004臨時例会

 アンディが惑星ジュラにないマナの操作法を試している頃。領主の館のあるクラーク村へ向かう道に男女の一団があった。

 ジーマ王国辺境のクラーク村とそれに管理される二つの村は、大きめの盆地の中にある。名前もないこの盆地は、草原や森、林、川、湿地などが入り組んでいる地形。

 そのため盆地の草原にできた三つの村は移動しやすい場所を縫って道を作り、互いを繋いでいた。

 今、男女の一団が移動しているのもそうした道の一つ。人影は三つ。三人とも馬上の人だ。男性が二人、女性が一人。

 男性の一人は革鎧を着けている。髪は天然パーマで茶色。ひょうきんそうな顔つきだ。もう一人は紫のローブを着ている。フードは上げているので顔も髪も見える。顔は狐顔と言えば良いのだろうか。細い糸目がつり上がったようになっていて、それに合わせたように口角も上がっている。髪は長い黒髪。背中の中程まで黒い絹のような髪が届いていた。

 そして最後に女性が一人。

 栗色の髪と目をした女性で。明るい笑顔が似合いそうな顔をしている。しかし今はその顔は不機嫌そうにしかめられていた。


 天パのひょうきん顔が馬上で頭の腕を組みながら

「で、その話ホントなのかよターラ」

 ターラと呼ばれた女性はアンディの母親であるターラだった。彼女は不機嫌そうに口を開くと

「もうその話三回してるんだけど、まだ聞くのギル?」

「だってよ、どうにも信じらんねぇぜ。あのアンディ坊やがいきなり魔法に目覚めたっていうじゃねぇか。こないだまでカマキリの足もいで遊んでたあの坊やが、だぜ? 信じろったって無理があらぁ。なぁコン?」

「……。ええまぁ。私もターラの話でなかったら信用どころか検討もしませんね。それと、ギルバート。私のことをコンと呼ぶのは止めてもらえますか? 昔からそう言ってますが何故これほど簡単なことを実行出来ないのか理解出来ませんね」

「だってよー、お前、コンって呼ぶときだけ目がびっっみょーーーに開くじゃねぇか。お前のまぶたの運動能力のことを考えるとよ、ちょっとは鍛えてやらないといけねぇって思うじゃねぇかパーティメンバーとしてはよ」

「……私のまぶたについてもう心配しなくていいですよギルバート。……しかし、アンディ君が魔法を、ですか。私もさまざまな天才を見て来ましたが、三歳にしてマナボールを不完全ながら繰り出したと言う話は聞いたことがありませんね。場合によってはに報告が必要かも知れません」

「学院? 止めてよ、あそこのお爺ちゃん達ちょっと怖い感じだし」

「ふふ。そんなことはないですよ。あれで教授達にもユーモアがありますしね。まぁ報告すると言っても、アンディ君を見てからですけど」

「どっちにしてもよ、アンディ坊やの顔を見るのも久しぶりだしな。夜は宴会なんだろ? それだけでも行くかいがあるってもんさ」


 アンディについての話はそこで止まり、後はそれぞれの村での話が続いた。

 獣も魔物も出てこない、明るい午後の道の上での話である。


「ふぅ。うまくいきすぎ……。ちょっとつかれた」


 つぶやいたのはクラーク村の村長レナード・クラークの三男、アンディ。つい先日頭を打って前世の鈴木直也の記憶と人格を取り戻した三歳児である。

 ただ、アンディも前世の人格そのままというわけでもなかった。クラーク村で育った記憶と幸福な家族関係が、鈴木直也を元の彼にはしなかったのだ。

 マナの循環を行う為に閉じていた目を開けると、アンディは自分の目を疑った。

 自分の体がうっすらと光っている。しかもその色は先ほどまで行っていたマナ循環法で各霊的センターに与えていた色だったから。頭上に白。喉にラベンダー。胃に黄色。下腹部にバイオレット、そしてアンディの視野からは見えないが、仙骨に黒。

 地球では幻視という手段でしか見えなかった霊的センターの光が、術を終えた後の肉眼で見える。

 アンディが剣と魔法の世界に来たのだと真に実感した瞬間だった。マナボールを操ったときには半ば面白いおもちゃを触ってるような感じであったのだが。そんな事を考えている間に光は薄れ、消えていった。

 しかし光が消えても全身のマナが活性し、高揚感があるのは変わらなかった。今なら何かすごいことでもできそうなそんな感覚。

 その感覚と鈴木直也の記憶が次の行動を導く。

 アンディは、自分の目の前に指でを描く。五芒星にも色々有るが、ここでは火の召喚にあたる五芒星。ぐっと目に力を入れると、果たしてその五芒星が実際に赤く燃え上がり、アンディの指にしっかりした熱さが伝わった。

 しばらく放って置くと、その炎の五芒星も消え、熱も消える。


「これはおもしろいです」


 アンディはこの世界の魔術について何も知らないに等しい。しかし、アンディが知っている地球の魔術を試すだけでも結構楽しめそうな気がする。

 そんな事を考えていると、ドアがノックされる。三歳児の私室に入るのにノックが必要か疑問だが、確かにノックされた。


「はーい、どーぞ」


 アンディが返事をすると、二人の兄、セドリックとヴァージルが入ってくる。


「アンディ、父さんがお客さんが来たから来なさいってさ」「ってさ」


 五つ上の長男セドリックがそういうと、一つ上のヴァージルが後を追うようにいう。


「おきゃくさん?」

「コンおじさんと、ギルおじさんだよ」


 アンディは糸目の魔術師と天パの探索者の顔を思い出す。何度も見た顔。月例会と称して、各村の状態を両親と話し合い、夜は宴会。特にギルおじさんは話が面白くて楽しい人だ。

 でも、今日はその日ではないはず。


「なんで? きょうは会の日じゃないよ」

「わかんない」「ない」


 まぁいいか、父に聞いてみよう。

 そんな気楽な感じでアンディは部屋を出た。


 居間に行くと、両親とコンラッドにギルバート、そしていつもの月例会には居ない神官のデイブがいて、アンディ達を待っていた。


「よ、久しぶりだなアンディ坊や」

「こんにちはギルおじさん」


 真っ先に声をかけてきたのは探索者のギルバート。コンラッドは何も言わずアンディをじっと見た。なんとなく部屋の空気に緊張感がある気がする。


「今日は楽しみにしてきたよ、アンディ君」

「こんにちはデイブさん」


 と緊張感を破るのんびりした声をかけてきたのは神官のデイブ。


「じゃぁ今日の臨時例会を始めようか」


 と気楽な調子でレナードが口を開いた。そうなれば子供達は用無しだ。いつものように居間を出ようとすると


「いや、アンディはここに残りなさい」


 とレナードが声をかけた。


「はーい」


 とアンディはドアの脇に立った。


「あんでぃばっかりずるい!」とかずるくないとかいうやりとりが若干有ったが、最終的に二人の兄は部屋を出た。


「さて、今日の臨時例会のテーマはアンディの処遇についてだ」


 厳しい顔をしたレナードが言った。

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