹の耳には入れたくないことです」
アティカスにそう言われて、エドワードは胸が傷んだ。私は構いませんがと言うワードが胸に突き刺さる。
(くそ、シャルロットめ)
内心毒づきながらも、エドワードはあやふやな返事をアティカスにした。
可愛らしい恋人に不満はないが、スキンシップをする時は周りを見て欲しい。そう願わずにはいられなかった。
学園から帰るにあたり、馬車に乗り込もうとしていた時、ゆっくりと豪華な金髪縦ロールがエドワードに近づいてきた。
「ごきげんよう、エドワード様」
美しく微笑みながら自分の名前を呼ぶその令嬢を見て、エドワードは内心苦々しい思いがあった。
なぜなら、彼女は自分の婚約者にして、アティカスの、妹だ。自分がシャルロットを恋人にしても眉一つ動かさずにシャルロットを可愛らしいと褒めたたえた。
そういうほどに肝が座った令嬢である。
「クリスティーナ、どうしたんだい?」
アティカスが優しく妹の名を呼ぶのをエドワードは恨めしく思った。自分もそうありたい…口には出せないけれど。
「エドワード様とご一緒したくて」
有無を言わせないほどの満面の笑顔を向けてクリスティーナがそう言うと、アティカスは優しく微笑み返した。それを見て、エドワードは嫌な気分になる。
「エドワード様、どうか我が妹の我儘を聞いてやってくださいませんか?」
アティカスに優しげな微笑みと共に請われれば否とは言えない。
内心舌打ちをしつつもエドワードは、婚約者であるクリスティーナの手を取り馬車に招き入れた。
扉が閉められ、エドワードはクリスティーナと二人っきりにされてしまった。
(なぜ、アティカスは乗らないんだ)
クリスティーナとアティカスは兄弟なのだから、一緒に乗ればいいのに、なぜアティカスアは自前の馬車に乗る?そうは思っても口には出せず、エドワードは爽やかな笑みを婚約者に向けた。
「腐腐腐」
クリスティーナが笑ったが、不穏な空気が否めない。いや、何か笑い方が変だ。
(進行方向と逆向きに座らせたのが不味かったか)
エドワードはしきりに考えるが、クリスティーナの微笑みの裏が分からない。
会話も出来ずにエドワードが黙っていると、突然クリスティーナがガっと動いた。
「わたくしの何もかもが気に食わないそうですわね?」
クリスティーナの顔がググッと近づいてきて、エドワードは思わず後ずさった。とは言っても背もたれがあるのでほとんど逃げ場はないけれど。
「あたりまえだ」
エドワードは虚勢をはるしかなかった。どう足掻いても分が悪い。
「本当に、何もかも?」
クリスティーナが下から覗き込むように問うてくる。上目遣いの緑の瞳が潤んでなんとも言えない雰囲気を醸し出していた。
「あ、当たり前だ」
「この髪色も?」
クリスティーナは、見事な縦ロールを片手でまとめて輪郭をスッキリとして見せた。
その面輪を見てしまい、エドワードは思わず喉が鳴った。白い肌は透き通るように美しく、毛穴のひとつも見当たらない。
「この眉の形も、鼻筋も?」
クリスティーナに言われた箇所に自然と目がいく。
柳のように美しく弧を描く眉に、スッキリとした鼻筋。
「この唇も上を向いて生意気そうだと?」
艶のある唇は、少し上向きでなんとも言えない色香があった。普通の男なら奪いたくなるに違いない。
だが、エドワードはそんな気持ちにはならなかった。
「本当にこの顔がお嫌いなんですのね?」
しつこいほどにクリスティーナが問うてくる。
なぜにそこまでしつこいのか?エドワードはうんざりした気持ちでクリスティーナを睨むように見つめた。
「そうですか。そんなに…」
悲しそうな素振りでクリスティーナは下を向く。
「そんなにこの顔が嫌いなんですのね?それでは、お兄様の顔もお嫌いですわね?」
そう言って、クリスティーナは下から睨みつけるような、眼差しをおくってきた。
「っ…」
エドワードは思わず息を飲んだ。
クリスティーナの突然の言葉に頭の中で理解が追いつかない。
「この顔がお嫌いということは、わたくしの愛するアティカスお兄様もおきらいなのでしょう?見たくもないほどに」
クリスティーナが傷ついたような顔をして、一瞬目を合わせた後に視線を下げた。
髪がかかっていないため、ハッキリと見えるその面輪に喉が鳴る。
「そんなことは無い」
エドワードは思わず口にした。
そんなことは無い。アティカスを見たくもないだなんて、そんなことは無い。
「あら?」
クリスティーナがからかう様にエドワードを見た。
「いや、その…」
「腐腐、この顔がお好きでしょう?」
クリスティーナはニヤリと笑いながらそう告げた。若干、笑い方がおかしい。
「わたくしと、愛するアティカスお兄様は瓜二つですのよ?」
クリスティーナにハッキリと言われて、エドワードは嫌でも自覚させられる。
「そうだな、お前とアティカスは同じ顔をしていたな」
口にして、思わずにやけそうな口元を手のひらで覆い隠した。今目の前にいる婚約者であるクリスティーナにバレたくはない。
「それで?」
クリスティーナが続きを促す。
言いたくないが、言わないわけにはいかない。
言わなければ、クリスティーナが伝えてしまうだろう。それは困る。
「あ、ああ。その…美しいと、思う」
視線をチラチラとしか送れないまま、エドワードは答えた。
「それは大変光栄ですわ」
クリスティーナはニッコリと微笑むと、再びエドワードの向かいに腰掛けた。
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