06 星ノ4「ボサ2」(1)


「あ、あ、だ……駄目だ、もう、お……俺はもう! 誰にも!止められ――」


「ん、だれかおるの――」

「あ」

「あ……」




 

      ぶちっ!!!!



       ………………


「あ゛い゛だぁぁぁぁぁぁああっっっ!!」



ソルコンチは顔面蒼白になり、精悍せいかんな髭の中にある口がパクパク、パクパクとまるで間の抜けた生物のように空気を噛んでいた。





星ノ4「ボサ2ツー」(1)





右の口髭を抜かれたジレンが、両目に大粒の涙を溜めソルコンチをにらみつける。


「おぬしぃ、やりおったな?」


「パクパク、パクパク……」


「心臓が止まりかけたわい」


「パクパク、パクパク……」


「むぅ……、なんじゃ口をパクパクと」


「パクパク、パクパク……」


「むぅ、いい加減にせい! ソルコンチい!!」


「ハッ!!……ジレン様……」


ソルコンチは我に返り、己の左手に握られた髭に愕然がくぜんとする。


「これは、私としたことが。申し訳ありませんジレン様……」


「あぬし、まだまだ未熟じゃのう。精進しょうじんが足りぬな」


「ははー!! 謹んでお言葉、頂戴いたします!」


ジレンはそれを聞くと、抜かれた髭を催促さいそくするようにソルコンチの前に手を出した。


「お、植毛されますか?」


「当たり前じゃろ! こんなみっともない状態で出歩けんわぃ」


「面目ない……」


「それはそうと、頭様とうさまはアス大陸のケイン様の所へ向かわれた。おぬし、エマルタからどこまで聞いておる?」


「ええ。ニューバーグにあるアポロの星内時空転移実験の前倒し、それによるアス大陸への5日間越境えっきょう禁止措置が各機関に発信されたと。それで閣下がジレン様に権限付与されたところまでは聞きましたが……、閣下はそれでケイン様のところへ?」


「うむ、ただの喧嘩で済めばよいが、星内時空転移実験が何らかの形で中止されれば、我々民族間の問題になりかねん」


「そうですねえ……でも、閣下は誰よりも争いに対し憂慮ゆうりょされる方ですから」


「そうじゃのう……まあ頭様とうさまからの連絡を待つとして、我々はカラスと紛失データの件じゃて」


「ええ、報告ですジレン様。インパツェンドの北部駐屯地から、カラスと思われる風貌の男が北の町ノーランの酒場で確保され、そのまま拘留中とのこと。所持品は3次元データ通信端末ミールのみ。そのミール内にイルスーマ共通通貨が少額あっただけ、とのことです」


ジレンが少し深刻な面持ちを上げ、ソルコンチと顔を見合わせた。


「アス大陸のセバス港に、カラス潜伏の疑い。かたやノーランの酒場で、カラスらしき男を確保ぉ……」


「はい。ちなみに拘留中の男は完全黙秘だそうです。ジレン様の情報と拘留中の男……

いかがなさいますか」


「権限付与された以上、わしはサンミエルから動けんからのぉ。おぬしも副隊長のソルマに権限付与し動いてくれんか? その方が早かろうて」


りょうっ!ジレン様!」


ジレンとソルコンチは、そのまま政務官のエマルタとエマナがいる階へと降りていった。

そしてエマルタとエマナの兄妹、その階にいる職員全員に、髭の事を何度も聞かれた事は言うまでもない。




――――"黄金竜の道"の上空を通過し、テラマウンテンの裾野から少し南に進路を下げていたコウタは、デル・タマーガ半島を目の前にして飛んでいた。


「デル・タマーガか……。半島を抜けたらネリスマリ大洋だな、最速で飛ぶか」


コウタはそう考えながらデル・タマーガ半島の上空まできていた。

この日の朝も雲が少なく気持ちの良い晴天であったが

それは突如とつじょ、雲の下に入ったかのような日の隠れ方に違和感を感じたコウタは飛行姿勢を保ちながら上を向いた。



「――!! おいおい! なんで"ボサ2ツー"がここにあるんだ!?」


コウタは即座にサンミエルの気象観測局へと回線を開いた。


「おい! 聞こえるか!? 今デル・タマーガ半島の上空にいるんだが、ボサ2ツーの今現在の位置を教えろ!」


『はい閣下! 超磁場発生装置ボサ2ツーの現在位置は、メリア上空8万5千メートルです!』


「おい……うそだろ」


『はい? 閣下! もう一度お願いします!』


「……デル・タマーガの上空には異常ないか!?」


『はい!……はい閣下、デル・タマーガ半島の上空3万メートル付近でジェット気流が発生しています!』


「違う!! 何か、なにか観測出来る物体はないかと聞いてんだ!!」


『も、申し訳ありません! 今から衛星MAエムエーからの映像に切り替えます!』


「…………」


『な、なんですかこれは?……閣下!なんですかこれは!? ボサ2ツーが!? デ、デル・タマーガ上空5万メートル付近にボサ2に酷似こくじした物体を発見!!』


「くそが!……わかった! その事をジレンに今すぐ伝えろ!いいな!? 今すぐだ!!」


『は、はい!!』


コウタは気象観測局との通信を切り、自身が出せる速さの限界点まで加速させた。


「いつからだ……いつからここにあったんだ! くっ、今はケインが先だ……」


―――――― 。







――――――『ピピ!ピピ!』


「なんじゃな? ……ふむ。――!! なんと!? ふむ、わかった、すぐ行くわぃ」


「ジレン様どうかされましたか?」


政務官エマナがジレンに声をかけるが、ジレンは少々慌てた様子で、近くにいた政務官エマルタに合図を送った。


「はい、開きました緊急同時通信です!」


「ジレンじゃ、気象観測局はこの通信で先程確認した映像を出せ。各階の局長は必ずそれを見るんじゃ!」


「え? 何なんですか一体……」


エマナは不安気ふあんげに、緊急通信端末からの3次元映像を注視している。

気象観測局から入る。


『出します!』


!! !! !! !! !!


『ボサ2ツーが二つ!?』


ほぽ同時に全員の声が合わさるほどの衝撃が政務フロアを走った。


「今からそっちに降りるわい! メリアのボサ2ツーと、デル・タマーガのほうの磁場データをホログラムに変換しておいてくれんか!」


『はい!』


「ジ、ジレン様。これは?……」


「話は後じゃエマナ、わしは気象観測局へ降りるから、この映像を機密扱いにして各局に通達しなさい情報を漏らすなと!!」


「は……はい! ……各局に通達! 先程の映像は現時点から機密扱いになり漏洩ろうえい禁止!! メリアへの巡礼航路封鎖! テラマウンテン保護地域また デル・タマーガ周辺地域にいる民を速やかに当該エリアから遠ざけるよう勧告せよ!! 」


「うむ、あとはデータ解析マシンを一定量デル・タマーガへ送っとくんじゃ」


「はいっ! ジレン様!閣下には!?」


「今は情報解析が先じゃ!」


そう言うとジレンは32階の気象観測局へ降りた ――――



――――「データはどうじゃ!?」


「は、はい!こちらです!」


「……磁場は発生しとらんじゃと?……」


「はい、メリア上空のボサ2ツーは磁気圏にて問題なく動作しています。干渉はないようですが……」


「磁場発生装置じゃないなら、何なんじゃこれは」


「はい、他の観測地からも計測しましたが特に周辺区域での磁性変化もプラズマ値も異常ありません」


頭様とうさま……これはいったい」


―――――― 。







―――――― 一方ソルコンチは、インパツェンド副隊長ソルマに隊長権限を付与した後、自らはサンミエル特別騎射隊だけが使用を許可されている超電磁二輪車"ファング"の旗艦に乗り、イズ大陸北の町ノーランに向かっていた。


空中走行可能なファングであるが、その殆どがインパツェンド設立時から茶色に白のストライプが入った機体で、その外観から"イノシシ"の異名が定着したのである。

ソルコンチはその外観がずっと気に入らず、コウタから隊長を任命された3日後には、自身が乗る機体だけ特注し、配色もパールホワイトに真紅のラインを走らせるなど変えに変えた。


そのおかげかソルコンチの機体は

旗艦白い牙ホワイトファング"とからの熱い視線を集め、本人は大喜びしたのであった。


「さあ私の白い牙ホワイトファング!! 一刻も早くノーランに!! ヒャッホー!!」



星ノ4「ボサ2ツー」(1) 完

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