18 星ノ10「ヒマワリ」
「…… ああ、これは酷いな。おそらく浮力を動作させるエンジンが駄目になってる。くそ、乗降用ドローンに俺とジェリカは同時に乗れないしな。助けを呼ぶか……」
「そうね、でも調査機具も幸い無事だし、私は調査を始めてるわ」
「……そうか じゃあ俺は一旦上がって助けを呼んでみる」
星ノ10「ヒマワリ」
トネロが上に上がっていくのを見送りながら、ジェリカは調査機具を準備し、前回の調査データを基に新たに計測データを組み上げ始めた。
その作業からを始めて1分程経ったぐらいに、ジェリカは突然妙な感覚をおぼえたのだった。
「今の、なに?」
それは偶然にも260年後に、ヒマワリの前でコウタが感じたものと同じ感覚だったのである。
「何か聞こえた…… でもトネロは上に戻ったし、私は一人なのに」
ジェリカは不思議に思いながらも、今まで感じた事のない感覚に後ろ髪を引かれながら作業を進めた。
するとまた突然に、先程よりもさらに強くその何かが押し寄せてきたのである。
「――ッ!! これ、これって……」
思わずジェリカは座り込む。
「もしかして、ヒマワリの声なの……」
ジェリカが感じたそれは、まさに超自然植物 潮緑種ヒマワリの感情であった。
「聞こえる……感じる。ヒマワリの……」
ジェリカはヒマワリの言葉のような。しかしそれは紛れもなくホモサピニッシュやその他の知的生物がもっている感情の揺らぎを、海の大波に飲み込まれた時のように全身を物凄い勢いで
「……くっ、あ……ああ……」
ジェリカはその全身の震えと、自らの意思ではない涙が
「……どうして、どうしてなの……」
その次にジェリカに押し寄せてきたのは、とてつもない絶望と悲しみだった。
「うう…… なんで私に。トネロ…トネロ!!」
ジェリカは突然トネロの名を口にすると、慌てた様子でトネロに連絡した。
『どうしたジェリカ』
「だめ! トネロだめ!」
『な、どうした!? 何があった!?』
「やめて! 助けを呼ぶのは止めて!」
『何を言ってるんだジェリカ! 何があった!?』
「……感じるの。ヒマワリの、ヒマワリの声を感じるの !!」
『 ――ッ!! ……ど、どういう事だ』
トネロはジェリカのただ事ではない感情的な声で言う言葉を理解できないまま、地表まであと数十メートルの地点でドローンを止めた。
『ジェリカ! 今からまた降りるから、このまま繋いだままにしてくれ!』
「だめ……だめ! 来ちゃだめーー!!」
『お、おい…… 何があった?』
「ヒマワリが泣いてるの。ヒマワリが泣き叫んでるの……」
『どういう事なんだ、ヒマワリが? 』
「……ええ、一旦あなたは表へ出て」
トネロは訳も分からないまま、ジェリカに従いドローンを上昇させ地表へと出た。
「おいジェリカ…… なにがあったんだ、一体何が起こったのか説明できるか?」
『分からないの。私にも分からない …… 突然生き物の感情のようなものが』
「感情…… 嘘だろ。それじゃ……それじゃあ俺たちが危惧していた事に関係あるのか」
『……ええ、多分。実を言うと私も体調の変化は感じていたの』
「変化って、あの合同調査の時にか」
『そう。でもあなた達の事を聞いて、どこかやっぱり疲労感やストレスからきているものだと
トネロが少し考え込むように、左手で顎を
「今は、今も何か感じてるのか?」
『ええ、ずっと感情みたいなものが私に流れ込んできてる』
「そ、それでジェリカは大丈夫なのか?」
『……ええ、多分大丈夫。でも何故かずっと涙がでるの。胸が苦しいの』
「…… やはり、降りるよ君の
『だめ! 今はだめ。どうなるか分からないし…… あなたは何かあった時の為に外にいてちょうだい?』
「しかし…… ずっとそうしてる訳にも……」
『うん、そうね。でも、でも今はこのまま……助けも、応援も呼ばないで。お願い』
ジェリカの声はずっと小刻みに震えながら、時折出そうになる
トネロは通信端末の電源もいつまでもつかも加味し、一度通信を切る事にした。
ジェリカの声だけしか状況が分からない中で、会話を終えるのは不安で仕方なかったが、一先ずジェリカが落ち着くか、ジェリカに流れ込んでいるものが落ち着くか。いずれにしても時間を置いた方が良いと判断したのだった。
ジェリカは未だ自らに流れ込んでくる、ヒマワリの感情の揺らぎに体が反応しながらも、しっかりと計測値の変化に目をやっていた。
「これが、もしこれがヒマワリの感情なら……」
ジェリカはトネロが送っていた感情の起伏とバイタルデータを、今計測しているデータに組み込み、ある実験をしようと考えていた。
「トネロくんの憶測が当たっていれば、私のバイタルも下がるはず。今私が感じてるものがヒマワリの感情なら今現在私とリンクしてるはず……」
それはジェリカがトネロといる時、トネロの事を考えて気分が高揚しているなら、自分の体調が悪くなるだろうという仮説を、より確実に立証しようとするものだった。
しかしそれと同時に、それが立証されれば体調は悪くなりバイタルチェックの数値は悪い方に下がるというもので、非常に危険を伴う事であった。
「……大丈夫、外にはトネロくんがいる。私があの時からずっと想っていた、おのトネロくんが」
ジェリカが無意識にそう思った瞬間だった。
「ッ!! う、んん!! ……ハアハア」
物凄い頭痛や倦怠感、全身の節々に鈍痛をかんじるなど、明らかに変化し始める体調に驚いたのだった。
「ハアハア。これで……これでデータが揃う。これが地下エネルギーの減少……げん、げんしょ――」
ジェリカが着用している専用スーツのバイタルデータも下がっていき、そのあまりの体調の悪化にジェリカ自身が耐えきれず気絶してしまったのである。
ジェリカが倒れたその掘削穴の底では、ヒマワリから流れてくる地下エネルギーの音だけが響いていた ―――― 。
地表のトネロはその事に気付くはずもなく、日の傾きも気になり、ジェリカから連絡があった時の為に食料を準備していた。
「もう2時間は経ったか …… 一度ジェリカに連絡してみよう」
トネロが端末を手に取りジェリカへと繋げる。
「 『ピピ、ピピ……』 なんだ、早く出てくれ……『ピピ、ピピ……』」
しかし穴の底で気を失っているジェリカは依然として倒れたままだ。
「く、だめだ! 降りて様子を見に行かないと!」
トネロは食料と、念の為の薬を少々持ってすぐさまドローンで下へと向かった。
トネロ自身も、もし自分の憶測が当たっていればジェリカの体調が悪くなるのは必然だと考えていたのだった。
しかしジェリカの言っていた、ヒマワリの感情は思ってもいなく、ましてやヒマワリに感情というものが本当にあるのか、そんな事も考えてしまい頭の整理が全く追いつかなかった。
そんな中、ジェリカは夢を見ているかのように体が小さく動いており、表情も困惑したような顔から幸せを感じているような顔まで、まるでヒマワリと会話をしているかのように変化していた。
「ジェリカ! おい!ジェリカっ!!」
底まで降りたトネロは、倒れているジェリカに驚きながらも、上半身を抱えこむように持ち上げた。
「ジェリカ! 聞こえるかジェリカ!!」
「あ ……トネロくん。うっ! ハアハア」
トネロの呼び掛けに気を取り戻したジェリカは、トネロを見た途端にまた頭痛や倦怠感、節々の痛みに襲われた。
「ど、どうしたんだ! 痛むのか!?」
「あ、う……うん。体がとても痛くてハアハア、な……なんだかだるいの……」
「そうか、薬を持ってきた飲みこめるか?」
そう言うと錠剤を出しジェリカの口へ水と一緒に含ませた。
「即効性のある強壮剤だ、すぐ良くなるから」
「ゴクッ。ハアハア、ありがと……」
トネロは一体何が起きたのか知りたかったが、ジェリカの様子を最優先に考えて呑み込んだのだった。
それから15分ほどしてジェリカの苦しそうな表情も、こころなしか軽くなり、青白かった顔色も若干ピンクがかってきたのである。
「ほら、水飲んで」
「……うん。……ふう」
「少しは楽になったか?」
「うん、でも頭がなんかぼんやりする」
「緊張緩和物質も入ってるから、そのせいだろう」
「私、話したの……」
「だ、誰と?」
「はっきりとは分からない。けど多分ヒマワリじゃないかな……」
そう話すジェリカの目の下には、少し濃いめのクマができており、トネロは気になりながらも耳を傾けた。
「心を求めてる…… どんな話をしたのか、ぼんやりだけど」
「心? それは…… ヒマワリがか?」
「うん。私はそう感じたの、ヒマワリは心を求めて
「…… 」
トネロは、このままだとジェリカは間違いなく危険な状態になると思い、掘削穴の入り口に設置した通信設備を遠隔操作で電源を入れ、通信端末でセントの星外調査機構に連絡をしようとした。
「だ、だめ。だめよトネロくん」
「…… 早く出ろよ……」
「だめ、だめえええ!!」
「あ ……ジェリカ……」
ジェリカのあまりの声の大きさに、トネロは思わず通信を切ってしまった。
「お、おいジェリカ、このままだと」
「大丈夫だから…… 一晩だけ待って。薬もあるでしょう?」
「ああ、薬も食料も5日分は……」
「うん。……もし、もし私がまた気を失うような事があれば。その時はアポロに連絡して」
「ア、アポロだって? ……しかし」
「わかってる。トネロくんの心配は分かってるつもりだけど…… この事はブレンダ様やケイン様じゃないと……」
「……」
「もし私がまた気を失ったらアポロへ、私の端末から」
「あ、ああ。わかった」
トネロはジェリカに心配させないようにと了承したが、どこか不安気な表情までは隠せなかった。
トネロは一先ずそのままジェリカの傍にいながら、
星ノ10「ヒマワリ」完
オレ、星、カルマ 楷口 凛 @hifumi-yukai
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