09 星ノ6「ソルコンチです」



「私は、南の街スーチルにある、民政総本部施設サンミエル特別騎射隊。インパツェンド総隊長のソルコンチと申します」


「え? …… あ、あんたが?」


「マスター。北部駐屯地の隊員に代わりまして……」


ソルコンチはそう言うと、いつの間にか震えが止まっていた店主の身体からだから、自身が回していた両手を、優しく解き

その店主の目の前で、己の両膝を

重い音が店内に響く程の衝撃で

床へ、勢いよく、打ち付けたのだった。




星ノ6「ソルコンチです」




ソルコンチは、店主の目の前で両膝を付き、自らは床を見るかたちで口を開いた。


「ここに潜伏していたであろう男は、我々サンミエルが行方を追う、カラスという人物です」


店主は、イノシシの総隊長が自分の前で、両膝を付いているさまに困惑しながらも

イズ大陸の武の重鎮じゅうちんに、口を開かなくてはという意識の必死な思いで、なんとか声を発した。


「は、はい……」


ソルコンチはその店主の、そのたった一言で全ての感情を汲んだように、続けて話始めた。


「そのカラスという男は、憶測ではありますが、ある地域の調査データを握っており、そのデータが、今まさに我々には必要だったのです」


店主は、固唾かたずを呑みながら聞き入っている。


「しかしながら、そのカラスという男の潜伏先情報が少々錯綜さくそう致しまして。……私の無言の圧力と言いましょうか、部下がそれを感じとっての行動だと致しますれば」


ソルコンチのその姿勢に、店主は思わず相槌あいづちを打った。


「は、はい……」


その瞬間、店内に物凄く鈍い衝撃音が響いた。

その音と同時に、ソルコンチの額と酒場の硬いコンクリートの床が確実に激突した、そう確信しても問題ないほどの余波が店じゅうを走ったのだった。


「あ……あ、あ」

店主はその重く激しい音に驚き、一瞬にして腰が抜けたのだった。


「誠に! 誠に 申し訳ございません!! マスター殿に、店主殿にこのような愚かな行為をした部下の! 」

腰が抜けてはいたが、そのままの状態で聞き入る。


「この私の部下の全っ責任は、総隊長である私が取りますれば! 貴方様のお店に対する故意的損害そして! 貴方様へ精神的苦痛を与えてしまったお詫びの一つとして!」


「は、はい……」


「お詫びのひとつとして、この謝罪をお受け取りいただけますでしょうかぁ……」


「……」


店主は、イズ大陸の武の重鎮じゅちんが、北の小さな町の、小さな酒場の一店主いちてんしゅである自分に対し

誠心誠意がここまで込められた謝罪をした事に、全く思考が追いつかなかった。


しかし、店主はその思考よりも先に何故か体が動き、そのまま店内の照明を点灯させ

更に驚く事になるのである。


「だ、大丈夫ですか総隊長殿ぉ!」


店主は気付かなかった、自身の気は動転し、混乱し、驚愕きょうがくし、呆然ぼうぜんとしていたからである。


ソルコンチの周囲には、おびただしい量の血が、赤ワインを2、3本その場で割ったような深紅の血が溜まっていた。


そしてソルコンチの謝罪による床への衝撃で、コンクリートが物の見事にヒビ割れており

それに沿ってうように血が流れていた。


その様相ようそうは、まさに薔薇ばらの頭花のように。



「大丈夫ですか!! 総隊長殿!」


「貴方様が受けたものに比べると、軽いものです」


ソルコンチは、頭を着けたその姿勢のまま店主に返した。


それをさとった店主は、ソルコンチに寄り添うように座り、そのまま左手をソルコンチの背中へと置いたのだった。


「もう、もういいですから。謝罪をお受けしますから、まず手当を」


「ありがとう、ありがとうございます。ご迷惑をお掛けします」


そう言ってソルコンチは立ち上がり、店主に案内されカウンターの裏側へと、寄り添われて行った―― 。



「面目ありません。謝罪をする方が手当てされるなど」


「構いませんよ、それに……インパツェンドの総隊長殿ですから」


「……」


「あんな無茶な謝罪……。初めて見ました」


「私の責任ですので」


「頭、痛みますか?」


「いえ、大丈夫です。そのまま巻いていただいて」


「はい。少しきつく締めますね」


「はい」


「……」


「マスターは、どちらからお帰りで?」


「北部駐屯地の詰所ですよ。ここから2区画先の」


「そうでしたか。だれから聴取を?」


「名前は分かりませんが……」


「はい」


「銀髪で顎髭がある……私より歳上でしょうか……」


「ふむ。それで、何かされたりは?」


「い、いえ! 何も……」


「……」


「マスター。ご家族は?」


「いえ、恥ずかしながらハハハ」


店主はそう軽く笑いながら、治療バンドを巻き終え、その上から患部へ治癒放射ちゆほうしゃてた。


「はい、一応これで応急処置はできました」


「お手数お掛けしました」


そのまま立ち上がると、客席へ向かった。


「総隊長殿、何を」


「部下の責任は私の責任ですので」


そういうとソルコンチは、最初に自らの血を拭き始めた。


「そんな大量に血を流してるのに、休んでいて下さい」


「いえ、大丈夫ですよ。鍛えてありますから」


「鍛えてるったって……」


イルスーマの三大陸はいたって平和だが、各大陸の防衛機関に携わる者は、一般大衆がおよそ想像もつかないような訓練を、日々積み重ねているのである。

その中でもインパツェンドは、頭一つ抜けた武力を有しており、また、その訓練も他大陸のそれとは別次元の過酷さで知られていた。


ソルコンチは、あらかた血を拭きあげると、そのままカウンター側へ移動し、散乱した破片や残飯を片付けだしたのである。


「マスター。カラスという男の事なのですが……」


店主は、一瞬反応したのだが、そのまま黙り少々バツが悪そうにうつむいていた。

ソルコンチは片付けながらも、店主のその一瞬の反応を見逃さなかったが、そのまま作業を続けた―― 。


十数分後、二人で片付け終えると、店主がカウンターから温かい珈琲を、ソルコンチに近いテーブルへと置いた。


「これは、お気遣い感謝いたします」


「すみません。助かりました、一人だと大変でしたから、きっと」


「面目ない……」


「あ、いえ!そんなつもりでは……」


「ハッハッハ」


「一人だと寂しかっただろうし……」


頭脳明晰ずのうめいせきな者が集まっているサンミエルの中でも、ソルコンチの観察力や洞察力どうさつりょくは、ジレンの御眼鏡おめがねかなう程でもあった。その対象が複数より個別なら、より集中でき、より信頼度の高い能力になり得るのであった。


そのソルコンチが様々な情報を整理し、順序だて、ある仮説の上にピースをめ込んで

いってるかのような。

そんなちり一つも見逃さない眼光で、店主の一挙手一投足に注目し、珈琲をすすっていた。


「ズズ……」


「お口に合いますか?」


「……」


「あ、キビでも?」


「キビ……」


ソルコンチはその『キビ』にどこか引っ掛かりを覚え、少々困惑し始める。


「え、ええ……苦いですか?」


「苦い?……甘い?」


店主は『なんだ急にコイツ怖すぎ』といわんばかりの表情を見せ、二人で困惑地獄におちいるのであった。


「あ、苦かったですか? あ……甘い方が?」


「甘い……キビ?」


「キビ……は、あ……甘いです、よね?」


「――ッ!!」


「えっ!?」


「わぁすぅれぇてぇおりましたぁぁああ!!」


「な、ななんなんですかっ」


「ちょっと失礼……」


「……え、ええ……」


ソルコンチはそう叫ぶと、何か急に思い出したかのように、通信端末を扱い始めた。


『ピピ!』


「むぅ……私とした事が!」


『はいはい? ソルちゃん?』


ははさまぁー!!」


「ひ、ひいいいっ!!」


店主からすると、店に帰ると髭の大男が居た、色々聞かれた、恐い顔して向かってきた、突然抱きつかれた、突然土下座された、店の床割られた、手当てさせられた、少し笑い合った、……端末扱いながら突然『母様』と叫びだした――


もう、はっきり言って恐怖でしかないのである。


『なにー、突然大きな声だしてー。研究室のみんなに聞こえてるじゃないの』


母様ははさまあ! 今すぐ新開発した『キビ』を捨てていただきたいのですがあ!!」


『えー? ……よく知ってたわねぇ? 新開発したって』


「とにかくそれを今すぐ捨てて下さい母様ははさまあ!!」


『なによ? 捨てないとソルちゃん困るの?』


「ええ!ええ!困ります!困るのです!!」


『……必死ねぇソルちゃん。お仕事で困るの?』


「ええ!ええ!私のお仕事上困るのです母様ははさまあ!!」


『うーんちょっと待っててねソルちゃん。

……みんなー、今息子からの連絡で、今すぐを捨てて欲しいんですって。……ええ、インパツェンドの総隊長なのよーうちのソルちゃんはーふふふっ』


「は、母様ははさまああ!!」


『ああ、ごめんなさいねソルちゃん。分かったわー捨てておくわね?』


「ぜ、全部ですよ!? 全部ですからね母様ははさま!!」


『全部なの? んー分かったわ。皆も、あのインパツェンド総隊長の言う事だからって事で納得してくれてるし、全部捨てればいいのね?』


「お願いします!母様ははさま!ハアハア……」


『まったく、今回だけよ? じゃお仕事頑張ってねソルちゃん』


「申し訳ありません!母様!愛してます!」


『私もよ、可愛いソルちゃん、愛してるわ』


「でわっ!!」


『はーい』


「命令に背くところだった命令に背くところだった命令に背くところだった命令に背くところだった……」


コウタからの命令に、しっかりと敬礼までしたソルコンチは、店主からの言葉でを思い出したのである。

しかし何故こんなにも命令に忠実なのか、その背景には、元老ジレンの影があるのだが……その話は今はよしておこう。

そして、このあとソルコンチの母が捨てる『キビ』は言うまでもなくので、の『キビ』は母の家の倉庫で虎視眈々こしたんたんと狙っているのであった。


「失礼しました……」


「いえ、お母様と仲が良いですね」


「ハッハッハ、お恥ずかしい」


「いえいえ、正直なところイノシシという部隊に対して、ここ2日間は憎悪しかありませんでしたから」


「……」


「……でも、ここにいらっしゃる総隊長殿の――」

「ソルコンチです」



酒場の店主に緊張の色が抜けた顔を見て、ソルコンチは思わず、コウタやジレンといった仲間達といる時のゆるやかでおだやかな笑顔を見せたのだった ―――― 。




惑星イルスーマ創星から372年……。


ソルコンチがこれから向かう、インパツェンド騎射隊北部駐屯地、第3詰所。ここを起点に総隊長の粛清が始まる事を、その隊員たちはまだ知らない。



星ノ6「ソルコンチです」完

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