第4話 手紙4

 言うに事欠いて、その続きにはそんなことが書いてあった。ほんの少し前の雰囲気が全く違ってしまっている。確かに、妻はそういうところがある人間だった。


――口だけでなく、手紙でも言いたいことを言ってくるなんて……。


 だが、今は反論したくても反論すらできない。そういえば、妻は私の反論をいつも『屁理屈』ですましていた。だが、ここはあえて言っておく。あの時は『急激な腹痛に襲われただけだ』と言ったはずだ。


――今さら妻が信じていなかった事実を思い知るとは……。


「だからきっと、あなたはこれまで涙なしにはこの手紙を読めなかったと思います。しかも、鼻水も垂れているに違いありません。しわとしわの間にそれが入り込み、それはもう見るに堪えないひどい顔なのでしょう。もっとも、それを自覚しているあなたです。その顔を誰にも見せることがないように、手伝いに来ていた娘を追い返しているのでしょうね。そして、一人でこの手紙を読んでいる事でしょう。一人だけになった家であるにもかかわらず、まさかトイレで読んだりしてないでしょうね?」


 ………………。


「わかりますよ、私には。あなたはきっと周囲には見せかけだけの堅物を振りまいているのでしょう。本当に『頭のいい人』とやらの考えることはよくわかりません。そうすることが『恰好いい』とでも思っているのでしょうか? ふふっ、そのやせ我慢している姿が目に浮かびます」


 ………………。


「でも、安心してください。まあ、せめてもの情けでもあります。誰も知らないその真実。私はそれを知ってますが、誰にも言っていませんし、言うつもりもありませんから。よかったですね、ちゃんと気遣いのできる妻で」


 手紙の持つ手が微妙に震える。そこにいるのは確かに妻。調子のいい時に書いたものは、いつもの妻が感じられた。


――残念だったな、今はもう泣いていない。


 ただ、それほど気遣いができるのであれば、もう少し読みやすい方がよかった。置き場所も含めて、少しは考えればいいものを……。


 少し怒りのような感情が出てきているが、それを妻にぶつけることはもうできない。だが、何といっていいかわからないが、なぜだか普段の感じを思い出した。


――そういえば、妻とはこんな感じだった。


「ああ、そうそう。大事なことなので書いておきます。この手紙が読みにくいと思っているのでしたら、それはあなたのせいですからね。私はちゃんと書いてますよ? あなたが泣いているから悪いのです。そうそう、ここでいう必要もありませんが、一応これも言っておきます。その時が来ても、私の顔はきっと笑顔でいるはずです。この手紙を読んでいるあなたは、もちろんその事を知っているはずです。誤解のないように言っておきますが、あなたの今の顔を想像して笑っているのではありませんよ? これまで一緒に生きてきて、もう散々笑わせていただきましたからね」


――本当に、一方的に言いたいことを言ってくれる。だが、確かに最後の顔は微笑んでいた。


 しかし、妻は相変わらず妻だった。手紙の一枚目も二枚目も、心配する感じを見せておきながら、結局自分が何でもわかっていることを言いたかったに違いない。


――お前は昔からそうだった。


 人を『しょうがない奴』みたいに思っていたに違いない。大方、結婚する時も『私が面倒を見てあげないと』とか思っていたのだろう。私の事を、さも知ったように語るその顔。これを書いている時も、『何でもわかっていますよ』とでも言いたげな顔をして書いていたに違いない。


――だが、これだけは言っておく。最初に『付き合ってほしい』と言ったのはお前だ。プロポーズをしたのは私だけど、交際のきっかけは私ではない。


 しかし、手紙にいくらそう言っても返事はない……。だが、そこに妻がいるような感じがするのはなぜだろう?


――こんな感情、そういえば久しく感じていなかった。


 妻の手紙に泣かされ、怒りを覚えた。まだまだ、色々反論したい気分ではある。だが、手紙はまだ少し残っている。


 もっとも、次に書かれているものもだいたい想像出来る。なんでもわかっているつもりだろうが、こっちもお前の事はわかっているんだ。


――何が書いてあっても、こんどは笑って許してやろう。



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