04 星ノ3「ジレン君」



「落ち着いたか?」


コウタがつばさに優しく声をかけ、つばさは軽くうなずいた。


つばさの住む素朴な家の素朴な玄関先に、二人は地べたに並んで座っていた。



三大陸さんたいりくの左にあるディス大陸。

そのディス大陸を統治するローク族。

簑ヶヰみのがいつばさは、ローク族の長である簑ヶヰみのがいたつきの妹で、兄のたつきとは300歳も離れている。

その為たつきは、否が応でも可愛がらずにはいられない環境に適応し続け、そう、俗にいうシスコンになっていった。


しかし様々な紆余曲折うよきょくせつを経て、つばさはたつきから巣立ち、イルスーマの三大陸を自由に旅行して見聞を広めていった。

持ち前の天真爛漫てんしんらんまんさに磨きをかけていったおかげで、ローク族のたみ達もシスコン気のある族長の兄たつきより、妹であるつばさに、民族の誇りを重ねていくようになったのである。






星ノ4「ジレン君」





「……ねえ?」


つばさは、泣きじゃくった後の子供のような顔を、優しく丸い声色こわいろとともにコウタに向けた。


「なんだ?」


「兄さんから連絡があったんだけど……コウタが来たら、コレを見せてくれないかって」


つばさはそう言うと、ポケットからカードタイプの3次元ホログラムデータ端末"ミール"を渡した。

ミールは、イルスーマに居住権を持つホモサピニッシュであれば、各大陸の越境局えっきょうきょく移民管理部が申請1年後に対象者本人に交付する、ごく一般的な端末である。


コウタはつばさからそれを受け取り、ホログラムデータを目の前に表示させた。


「……あいつ、気付いてたのか」


「なにかあったの?」


「――!! カラスも、調査データも……消えたのか?」


「ねえって、 何があったの!?」


「ああ、そうだな。お前に説明しないとな」


コウタはつばさに、ここに訪れた理由と経緯を説明した。

自分がメリアから感じとったもの、デル・タマーガでの過去の地下エネルギー滞留調査のこと。


「……」


つばさは、『ただ自分に会いにきただけじゃなかったんだ』と、少々落ち込んだ様子だった。

しかし、コウタと252年振りに会った事で、その間の失望感や焦燥感しょうそうかん、虚無感といった不安なものを、全部包みこんでしまった。

そんな得もいわれぬ感情に、思いのほか満足しているようでもあった。


二人の会話もそこそこに、コウタが立ち上がる。


「っとー」


「もう行く?」


「ああ」


つばさも立ち上がろうとすると、コウタがすかさず右手を差し出した。


「ありがと。よっと!」


「皆に伝える事あるか?」


「うーん。ジレンはたまに連絡くれるし、ここにも来てくれた事あるしなー」


「へ……へー、そうか」


『 あのジジイ、帰ったら目に物見せてやる 』と言わんばかりのコウタ顔を尻目にかけながら、つばさが背伸びする。


「んーー。でも相変わらずだねー、コウタとジレンも」


「まあな。ソルコンチも最近は大概たいがいだぞ?」


「ソルコンチのいれる紅茶も飲みたいなー」


「そうか。そうだな」


「ソルコンチによろしくね、あとエマルタとエマナにも!」


「ああ、わかった」


「……」


「……」


コウタがゆっくり空に浮き上がる。その顔はどこか寂し気に、つばさを見つめながら。

近くの木々のてっぺんまで上がると、物凄く重たい音の衝撃波と同時に飛んで行った。


つばさはそれを見送ると、玄関先にまた座りこみ、海をながめていた―――― 。









――――翌日。


コウタはサンミエルの最上階、一番東にある望遠室の、マッサージチェアに座っていた。


望遠室の自動ドアが開き、ジレンがのそのそとコウタに歩み寄っていく。


「あーまぶし……飲みすぎたかのぉ」


「おはようジレン


そう一言、凛々りりしくジレンに添えると、コウタはおもむろに立ち上がり、東からの朝日をひと浴びした後、ジレンの方へ振り返った。


「はいぃ? 今たしかジレンとおっしゃいましたかのぉ頭様とうさま


「ああ。ジレン君」


「……ぁぁ、うざいのぉ……」


「聞こえてるぞジレン君。は聞こえないが?」


ジレンは、少し前傾にゆがんだ背骨を、バキバキと伸ばしながら

小ぶりな体躯たいくの姿勢をただした。

そして首を右に左に、またパキパキと鳴らし、最後に大きく深呼吸した。


「ゴホン! おはようございますぅ頭様とうさま


「うむ! よい挨拶だ。では報告を頼む」


ジレンは、コウタが自分に対して君付けする時の、コウタ自身の感情の位置を、身に染みるほど理解しており

この一連のやりとりを経由しないと、会話が始まらない。その事を心底嫌がっているのであった。

しかし、自分が逃げると他へ被害が行くのを懸念けねんし、泣く泣くその役を請負うけおっているのであった。


「はあ……報告です頭様とうさま。アス大陸の西ぃ、セバス港にてカラス潜伏の疑いあり。そして……頭様とうさま


「なんだ?」


「アラン族の族長ケイン様が、ディス大陸、イズ大陸からの越境えっきょうをこの先5日間全面禁止、そして……アス大陸、ニューバーグ民政みんせい総本部施設"アポロ"の時空転移実験を開始する。と」


「本当にやるつもりか、ケイン」


「そのようですなぁ」


「それはまあいい。だが前回の同盟会議での実験開始予定日はいつだった?」


「三ヶ月後の水の曜ですなぁ」


「……ジレン、お前にデル・タマーガの調査に必要な族長権限を、一時的に全面許可する。」


「今から向かわれますかな?」


「ああ、同盟会議を何だと思ってやがるんだアイツは」


イズ大陸の右手にあるアス大陸。そこはアラン族の族長ケインが統治し、科学技術力が三大陸で一番高く、また三大陸で一番好戦的な民族でもあった。

そして本来、如何いかなる物質も時空転移を実行するには、必ず星外が絶対条件である同盟会議の基本原則として

今迄定められていたが、アラン族は同盟会議で、科学技術の向上を理由に、星内時空転移実験を認めるよう、再三さいさんにわたって声を上げてきたのである。

その甲斐あって、前回の同盟会議では改則条案が可決され、同日内にアポロの星内時空転移実験の日程を提出したのである。


頭様とうさま繋ぎますぞ」


ジレンは、手にした通信端末で政務官エマルタに繋ぎ、コウタに端末を向けた。


「すまんなエマルタ。直ちに航空権限、全資料閲覧権限、インパツェンド及び警備隊の指揮権限を、族長執政補佐官 元老ジレンに一時的に付与する。なお期間は今をもって3日とする。ディアモン族 族長である俺、鉄コウタが死んだ場合は、イズ大陸スーチル統治者を、ディアモン族 族長執政補佐官 元老ジレンとする。以上だ」


「ああ、そうか分かった。それでエマルタ、お前の夕方以降の予定を、全部キャンセルしておけ話がある。ああ、頼む」


「受付係のケイには、ワシから言っておきますからぁ、マントの事は心配なさいますなホッホ」


コウタはそれを聞くと、気の抜けた顔を見せ、望遠室右手からバルコニーに出た。


「じゃあジレン、あとはたのむな」


「はいはい、つばさ様のところにはくれぐれも寄りませんよう」


「――っ!! 方向逆じゃねーか!ぶっころすぞクソジジイ!」


そう怒鳴った赤面超特急ジレンは、そのままアス大陸へ飛んで行った。


「ホーホッホォー、ぶっころし返しますわい頭様とうさま……はあ、やれやれ」


ジレンはコウタが座っていたマッサージチェアに座った。


「あぁ飲みすぎたわい、もうひと眠り必要じゃなぁ…………」


そう言いながら、眠りについたジレンは15分後、ソルコンチの手によって殺されかけるのであった―――― 。




星ノ3「ジレン君」完








  





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