10 星ノ7「部下」



「失礼しました……」


「いえ、お母様と仲が良いですね」


「ハッハッハ、お恥ずかしい」


「いえいえ、正直なところイノシシという部隊に対して、ここ2日間は憎悪しかありませんでしたから」


「……」


「……でも、ここにいらっしゃる総隊長殿の――」

「ソルコンチです」


「は、はい?」





星ノ7「部下」





「ソルコンチと呼んで下さい、マスター」


「ええ!?」


店主は自分の耳を疑った。あのサンミエル特別騎射隊インパツェンドの総隊長が

暖かな笑顔で、自分のような庶民に名前で呼んで欲しいなどと。

予想だにしない展開に、ただただ驚くばかりであった。


「そ、それは流石に無理ですよハハ」


「そうですかー、フム。ではマスターのお好きなようにお呼び下さい。ソルちゃんでも宜しいですよーハッハッハ」


「ハハハ、本当に不思議な方ですね、は」


「フムフム。では私は一先ひとまず駐屯地に顔を出しますので」


「あ、ああ、そうですね。総隊長殿ですからね」


「マスター?」


「あっ。はい、



ソルコンチは、店主に再度笑顔を見せると、後で店の修繕箇所と品の補償確認をしに、役人を連れてくると約束し、男が確保された酒場を出たのだった。


インパツェンド北部駐屯地の、第3詰所までは酒場から北に2区画程離れていたが、さほど遠くない距離なので、ソルコンチはそのまま歩いて向かうのだった。


歩く最中に、ソルコンチは店主の言動を思い返しており、あるひとつの単純な仮説を立てた。


それは、確保されている男がカラスだった場合。

カラスはこの酒場を拠点にし、デル・タマーガにかよってしているのではないか、というものだった。


「……そうなれば、ジレン様の情報にある、『 アス大陸セバス港のカラス 』の存在もあながち……」


ソルコンチがそう思考を巡らせている内に、インパツェンド北部駐屯地 第3詰所へと到着したのだった。


「ん? で、でかいなぁ……。――ッ!!」


詰所の外で立番をしていた若い隊員が、数メートル先に、こちらへ歩いてくる一際ひときわ大きな男を視認した途端、詰所内全員が聞こえるほどの声を出したのである。


「そ、総隊長! 到着なさいましたあ!!」


「なに!? 白い牙ホワイトファングの報告はなかっただろ!」


詰所内の副所長が、ソルコンチが到着した旨を北部駐屯地へと連絡していた隊員に対し、そう詰め寄った。


「ええ! 町の南口にある、第1詰所からは何も報告はありませんでした!……あ、本部! たった今ソルコンチ総隊長が到着なさいました! はい!はい! 第3詰所です!」


北の町ノーランには、南側入口に第1詰所、東側入口に第2詰所、北側入口に第3詰所があり、インパツェンド北部駐屯地は町の西入口に門を構えていた。


年に二回ほどある、サンミエルからの定期視察は、通例として必ず南側から反時計回りに町を視察し、最後に西側の駐屯地で定例会議を行うのであった。


よってその時期になると、サンミエル特別騎射隊の事務から北部駐屯地へ連絡が入り、各詰所へ通達されるのである。

そこからインパツェンド副隊長であるソルマを筆頭に、サンミエル一行が南側入口に到着すると、必ず北部駐屯地に報告され、そこから各詰所が対応していたのだった。


そして今回の、カラスらしき男の拘留の件で、ソルコンチ自ら確認に来る。そう北部駐屯地へ通達され、各詰所に連絡が下りていたのである。


御足労ごそくろう感服かんぷく致します!総隊長!」


立番の若い隊員が、ソルコンチにそう敬礼すると、その手を詰所内へ案内するように差し伸ばした。

ソルコンチが笑顔で返す。


感服かんぷくしてもらうほどの事では無いですよハッハッハ。直れ」


そう号令すると、若い隊員は俊敏な動作で、また立番の姿勢へと直ったのだった。

しかし若い隊員は、ソルコンチの頭部が気になり、立番ながらも色々想像をふくらませていたのだった。


邪魔しますよー」


『総隊長! 御足労ごそくろう恐れ入ります!!』


所内にいた8名の隊員が、一斉に直立敬礼し、目線は一同、ソルコンチの頭部を一瞬見てから、またその頭一つ分上に合わせたのである。


「所長はどこに?」


「は! 本部の方へ行かれておりましたが、先程こちらへ戻ると連絡がありました!」


そう副所長の男が答えると、ソルコンチは副所長の顔を見て続けた。


「あなたはここへ配属されて浅いのですか?」


「は! 私は半月前の本部であった、定例会議にて、第3詰所への配属を受けました!」


「よろしい、所属と階級」


「は! インパツェンド北部駐屯地 保安部所属 第3詰所 副所長バルシー中尉であります!」


「……」


そう名乗った副所長バルシーは、酒場の店主を任意聴取したであろう、銀髪と顎髭あごひげの中年男。その容姿と綺麗に一致していたのである。


「バルシー中尉以外は、外で立番して下さい」


『は!』


所内で敬礼姿勢を続けていた隊員達は、ソルコンチの言葉に返事し、一斉に外へ出て、若い隊員と同じように立番姿勢で並んだ。

ソルコンチは、敬礼姿勢のままのバルシーに対し、少し険しい表情を向けたのだった。


「ど、どうされたのでしょうか総隊長」


バルシーは少し動揺を見せながら、敬礼姿勢を緩ませた。


敬礼保持けいれいほじっ!!」


「は……はっ!!」


ソルコンチはそう一喝いっかつすると、

バルシーが着用する制服の上着の下から、金色に輝くチェーン形の装飾品が出ているのを確認した。


「バルシー中尉、一昨日の酒場での一件は、この詰所の誰が担当しましたか?」


「は! ナゲハ所長が本部からの通達をう――」

端的たんてきに要約……」


「はっ……は! 私であります!」


「本部が男を確保した後、現場検証、事情聴取を行ったのは?」


「……は! 私であります!」


「よろしい」


ソルコンチは一つうなずくと、詰所の表へ出た。

その立番を指示した隊員達の前へ向かい立ち、バルシーと同じ質問をしたのだった。

すると一人の隊員が、ソルコンチの圧に耐えきれず、バルシーと取った愚行の一部始終を、後悔しているかのように、吐露とろし始めたのである。


その様子をガラス越しに、敬礼姿勢のまま見ていたバルシーは、ソルコンチが再度入って来るまでの間、終始しゅうし舌打ちをしていたのだった。



バルシーの前へ再び戻ったソルコンチは、険しい表情を更に険しくし口を開いた。


「弁明など無いな?


それを聞いたバルシーは、自分の名に階級が付いてない事で、この先の終着点がどこになるのか容易に察知でき、諦めたかのように敬礼姿勢を解いた。

その直後、二台の車両型ファングが猛スピードで、第3詰所前に停車したのである。


その車両型ファングから二名の男と、カラスらしき容姿の男が、数名の隊員らに囲まれ、所内へ入ってきたのだった。



「総隊長ぉぉおお!!」


ソルコンチを目にし大声で叫んだその男は、サンミエル特別騎射隊 本部長であり、北部駐屯地 司令長官のニックキンだった。


「ニックぅぅうう!!」


「お久しぶりでございます、総隊長!」


「そうですねーニック。官職かんしょくなのに相変わらず鍛えてますねえ」


北部駐屯地 司令長官のニックキンは、インパツェンドの中で、おそらくソルコンチの次に戦闘能力が高いだろう。そうもくされていた、屈強な体躯たいくを有した男である。


サンミエル特別騎射隊内でも、ソルマ副隊長の下である、特別騎射隊 本部長という役職な為、文武両道を地で行くような性格は、サンミエル施設内でもかなり支持を得ていた。


「ニック、その方がカラス男ですか?」


「はい総隊長。完全黙秘を貫いておりますが」


「ふむ、そうですかぁ」


「今からでも、総隊長自ら取調べされますか?」


「いえ、ニック。今はが先ですよ?」


ソルコンチはそう言うと、ニックキンもそうそう見た事がない表情で、バルシーをにらみつけた。

その様子に、ただ事でないのを確信したニックキンは、静かに下がり一緒に来た部下達へも口を開かぬよう、合図を送ったのだった。


「表にいる、この男と共に愚行を働いた隊員を呼びなさい」


「――ッ!!」


驚いた表情を見せたニックキンが、部下に合図をし、その隊員を連れて来させ並ばせた。



「で……」

ソルコンチのその一言は、野太く低い、ソルコンチ生来せいらいのものに戻っていた。



「どっちが先に店の酒に手をつけたぁ」



「わ…… わ、わた、私で…す」


そうなんとか言葉にできたバルシーは、全身が震えだし、立っているのもやっとな状態だった。

しかしその場にいる全員が、容易に理解できた。それほどまでの威圧感を、ソルコンチは全身から放っていた。



「あ、あ……ああ、あ……」


バルシーの隣りへ並ばされた隊員に至っては、その足元に、恐怖のあまり膀胱ぼうこうへの意識すら飛んでしまった結果の

その水分が、したたり溜まっていたのである。



「割ったのはぁ」



「……あ……あ」


バルシーはもう言葉にすら出来ず、全身が大きく震えるなか、かろうじて動く右手首を上に挙げて答えた。



「グラスはぁ、食いもんはぁ……」



「ガチガチガチガチ……」


バルシーの上下の歯が、数えきれないほど細かくぶつかり合いながらも、全ての質問に対して、バルシー自信が『全部自分が先にした』と、右手首だけで答えたのだった。



「おい、お前ら。お前らみたいなクズに跳梁跋扈ちょうりょうばっこされるとなぁ、平和は安定しないんだよぉ。お前らみたいなクズにピョンピョン飛び回られるとなぁ、胸糞悪ぃんだよぉ」




    「今からお前らの処遇を決定する


    しっかりと己がした事を悔やめ」




   ―― ( ダメだ ! 死ぬ!! )――




ソルコンチは、この世の物とは思えない声でそう言うと、後ろで見ていたニックキンを、人差し指だけで呼びつけた。


          !!



ニックキンはソルコンチの、その人差し指の動きを見て瞬時に悟った『自分も死ぬ』と ――

「――ハッ!!」

しかし、その直後にニックキンはまた瞬時に悟った。つまりはと。



ソルコンチの指の指す方へ、ニックキンはゆっくりと歩を進めた。


バルシー達が並んでいる隣りまで、たかぶる感情を、抑えながら。




「覚悟はいいかぁ」



バルシー達は既に、思考すら出来なかった。


ニックキンは目を見開き、一言返した。



「お願いいたします ……」



ニックキンの隣りで、まばたきすらままならない者達へ


懺悔ざんげしろ 」



そうソルコンチが言い放った。



「はらぁ!!」


ソルコンチの右こぶしがニックキンの腹部へ、物凄く鈍い音と同時にめり込む。


「――ッ!! おぅ……うぅ」


ニックキンがたまらず声を漏らす。


「はらぁ!!」


「――ッ!! おぅ……うぅ」


ニックキンがまたたまらず声を漏らす。


「もういっちょおお!!」


「――ッ!! おぅ……うぅ」


ニックキンがまたまたたまらず声を漏らす。

拳は、ニックキンの腹部にめり込み過ぎて、もはや見えない。


バルシー達は隣りから発する、あまりにも重く鈍い音と衝撃波に、運悪く正気を取り戻した。


次は自分達かもしれない、その恐怖心が正気を保たせるかの様に、彼等の頭と身体からだを支配していたのだ。



「ほらぁ!! もういっちょぉお!!」


「 はいぃ! ――ッ!! おぅ……うぅ 」



『 え!? 』



「つぎぃ!! 腹ぁラストぉぉおお!!」


「はいぃ!!」


ニックキンは返事をし、気合いを入れるかのように、

両手を頭の後ろへ組んだ。


「最後はぁもっと強くいくぞぉぉおお!!」


「はいぃ!! お願いしますぅう!!」



『ええ!?』



「ほぉらぁ、よぉぉおおっ!!」


その時、ニックキンの腹部に入った瞬間の衝撃波で、近くの窓ガラスが弾けるように、外へと勢いよく割れ飛んだ。



「ゔゔんんんんーー……」


そううなるニックキンの姿は、バルシー達が並ぶ位置から、およそ7メートル後ろの壁へとめり込んでいた。


「いけるかぁ? ニックぅぅ」


「はいぃ、お願いしますぅ総隊長ぉ」


『え、えええーー!?』


ニックキンはそう言うと、何事もなかったかのように、バルシー達の隣りへ戻った。

その足取りは、普段通りに。


それから右頬

「おらぁあ!!」

「――ッ!! おぅ……うぅ」

左頬

「おらぁあ!!」

「――ッ!! おぅ……うぅ」

顎への打ち上げ

「おらぁあ!!」

「――ッ!! おぅ……うぅ」



『……』

バルシー達は、隣りで間近に衝撃波を感じながら、このイカれた男達の恐ろしさを、まざまざと植え付けさせられたのだった。



その後、およそ1時間続いた異様な光景も終わり、ニックキンは口を開いた。



「部下の責任は、私の全責任です。総隊長」


ソルコンチの表情も、いつの間にか元に戻っており、ニックキンの肩へと手を置いた。


「そうですよ? それが上官というものです。良く耐えましたねーニック。鍛錬も欠かさず立派ですよーハッハッハ!」


「総隊長から教わった、貴重な教えの一つでしたから」


「それは結構なことですがニック、部下の制服の乱れや、過剰かじょう装飾品そうしょくひんの着用にも、しっかり目を配るよう風紀員を教育せねばなりませんよー?」


「は! 総隊長!! 至らぬ点がございましたら、御指導御鞭撻ごべんたつの程、謹んでお願い申し上げます!」


ソルコンチは、そう笑いながらニックキンとの会話を終えると、バルシーを見て、その笑顔を引き締めた。


「あなた方二名に、総隊長である私から、直接辞令を発します」


バルシー達は、直立不動のまま聞き入る。


「インパツェンド北部駐屯地 保安部所属 第3詰所 副所長バルシー中尉は、中尉の階級を降等こうとう処分として剥奪はくだつ。そして両名は、今からでスーチル民政総本部施設サンミエルへ向かい、到着した明朝から、サンミエル警備隊への新任入隊を命じる。以上」


「総隊長……」


ニックキンは、驚いた顔でソルコンチを見ている。


「行きなさい、今すぐに。……俺の気が変わらない内にぃ……」


『はっ!はい!!』


そう返事すると、バルシー達は荷物もまとめないまま、第3詰所を走って出て行った。


「総隊長、除隊でないのは、お情けでしょうか」


ニックキンがソルコンチの隣りで、走り去る彼等を見ながらつぶやいた。


「いえいえ、ただ……バルシーは私を目の前にしてもなお、部下をかばいきりました。そこだけは認めますが……」


「な、なんと!?」


「でも愚行を働いた事に変わりありませんからねー。中尉にもなった身が、今から警備隊はかなりつらいでしょう? ……そういう事ですよ。 あの方達はこれから共に地獄を見るのですハッハッハ!」


そう笑うソルコンチの姿を見たニックキンは、思わず息を呑んでしまったのである。




星ノ7「部下」完

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